第二話 吸血鬼と謁見(後編)
◇◇◇◇
そして翌日。
王城に馳せ参じた、サラとジーンである。
ちなみに、ナオミは来ていない。
これは偏に、ナオミの身分が低いからである。
もっとも、当のナオミは別段に気にすることも無く、「た、助かりました~」と安堵していたりする。
さて、そんな2人が通されたのは謁見の間である。
かつてジーンが先走り、アルバートを殺した場所に他ならない。
とは言え、痕跡は完全に消されており、かつての惨劇は窺えない。
「なあ」
「何ですか?」
ジーンが小声で言って、サラも小声で聞き返す。
サラとジーンは玉座のある壇上の前で、王の登場を待ち構えていた。
「何でこんなに厳重なんだ?」
「貴方がそれを言いますか……」
ジーンの問いに、サラが呆れた。
さもありなん、謁見の間は甲冑で溢れていた。
着込んでいる全員が、城に常駐する高級文官や諸侯たちである。
むしろ警備を生業とする衛兵の方が軽装で、ある種の異様な雰囲気が満ちていた。
「でもよぉ……」
ジーンが一瞥すると、参列者に緊張が走る。
「これ貴殿! 気取られますぞ!」
「むむむ、無体なことを言うな! 相手は、あのジーン・ファルコナーなのだぞ。またいつ何時大暴れするかと思うと……」
「いや、しばし待たれよ。そもそも、彼の強さは本物なのですかな?」
「うん? どういう意味かな?」
コソコソと小声で囁く諸侯たち。
もちろん、ジーンの耳にはばっちり聞こえていたりする。
「例の観劇ですよ。何でも、作者自身が、あの男と聞くではないですか。武勇伝を誇るため、話を盛っているのでは?」
「た、確かに……」
「うむ、その線は考えられるな」
「ハハハ……。でしたら、こんな鎧を用意する必要は無かったのですな」
一同がまとまりかけた時である。
「馬鹿を言うな!」
1人の諸侯がしゃしゃり出た。
「貴殿ら、例の野仕合騒ぎを忘れたか! あのジーン・ファルコナーは、数多の挑戦者を打ち倒してきたのだぞ!」
「うっ!」
「確かに……」
「そのほとんどが、冥府に旅立ったのでしたな」
「いやはや、危ない危ない。忘れておりました」
脱ぎかけた鎧を、慌てて着直す諸侯たち。
「そもそもの話、古来より、英傑が自叙伝を語ることは多いではないか。全て事実だと受け止められよ」
「そうだな」
「貴殿の言う通りだ」
「どの道、我々が勝てる相手ではありませんし」
「まったく、その通り」
再び話がまとまった時である。
「国王陛下のお成ーりー……」
誰かが言って、周囲の空気がピンと張り詰めた。
◇◇◇◇
そうして現れたのは、これまた鎧の一団であった。
一団は10人程の行列を作っていた。
その中から、金色の鎧が1人踊り出て、玉座へと向かった。
存在感を主張する鎧は赤い外套を羽織っていて、明らかに王その人――シグムンド14世である。
サラとジーンが右膝をついて、頭を垂れる。
「両人とも、面を上げよ」
王に言われて、2人が顔を上げた。
「まずは、ジーン・ファルコナー」
「はっ!」
王ことシグムンドが言って、ジーンが答えた。
「この度の巡察、誠にご苦労であった」
「はい?」
シグムンドの労いに、ジーンが首を傾げた。
その直後である。
サラが肘で、ジーンの脇を小突いた。
「痛てて……って、ああっ!」
ジーンの脳裏に、一連の茶番が蘇った。
…――…――…――…
かつては、王都を騒がせて出奔したジーンである。
だがしかし、辺境で数々の伝説を打ち立てたおかげで、王はそれを追認せざるを得なくなった。
もっとも、追認とは言っても、出奔そのものを認めた訳ではない。
こうして後付けで出来上がったのが、王の密命を帯びて、全国を行脚していた世直し人ジーンという設定である。
…――…――…――…
「ははっ! 滅相もございません!」
慌てて取り繕うジーン。
「うむ。そなたの忠烈、余は頼もしく思っておるぞ。さて、サラ・ブラッドフォードよ」
「はい」
「色々困難を抱えながらも、この度めでたく博士を授与されたと聞く。褒めて遣わすぞ」
「有難き幸せにございます」
シグムンドの誉め言葉に、サラが殊勝に頭を下げた。
「聞くところによると、そこのジーン・ファルコナーとの縁談も決まったそうな。王国最強の戦士と才女との婚姻となれば、誠に喜ばしい限りである」
「恐れ入ります」
「うむ。それで、そなたが出した上申書の件であるが、ファルコナー家とブラッドフォード家の合体に相違ないか?」
「間違いございません」
「……あい、分かった。だがしかし、そうなれば、どちらかの家を取り潰さねばならぬ。どちらの家を残すかは、閣議を以って決めるので、今しばし待つがよい」
「ははっ!」
