第五話 城と潜入(後編)
◇◇◇◇
「おおおお、お前……!」
ワナワナと震えながら、ジーンが続けた。
「どうしてくれるんだよ、これ!」
そのまま両手剣を分捕って、サラに詰め寄るジーン。
連戦の酷使に耐え切れず、ついに両手剣はその役目を終えてしまった。
「これ金貨10枚もするんだぞ!」
「ほほう……」
ジーンが口を滑らせて、サラが目を光らせた。
「そんなに使ったのですか」
「うっ!」
サラの詰問に、ジーンが言葉を詰まらせる。
「そんな名剣を買う金があったらですね――」
「ちげーよ!」
サラが言いかけて、ジーンが遮った。
「こいつは、ごくごく平均的な両手剣だよ! 町の場所が場所だから、関税や何やらでアホみたいに値上がりしてただけだ……って、ああっ!」
「ふーん……」
ドツボに嵌るジーンを、サラが冷たく見つめる。
「要するに貴方は、コストパフォーマンスを無視して、あくまで趣味に走った訳ですね?」
「ううっ!」
サラの言い分に、ジーンは言葉を返せない。
「あ、あのっ!」
ナオミが割り込んだ。
いつもとは違って、力強い声のナオミである。
「何ですか?」
「ひっ!」
サラに見つめられて、ナオミが怯んだ。
「意見があるなら、どうぞ仰ってください。別に怒っている訳ではありませんので」
「わわわ、分かりました。あの、その……、私思ったんですけど――」
サラが促して、ナオミが続けた。
「ジーンさんがその剣を持っていたから、地虫を退治出来たんだと思うんです。そそそ、そういう訳で……、ジーンさんの買い物は無駄じゃなかったと思うんです!」
「ふむ……。確かにそうですね」
ナオミの言い分に、サラが納得した。
王都へ向かう道中の話である。
地虫に出くわしたせいで隊商が立ち往生し、サラ達が退治を買って出た。
その時に大活躍したのが、ジーンの振るう両手剣である。
「だろ?」
調子づくジーン。
「つーか、そもそもの話、何で俺ばっかりが悪いんだよ! 俺が稼いだ金じゃねーか!」
「やっと気づきましたか」
「この……!」
「ですが、近い将来、我々は同じ所帯となるのです。経済観念をしっかりしてもらわないと後々困るのですよ。その点、ちゃんとお分かりですか?」
ジーンの反論を、撃沈していくサラであった。
「ち、ちくしょう……」
やりこめられて、すっかり肩を落としたジーン。
「もっとも——」
ジーンを見て、サラが続けた。
「私が壊したのは事実。そのお詫びに、次は好きな武器を買ってもいいですよ」
「ホントか? やったー……って、あれ?」
サラに丸め込まれつつ、ジーンは違和感を禁じ得ない。
「おい、ちょっと――」
「さあ、早速行きますよ!」
ジーンが疑問を挟む間もなく、サラが歩みを進めた。
◇◇◇◇
もはや遺跡と言っていい城である。
居館と尖塔のみが、かろうじて外観を留めていた。
城壁や側塔は崩れ落ち、堀はその残骸を残すのみであった。
今、そんな居館に3人が足を踏み入れた。
居館は吹き抜けの二階建てになっていて、真ん中は謁見の間である。
その奥を突き進むと、古ぼけた玉座が置いてあった。
月明かりが窓から差し込んで、中は相応に見渡せる。
「これって……」
「ああ」
サラが言って、ジーンが相槌を打った。
「やっぱり誰かいるな」
「ひいっ!」
ジーンの言葉に、ナオミが顔を引き攣らせた。
「な、何で分かるんですか?」
ビクビクしながら、ナオミが聞いた。
「建物っていうのは、人が居ないと、あっと言う間に駄目になるんだ」
ジーンの説明は続く。
「居館だけが残ってるって、それだけでも十分不自然だぜ。もちろん、ここもそれなりに壊れてる。でもな、何百年も蝋燭が残ってたりするか?」
言いながら、ジーンが壁を指さした。
そんな壁には燭台があって、真新しい蝋燭が残っていた。
「とは言っても――」
ジーンに代わって、サラが続けた。
「これが吸血鬼の仕業と考えるのは、早計かもしれませんね」
「何でだ?」
思慮深いサラに、ジーンが訳を尋ねた。
「窓ですよ」
「窓?」
サラが促すも、ジーンは要領を得ない。
「これだからアホは……」
「……このクソ女」
サラが呆れて、ジーンが額に青筋を浮かべる。
「あわわわ……。2人とも、落ち着いてください」
オロオロしながら、必死に仲裁するナオミ。
「貴女は分かりますか?」
「え? えーっと……」
突然サラが話を振って、ナオミが辺りを見渡した。
ナオミの視界には、月明かりで照らされた石壁が映っていた。
