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第二話 吸血鬼と謁見(前編)

◇◇◇◇


「ボディーガードって言ってもよー……」


 ジーンが前屈みになって、眼前のショーケースを眺める。


「これのどこがボディーガードなんだ?」


 横にいるナオミに向かって、ジーンが聞いた。


「わ、私に聞かれても……」


 モジモジと、言い淀むナオミ。


「だよなー……」


 言って、ジーンが再びショーケースに視線を戻した。


 果たして、ショーケースで飾られているのは、魔物の骨格である。

 人間に近い形のそれは、少しだけ人間よりも大きく、両手を地面につけていた。

 いつぞやサラが撃ち殺したのと同じ、魔猿サスカッチの標本である。


 ここはアカデミー内の博物館。

 それも、魔物に特化した施設である。



 事の始まりは、到着した矢先のことである。

 サラはジーンとナオミを博物館に押し込んだ。


「じゃあ、2人はここで見物でもして待っていてください」


 そう言い残し、1人で発表会に出かけて行ったサラである。



「俺は時々――いや、むしろ頻繁なのかもしれねーけど、アイツの考えていることが分からなくなるだよなー」


 顎を擦りながら、ブー垂れるジーン。


「あの、ひょっとしてですが――」


 おずおずと発言するナオミ。


「ボディーガードって、ここに来る途中までの話なんじゃ……。何だか、中は安全そうですし」

「あ! そういうことか!」


 ナオミの意見に、合点がいったジーン。


 ナオミの指摘通りである。

 アカデミー内で武装している者はいない。

 原則として、武器の類は持ち込みを禁止されている。

 ジーンとナオミにしても、守衛に武器を預けていた。


「お前、頭いいな!」

「えへへ……」

 

