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第四話 少女と調査(後編)

◇◇◇◇


「あ、お気になさらず……」


 少女が言って、フードを外した。


 長い茶髪がブワッと広がって、良く焼けた肌が露わになる。

 顔立ちは整っていて、総じて美人に見えた。


「それにしてもお客様、よくお分かりになりましたね? 初めてお会いする方は、まずこの目隠しを訝しむのですが……」


 少女が聞く。


「……得てして盲人の方は、眼球が明後日を向きますからね。人目を憚って、目隠しをされているのかと」

「ご慧眼恐れ入ります」


 サラの洞察に、少女が舌を巻く。


「こちらからもお聞きしても?」


 今度はサラが聞いた。


「どうぞ」

「どうして私たちが外の人間だと?」

「……村の人たちの声は、全て覚えておりますから」

「ほう!」


 少女の返答に、今度はサラが驚いた。


「いやはや、素晴らしい。まったく大した記憶力です」

「いえいえ。そんな大層なものではありません。目が見えなくなると、残った感覚が発達するのですよ」

「なるほど。記憶力もその一種ですか。ひょっとして……聴覚とかも?」

「はい。例えばこれなのですが――」


 サラが褒めて、少女が杖を持ち上げた。


「私たちは常にこれで障害物を察知するのですが、必ずしも直接触れている訳ではないのです」

「と言うと?」

「地面を打ち鳴らして、返ってくる音を聞くのです」

「ほほう!」


 少女の説明に、サラが目を剥いた。


反響定位エコロケーションですか! これは驚いた!」

「あの~……」


 しきりに感心するサラに、ナオミが声をかける。


反響定位エコロケーションって何ですか?」

「ああ、それはですね――」


 ナオミに答えかけて、サラが黙り込む。


「論より証拠です。お嬢さん、申し訳ないのですが、やって見せてはもらえませんか?」

「お安い御用ですよ」


 サラの要求に、少女が杖を持ち上げた。



 そのままコンコンと、地面を打ち鳴らす少女であった。


「えーっとですね――」


 少女が続ける。


「私から向かって左2メートルくらいの距離に、大柄な男の方が一人。正面に今お話ししている、私と同じくらい小柄な女の方。そして右には……って、あれ? なんか見たこともない大きな人がいるような」

「素晴らしい!」

「おおっ! すげーな!」

「見たこともない大きな人ですか……」


 少女の言葉に、銘々の反応を見せる3人であった。

 もっとも、ナオミに限っては肩を落としている。


「こういう風に、音の反響で周囲を知覚するすべ反響定位エコロケーションと言うのです。魔物でもこれを使うヤツは結構いるのですよ」

「ああ、ひょっとして、この前の地虫ワームとかがそうか?」

「ええ。もっとも、魔物に限らず、身近な動物にも結構います。例えばそう……、蝙蝠とかがそれですね。彼らが自在に闇夜を飛べるのは、視覚ではなく音——すなわち聴覚に頼っているからなのですよ」