「あ! 窓が開いています!」
「そう。それです。しかも雨戸も何も無い」
「え? どういうことだ?」
ナオミとサラに、ジーンが置いてけぼりを食っていた。
「吸血鬼は何が弱点か、覚えておいでですか?」
「馬鹿にするなよ。確か陽の光が苦手で……」
サラに答えながら、ジーンが言葉を止めた。
「あ、そういうことか!」
ようやく合点がいったジーン。
「ええ。吸血鬼の住処だとすれば、光に無防備なのは、あまりにもおかしい」
サラが締めくくる。
窓ガラスはおろか、雨戸もない窓である。
容赦なく日光が照り付けることは、想像に難くない。
「まあ、だからと言って、安心は出来ませんけどね。普通の人間だとしても、こんなところに居る時点でマトモではないでしょうし……」
サラの危惧は、野党等の犯罪者である。
「ジーン。手分けして、蝋燭に火を点けましょう。もっと灯りが欲しい」
「うん? 家探しでもするのか?」
「ええ。依頼は騒動元の確認ですからね」
「じゃあ、もっといい方法があるぜ」
サラの指示を受け、ジーンが足下の岩を拾った。
「何を――」
「それっ!」
サラが聞くまでもなく、ジーンが岩を床に叩きつけた。
岩と岩がぶつかって、ものすごい反響音がした。
「えーっと……」
目を瞑りながら、反響音と聞くジーン。
「居館の部屋は、全部もぬけの殻か……。ああ、崩れて塞がっている部屋もあるな」
目を開けて、ジーンがそれだけを言った。
◇◇◇◇
「貴方、まさかそれは……」
サラが絶句する。
「ああ。確か反響定位(絵コロケーション)だっけ? 昼間ヴェロニカがやってたのを見て覚えた」
あっさりと言ってのけるジーン。
ヴェロニカの離れ業を、ジーンは見様見真似でやって見せたのである。
「す、凄い」
ナオミが息を呑んだ。
「どうだ? すげーだろ? 昔から耳には自信があるんだ」
サラに向かって、勝ち誇るジーン。
だがしかし、肝心のサラは渋い顔である。
「ど、どうした?」
ジーンが訝った。
「いえ、その――」
言いにくそうに、サラが続けた。
「以前から人間離れしているとは思っていましたが、こうまで見せつけられると、少し気持ち悪くなってしまって……」
「お前、それはねーだろ!」
辛辣なサラに、憤慨するジーン。
「それはそうと、本当に誰もいないのですか?」
「……しゃーねーな。ちょっと待ってろ」
サラの問いに、ジーンがもう一度岩を持ち上げた。
「ほいっ!」
ジーンが岩を叩きつける。
再び反響音が鳴って、ジーンの耳に入った来た。
「あの玉座、後ろに空間があるな。多分だけど、尖塔に繋がってるんだと思う。それ以上はちょっと分からねーな」
「よろしい。行ってみましょう」
ジーンの答えに、サラが全員を促した。
そして、尖塔を登り切った3人である。
尖塔の中は螺旋階段になっていて、一気に4階まで登ることが出来た。
もちろん、途中に部屋はあったものの、居館と同じく全てが空き部屋であった。
「結局、ここも何も無しですか」
サラが言って、地べたの石ころを蹴った。
「だなー」
サラに同意しつつ、ジーンが窓から外を覗いた。
「サラ! あれを!」
「何ですか?」
サラが言って、ジーンが窓に駆け寄った。
「あれはひょっとして」
「ああ」
「な、何ですか?」
サラとジーンに、今度はナオミが置いてけぼりを食った。
「お墓ですね」
「墓だな」
「きゃっ!」
サラとジーンが同時に答えて、ナオミが悲鳴を上げた。
果たして、窓から見えるのは無数の十字架である。
木で作った墓標が延々と続き、地面を覆いつくしていた。
「おい、墓って言ったら……」
「ええ。ヴェロニカですね」
ジーンが言って、サラが頷いた。
盲目の少女ヴェロニカの生業は、村の墓守である。
「ってことは、あいつここに住んでるのか?」
「私、何だか嫌な予感がします」
首を傾げるジーンに、ナオミがピタリと身を寄せた。
「やれやれ。せめて何か証拠でも」
そんな2人を余所に、サラは部屋を物色し始めた。
「おや、これは……」
壁に立てかけられた本棚に、サラが気を取られた。
空の本棚は重厚な木材で出来ていて、いやに目立っている。
「何かこれ、ちょっと奇妙な――」
サラが言った直後である。
「サラ! そこをどけ!」
ジーンが叫んで、サラを突き飛ばした。
「痛い! 何をするのです!」
サラが抗議した、正にその時である。
「げふっ!」
本棚が勢いよく弾け飛んで、ジーンに直撃した。




