第四話 少女と調査(前編)
◇◇◇◇
それから次の日。
野宿をさっさと済ませて、3人は馬車を目的地へ向けた。
魔物もいない人界なので、比較的楽に過ごせた3人である。
雨は既に上がり、天気は再び夏の日照りを見せていた。
馬車はすでに森を抜けて、平野を進んでいる。
「なんか、荒れた土地だな」
周囲を見渡して、ジーンが言った。
「どんどん砂漠に近づいているのですよ。ちなみにですが、こういう気候を『ステップ』と言います」
「へえ~」
サラの蘊蓄に、ジーンが感心した。
大地はひび割れていて、草が疎らに生えていた。
木はほとんど見当たらず、あったとしても低木ばかりであった。
「お! 見えてきたぜ!」
御者台に座りながら、ジーンが彼方に指をさす。
果たして、そこには村があった。
村の周囲には申し訳程度に柵が設けられ、周囲との隔絶を図っている。
「いやはや、何と言ったもんか……」
「そ、そうですね……」
村の景観に、ジーンとナオミが言葉を詰まらせる。
「まるで貧民窟ですね」
「おい!」
遠慮の無いサラを、ジーンが窘める。
だがしかし、サラの言う通りであった。
家々は簡素な日干し煉瓦で出来ていて、人々に活気がみられない。
畑の作物は枯れていて、やけに沢山いる家畜は日差しに喘いでいた。
「まあ、サラの言い方は別にして、よくこんな厳しいところで暮らしてきたよなー」
「『厳しい』と言うか、『厳しくなった』が正解でしょうね」
ジーンの感想を、サラが補足する。
「どういうことだ?」
「……まあ、後で分かりますよ。ほら、言った傍から――」
ジーンに答えず、今度はサラが村を指さした。
果たして、そんな村の入り口では、出迎えが待っていた。
「いやはや、ようこそお越しくださいました!」
3人を出迎えたのは、ボロ布を纏った男である。
禿頭で長い白髭を蓄えた、小柄な老人であった。
「貴方は?」
「あんた誰?」
サラとジーンが同時に聞いた。
「申し遅れました。私、この村の村長でございます」
恭しく頭を下げて、老人こと村長が馬車に近寄った。
「ささ。こんなところでは何ですから、私の家へおいで下さい」
「分かりました」
「へいへい」
「お、お邪魔します」
村長の誘いに乗って、3人は村へと足を踏み入れた。
◇◇◇◇
そんな村長の家も、周囲と変わらないボロ屋であった。
取って付けたようなダイニングルームに通されて、3人はご相伴に預かることとなった。
「どうぞ」
村長の内儀が持ってきたのは、木のマグカップに入った水である。
「ああ、これはどうも」
「ありがとさん」
「ありがとうございます」
3人が礼を言うと、内儀は「ごゆっくり」と言って、奥へと引っ込んでいった。
「申し訳ありません。何分、色々と不足しておりまして」
村長が詫びる。
「気にしていません。事情はお察しします」
「ありがとうございます」
「ですが、気になるのはこの窮状です。いつからこうなったのですか?」
「はい。10年くらい前になります」
サラに促され、村長が村の事情を話していく。
「この村とて、最初からこんな有様ではありません。元々は外界を避けるための交易路として、それなりに栄えておりました」
「ふむ。続けてください」
「はい。村にとっての痛手は3つあります。1つは、別の村が開拓に成功して、新しい交易路が使われるようになったことです」
「他には?」
「原因不明な砂漠化の進行です。これが最初の出来事と重なって悪循環となり、どんどん落ちぶれる羽目となりました」
「そうですか……。時に、この村で飼われている家畜――ヤギやヒツジはいつ頃からいるのです?」
「それも、ちょうど10年前からですな。当時は羊皮紙の産出で、この村も随分と賑わっていたのですよ。それが何か?」
「……いいえ、別に。その上で、止めに吸血鬼の噂ですか……」
村長の説明に納得して、サラがマグカップを口に運んだ。
「お願いします! もはや私たちには、ミッドランド王国に縋るしかないのです」
「……」
庇護を求める村長に、無言のサラであった。
「あのよー。今ひとつ分からねーんだけどよ……」
ジーンが割って入った。
「何で王国なんだ? そもそも、そんなことをして、こっちにメリットがあるとは思えねーんだよなー」
「う……」
「陛下も何故かやる気満々だしよー……。ひょっとして、おたくら何か密約でもあるんじゃねーのか? 何せ吸血鬼退治だぜ。こちとら命を張るんだから、そこのところをちゃんと知っておきたいんだわ」
「……」
ジーンの指摘に、今度は村長が黙り込む。
時間だけがどんどん流れていった。
誰も口を開かず、ムシムシした熱気だけが、部屋を満たしていく。