「ああ、そう言えばあいつ等、変な音出してるなー」

「はい。人間には聞こえない高音域の音を出していると推察されて……って、うん?」

「うん?」


 サラとジーンが顔を見合わせた。



◇◇◇◇


「今、音が聞こえると言いました?」

「言ったけど?」


 サラが聞いて、ジーンが首を傾げる。


「言っておきますけど、『キイキイ』という鳴き声ではありませんよ」

「うん。あいつ等、飛びながら変な音出してるぜ。『カチカチ』とか、『チッチッ』って感じの金属的な音だけどなー」


 サラが言って、ジーンが言い返す。


「……」


 息を呑んで、黙り込むサラであった。


「あの、サラさん? 大丈夫ですか?」

「ああ、これは失礼しました」


 ナオミに揺すられて、サラが我に返った。


「いやはや、本当に驚きました。前々から人間離れしているとは思っておりましたが、まさかここまで化け物だとは……」

「化け物って……。まあ、いいけどよ。それで、どういうことなんだ?」

「貴方みたいな特殊な例を別として、蝙蝠は普通の人間には聞こえない音を出している、と推察されています」

「人間には聞こえない音?」

「高すぎる音や低すぎる音は、普通の人間には聞こえないのですよ。蝙蝠の場合は、高い音を使っていると言われていますね」

「へー」


 サラの解説に聞き入るジーンであった。


「それはそうとお嬢さん」


 少女に向かって、サラが語りかける。


「お名前を伺っても?」

「申し遅れました。私、シルヴィアと申します」


 サラの要求に、少女ことシルヴィアが答えた。


「シルヴィアですね。私はサラ・ブラッドフォード。残りの2人は、下僕その1とその2です」

「……ジーン・ファルコナーだ」

「ナ、ナオミ・ベイリーです」


 サラの自己紹介に、憮然と続くジーンとナオミであった。


「サラさんにジーンさん、そしてナオミさんですね。ひょっとして、最近評判のお三方ではありませんか?」

「おっ! どういう評判なんだ?」


 シルヴィアの反応に、ジーンが食いついた。


竜殺ドラゴンスレイヤーしのジーンさんが、大学者のサラさんと巨人族ジャイアントのナオミさんを従えて、王国に反旗を翻すという壮大な観劇を見たことが――」

「ストップ! ストーップ!」


 シルヴィアの途中で、ジーンが遮った。


「ちょっとサラ。こっち来い!」


 サラの腕を引っ張って、ジーンがシルヴィアと距離を取る。


「これは一体全体どういうことだ? 俺はそんなの書いた覚えはねーぞ!」


 声を荒げて、ジーンが聞いた。


 ジーンの自叙伝は観劇となって、王国を越えて広がっている。

 もっとも、あくまで内容は事実に即したものであって、シルヴィアの言う物とは趣を別とする。


「おそらくですが――」


 首を捻りながら、サラが続けた。


「誰かが勝手に続きを書いたのでしょう。それも、壮大な国盗り物語として」

「マジかよ……」


 サラの推測に、ジーンが空を見上げた。


「これマズくないか?」

「と言いますと?」

「下手したら、俺達謀反人だぜ」

「……まあ、大丈夫でしょう」


 ジーンの懸念を、サラが一蹴した。


「最初に王都へ伝わったのがオリジナルですからね。どこかの与太者の法螺だとでも言っておけばよろしい。事実そうなのですから」

「そっか……」


 サラが言って、ジーンが胸を撫で下ろす。


「それで、高名なお三方がどうしてこんな村に?」


 シルヴィアが聞いたその時である。


 シルヴィアの側頭部に目掛けて、拳大の石礫が飛んできた。



◇◇◇◇


「危ねーっ!」


 ジーンが叫んで、石を代わりに受け止める。


「キャア!」


 シルヴィアが尻餅をついた。


「お前ら! いきなり何しやがる!」


 ジーンが見据えた先には、少年が5人集まっていた。


「それはこっちの台詞だい!」

「そうだそうだ!」

「そんな奴と仲良くしやがって!」

「あんたら、吸血鬼ヴァンパイア退治に来たんじゃねーのか?」

「まったく、これだから余所者は信用ならねーんだ!」


 悪童たちが騒ぎ立てる。


「一体どういうことだ?」


 ジーンが聞く。


「はあ?」

「どうもこうもねーよ!」

「あんたら知らねーのかよ!」

「そいつだよ」

「その女が吸血鬼ヴァンパイアなんだよ!」

「何?」


 悪童たちの主張に、ジーンが眉根を寄せた。


「おい、あいつらの言ってることは本当か?」


 サラに向かって、ジーンが聞いた。


「いいえ」


 首を横に振るサラ。

 

吸血鬼ヴァンパイアの特徴は、白い肌に長い耳、そして琥珀アンバー色をした猫のような瞳です。そもそも彼らは太陽の光に弱い。目の方は確認していませんが、シルヴィアの耳は人間と同じ長さです。そもそもの話、このクソ暑い中で、日焼けまでしているではありませんか。彼女は吸血鬼ヴァンパイアではありません」

「よし、分かった!」


 続いたサラの解説に、ジーンが頷いた。


「お前ら! この吸血鬼ヴァンパイアじゃねーぞ!」

「そんなの信じられるか!」

「証拠を見せろ! 証拠を!」

「仕事したくねーんじゃねーの?」

「この裏切り者!」

「ウドの大木!」


 ジーンが言うも、少年たちは聞く耳を持たない。


「このクソガキ……!」


 ジーンが額に青筋を浮かべた。


「な、何だよ……」

「そんな遠い距離で怒っても怖くねーぞ!」

「そうだそうだ!」

「捕まえられるもんなら、捕まえてみやがれ!」

「お前のかーちゃん、でーべーそ!」


 少年たちが囃した瞬間である。


「ふんっ!」


 渾身の力を込めて、ジーンが石を投げた。



 爆肉鋼体のジーンが投げる石である。

 その勢いは凄まじく、少年たちの頬を掠めて、後ろの家屋に当たった。

『ドーン!』と言う音がして、日干し煉瓦が砕け散る。


「こりゃーっ! 人の家に何をするんじゃーっ!」


 家屋の中から、ヒョロヒョロの老人が飛び出した。


「あ、やべ……」


 ジーンが冷や汗をかいた。


「そいつらです!」


 サラが少年たちを指さした。


「そのガキ共がやらかしました!」


 すかさず責任転嫁、もといフォローに入るサラである。


「このクソガキ共が!」


 棒切れを持って、老人が少年たちを追いかける。


「うわーっ!」

「く、来るな! ジジイ!」

「ひぃぃぃっ!」

「俺達じゃねーって!」

「お、お助けーっ!」


 老人に追いかけられて、5人は逃げて行った。


「まったく……。おい、大丈夫か?」


 言って、ジーンがシルヴィアを助け起こした。


「あ、ありがとうございます」


 シルヴィアが頭を下げた。


「何でこんな疑いを?」


 サラが聞く。


「私、村はずれで墓守をしているんです。多分、その影響かと……」

「なるほど」


 シルヴィアの素性に、サラが納得した。


 死体を扱う職業は、得てして吸血鬼ヴァンパイアと混同されやすい。


「……」

「どうしました?」


 黙り込むシルヴィアを、サラが訝しむ。


「……確かめなくていいんですか?」

「何を?」

「この目です」

「必要ないでしょう」


 シルヴィアの申し出を、サラが一笑する。


「視線を見られたくないから、そうやって目隠しをされているのでしょう? 日の下を歩いている時点で、貴方は吸血鬼ヴァンパイアではありません。私だって、そこまで失礼は働けませんよ」

「……ありがとうございます」


 サラの主張に、シルヴィアが礼を言った。


「では、私は買い物がありますのからこれで……」

「ええ。お時間を取らせて申し訳ありません」


 シルヴィアが市場に向かい、サラが背中を見送った——。


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