「それで、本題に入るが――」
サラとの会話の途中で、シグムンドが言葉に詰まった。
そのままガクリと項垂れるシグムンド。
「陛下?」
「陛下! お気を確かに!」
「おい! 誰か水をもて!」
侍従が駆け寄り、シグムンドの兜を外す。
「だ、大丈夫じゃ」
水を一口飲んで、持ち直すシグムンド14世。
白い髭をたくわえた王の顔は、汗びっしょりの老人であった。
季節は夏真っ盛り。
鎧を着こんでいるせいで、のぼせたシグムンドである。
「……陛下。お聞きしてもよろしいでしょうか?」
騒動が一段落ついたところで、サラが申し出た。
「構わん。申せ」
「何故皆さま、そんなに重武装なのでしょう?」
シグムンドが促して、サラが聞く。
「そ、それはアレじゃ」
アタフタと、シグムンドが慌てた。
そんなシグムンドに釣られて、諸侯たちにも緊張が走った。
「さ、最強の戦士ジーン・ファルコナーに、礼を尽くすためじゃよ。決して、いつジーンが暴れ出すかとか、そんなことを心配しているのではない!」
取り繕うシグムンドであるが、動転して本音を白状していた。
もっとも、過去のジーンの奇行を考えれば、当然の危惧である。
「それで、本題であるが――」
汗をどっさり流して、シグムンドが話を戻した。
◇◇◇◇
「この度東の地より、帰順を求める声があってだな。それ自体は、王国としてもやぶさかではないのだが、ちょっと妙な噂を耳にしてのう……」
髭を擦りながら、シグムンドが眉をひそめた。
…――…――…――…
ミッドガルド王国の東には、広大な砂漠が広がっている。
砂漠自体には人が住んでいないし、その向こうは前人未踏で、特に気にする必要もない。
とは言え、その手前には緩衝地帯があって、小国が乱立していたりする。
その内の一つが、今回ミッドガルド王国に、帰属を申し入れてきたのである。
…――…――…――…
「『噂』ですか?」
「左様」
サラが聞いて、シグムンドが頷く。
「その地域には吸血鬼が棲んでいる、との伝承があってだな。実際に見たと言う人間も、ちらほらと居るのだ」
「吸血鬼ですか……」
「うむ。聖壁の内側に、未知の魔物がいるとなっては、一大事じゃからの」
「……」
シグムンドの主張に、サラが黙り込む。
「そういう訳で、そなたらには、吸血鬼の調査を頼みたい。移動手段はこちらで用意する」
「もし、吸血鬼を見つけたら?」
依頼するシグムンドと、尋ねるサラである。
「退治てしまえ」
冷酷にシグムンドが言った。
その命令は有無を言わさない、為政者としての物である。
「……畏まりました」
「ははっ!」
サラとジーンが同時に答えた。
「うむうむ」
聞き分けのいい2人に、ご満悦なシグムンドである。
「吉報を待っておるぞ」
シグムンドに見送られ、サラとジーンが城を後にした。
さらに次の日。
入道雲が見える五月晴れである。
3人は一頭立ての馬車で移動していた。
御者をジーンが務めていたが、驚くべきことに、肝心の馬はロシナンテである。
王都に着いてから巡り巡って、ロシナンテは再び軍に舞い戻っていた。
これは全て、南部商業者連合のラシード・イブン・ハキームが裏から手を回したおかげである。
ラシード個人の、王国への影響力を強く意味していた。
「なあ」
ロシナンテを操りながら、ジーンがサラに話を振った。
「お前、どうしたんだ?」
「……何のことですか?」
ジーンが聞いて、サラが聞き返す。
そんなサラの表情は、眉間にしわが寄って、明らかに不機嫌であった。
「いや、王城から帰ってから、何かおかしくないか? いつもの魔物狩りなら、もっと喜んでするだろ? 今ひとつ乗り気じゃねー感じがするぜ」
「わ、私もそう思います」
ジーンとナオミの追及である。
「……やっぱり、隠し事は出来ませんね」
観念して、サラが口を開いた。
「お2人のために、これは黙っておこうと思ったのですが……」
「おいおい。何か思わせぶりだなー。いいから言ってみ?」
サラの台詞に、ジーンが促した。
「結論から言うと、今回のこれは魔物狩りではありません」
頬杖をついて、サラが続けた。
「ちょっと待て」
「どういう意味ですか?」
ジーンとナオミが喰い付いた。
「ひょっとして、吸血鬼って魔物じゃねーのか?」
「鋭いですね。まあ、その通りです」
ジーンの疑問に、サラ首肯した。
「お2人は、魔物とそれ以外の違いをご存知ですか?」
「えーっと……、何かデカいとか、奇妙な形をしてるとかか?」
「うーん……、分かりません」
サラの問いに、ジーンとナオミが頭を捻る。
「今からそれをご説明しましょう」
馬車に揺られながら、サラの講釈が始まった。