「……分かりました」
静寂を破ったのは村長である。
「ご高名な皆さまを信じましょう。実はですね――」
村長が続ける。
「近くで金の鉱脈が見つかったのです」
「ほう……」
「へえっ!」
「え?」
村長の言葉に、3人がそれぞれの反応を見せた。
「なるほど」
「そいつは確かに厄介だなー」
「え? ええ? 何がですか?」
納得するサラとジーンに、ナオミはやっぱり付いて行けない。
「このことを知っているのは、村長の私を除けば、ミッドガルド王国の高官方しかおりません」
「貴方が発見した張本人なのですか?」
「いいえ。ですが、採掘に携わった者たちには、ただの黄鉄鉱だと言ってごまかしております」
「黄鉄鉱と言えば、『貧者の金』ですね。なるほど」
「くれぐれもご内密にお願いします。庇護を取り付ける条件として、採掘権の譲渡と共に他言無用を迫られておるのです」
「分かりました。それでは早速、吸血鬼の調査に向かいましょう」
「ありがとうございます。吸血鬼は村の外にいるとの、もっぱらの噂です。村人たちに聞けば、もっと詳しく分かるかもしれません」
「あんたは詳しくねーのか?」
サラと村長の会話に、ジーンが口を挟んだ。
「何分、話が錯綜しておるのです。私はこの通りの老体ですから、直接足を運ぶことが叶いませんので……」
「そうか。変なことを聞いて悪かったな」
村長の言い分に、納得するジーン。
「よし! それじゃあ出かけるとするか!」
ジーンが締めくくって、3人は村長の家を後にした。
◇◇◇◇
「それにしても、シケたところですね」
「だから、そういうこと言うなっつーの!」
村をこき下ろすサラに、それを嗜めるジーン。
「ですが見てください。この分だと、今年を越せない勢いですよ」
「……まあ、そうだろうな」
サラの評価に、ジーンも同意せざるを得なかった。
人々はやせ細り、道端で倒れている者すらいた。
倒れている者にしても、呼吸はあるので、かろうじて死人ではない状況である。
「でもよー……。何でこうなったんだ?」
ジーンが聞いた。
「人為的なものですね」
「え?」
サラの台詞に、驚くジーン。
「さっきも村長が言っていたでしょう? ヤギやヒツジを放牧したと」
「それが何の関係が?」
「こいつらは、植物を根っこから食い尽くすのです。こんな動物を野放図に放せば、植物はあっと言う間に全滅します。後はどうなるか分かるでしょう?」
「なるほどなー」
サラの説明に、ジーンが頷いた。
「でもよー、何でそれを指摘しなかったんだ?」
当然なジーンの疑問である。
「言ったところで変わりませんからね。ヘタに村長の――ひいては村人たちのプライドを刺激する必要はありません。それに――」
「それに?」
「外部からの援助が無い限り、こんな村もう手遅れですよ」
「それもそうか」
「あ、あの、お2人とも!」
サラとジーンの会話に、ナオミが割り込んだ。
「こ、声が大きいんじゃないでしょうか……」
ナオミの指摘通り、村人たちが何人か、3人を恨めし気に見つめていた。
「さて、とっとと聞き込みに向かいますか」
「そうだな」
「は、はい……」
サラが言って、ジーンとナオミが追随した。
そして2時間後。
「今ひとつ要領を得ませんでしたね……」
「何か統一感がねーよなー」
「そ、そうですね」
汗だくになりながら、3人は徒労に打ちひしがれていた。
村人たちの会話はことごとく、一貫性がなかったのである。
「吸血鬼? そんなもん見たことねーな」
「ああ、それなら知ってるぜ。村はずれにある、大昔の貴族の城跡に住んでるって専らの噂だ」
「いや、俺は隣ん家が怪しいと思ってるぜ」
「そんなことより旅人さん、食べ物を恵んでおくれよ!」
こんな調子で、てんでバラバラな村人たちであった。
「この中調べる価値があるのは、貴族の城跡ですかね——」
サラが言いかけた時である。
「キャッ!」
ナオミが何かに躓いた。
「あっ……!」
声を上げて尻もちをついたのは、小柄な少女である。
サラより少し背の低い少女は、その手に杖を持っていた。
少女はローブを深く被り、目を布で覆っている。
「ご、ごめんなさい!」
慌てて、少女を助け起こすナオミ。
「いえ、こちらこそすみません」
少女が謝罪する。
「あれ? どうして目隠しなんか?」
少女を見て、ナオミが不思議がる。
「ナオミ」
「はい?」
「失礼ですよ。少し黙りなさい」
「は、はいっ!」
サラが言って、ナオミが委縮する。
「この女性はですね――」
サラが続ける。
「盲目――つまり目がお見えで無いなのですよ」
「あ……。ご、ごめんなさい!」
サラが窘めて、ナオミが謝罪した。