 ジーンが褒めて、ナオミが頬を赤らめる。


 そして、そんな2人を遠巻きに眺める人間たちがいた。

 ただでさえ大きなジーンとナオミである。

 そんな2人が鎧を着こんだままなので、目立って仕方がない。


「おい、見ろよ」

「何だ? あの大女……」


 興味津々なのは、アカデミーの学生たちである。


「おいおい……。よく見たら、隣の男も相当な巨漢だぞ」

「お前知らねーの? あれ、ジーン・ファルコナーだぜ」

「え? あの決闘狂の?」

「そう」

「盗賊を殺しまくって、果てはドラゴンまで打ち倒したって噂の?」

「そのファルコナーだよ。何でも、ちょっと前に、婚約者を決める武闘大会があったとか」

「ってことは、あの大女が婚約者?」

「しーっ! 馬鹿! 声がデカイって!」


 サラとナオミの話題で、盛り上がる学生たち。


「ほら、憲兵隊のアンナ・シュワルツワルトって女隊長いるだろ。あれを一撃で半殺しにしたのが、あの大女だ」

「おいおい。アンナ隊長って、刺突剣レイピアの達人だろ? それマジかよ?」

「間違いないって。アカデミーの附属病院に担ぎ込まれたのを、俺この目で見たんだから」

「それだけじゃないぜ。噂によれば、大会中に賊が何人か侵入したんだと。それを皆殺しにしたのも、あの大女の手柄だそうだ」

「ヒューッ! そいつはスゲェ! まったく、ファルコナー家へ嫁ぐのに相応しい女だな!」


 学生たちの評判を聞きながら、「色々混ざってるなー」と難色を示すジーンであった。



◇◇◇◇


「ジーンさん、ジーンさん」


 展示物に見入っているジーンを、ナオミが引っ張った。


「んー? どうした?」


 展示物に見入りながら、ジーンが聞いた。

 ちなみに、今ジーンが見ているのは、小鬼ゴブリンの剥製である。


「ジーンさんって、人に見られるの慣れてますよね」

「まあなー」


 ナオミの指摘に、ジーンが続けた。


「俺も大概デカくて目立つし、昔は色々とやらかしたからなー……。世間の目は、もう慣れっこになってるかもだな」

「……なるほど」


 ジーンの答えに、ナオミが頷いた時である。


「そう言えば、お前あれ見たか?」

「あれって?」

「『俺の守護するお嬢様が、こんなに鬼畜な訳がない!』だよ」

「見た見た! あれ面白かったよな」

「でも、それがどうしたんだ?」

「あれ書いたの、ジーン・ファルコナー本人なんだぜ」

「マジかよ?」


 ジーンの著作で、学生たちが大盛り上がりを見せた。


「ぬおぉぉぉっ……!」


 両耳を抑えて、ジーンが見悶える。


「ジーンさん……」

「止めろ。そんな目で俺を見つめないでくれ!」


 同情するナオミに、視線を逸らすジーン。


 そんなジーンとは裏腹に、学生たちの反応は好意的であった。


「さすがは歴戦の勇士だぜ!」

「本人が書いただけはあるよな」

「すっげーリアルだった!」

「そう言えば、肝心のサラ女史はどこだ?」

「確か今日が論文の発表会だったはずだぜ」

「へえ! さぞかし、すっげー内容なんだろうな」


 だがしかし、こんな学生の会話はジーンに届かない。


「あーあーっ! 聞こえない。何も聞こえないぞ!」


 両耳を抑えたまま、逃避するジーンであった。



 そうして、5分くらい経った時である。


「ジーンさん。ジーンさん!」

「あ、何だ?」


 ナオミに揺すられて、ジーンが我に返った。


「もう誰もいませんよ」

「え?」


 ナオミに促され、ジーンが周囲を見渡した。

 果たして、博物館内は閑散としていた。

 少なくとも同じフロアには、人っ子一人見当たらない。


「ど、どうしたんでしょう?」


 オドオドしながら、ナオミが聞く。


「……ああ、そういうことか」


 少し考えて、合点のいったジーン。


「授業だよ。授業」

「じゅ、授業ですか?」


 ジーンの答えに、ナオミは首を傾げた。


「こういう場所では、決まった時間に大勢で集まって勉強するんだよ。多分だけど、さっきは休憩時間だったんだ」

「詳しいんですね……。ということは、ジーンさんも?」


 ジーンが噛み砕いて、ナオミがもう一度聞く。


「いいや。俺は学校なんて行ったことねーよ。聞きかじりで知ってるだけ……って、何だこりゃ?」


 ナオミに答えながら、ジーンの視線は別の標本に移っていた。

 果たして、そこに飾られていたのは、頭蓋骨を含んだ骨格標本である。


「ひ、人に見えますね」


 恐々とナオミが言った。


 ナオミが言った通り、飾られているのは身長180センチほどの、人型ヒューマノイドの標本である。

 二足歩行のそれは五本指で、丸い頭蓋骨を含めれば、人間にしか思えない。

 とは言え、ラベルが剥がれていて、確証は持てなかったりする。


「……いや、ちょっと違うかな?」


 顎を擦りながら、標本に見入るジーン。


「犬歯がやけに長い。それに、橈骨と尺骨の幅も広いな。同じ体格で比較すると、握力がかなり強かったはずだ」

「……」


 ジーンの分析に、ナオミが息を呑んだ。

 その時である。


「いやに詳しいではありませんか」


 ジーンとナオミの後ろから、サラがヌッと現れた。



◇◇◇◇


「びっくりした!」

「びっくりしました……」


 ジーンとナオミが同時に言った。


 相変わらず、気配を消すのが上手いサラである。


「もう終わったのか?」


 ジーンが聞く。


「ええ。所詮は頭にカビの生えた、古臭い教授ジジイ共ですからね。たっぷりと鼻を明かしてやりましたよ」

「しーっ! 声がデカい!」


 毒舌なサラに、ジーンの方が泡を食った。


「それはそうと、さっきの話ですが――」


 人気ひとけを気にするジーンを尻目に、サラが話を戻した。


「貴方、どこで解剖学を学んだのですか?」

「解剖学?」


 サラの質問に、ジーンが聞き返す。


「橈骨とか尺骨とか、骨の部位を言っていたでしょう?」

「ああ、それか」


 サラの追及に、ジーンが納得する。 


「あれはファルコナー家に代々伝わってる知識なんだ」


 ジーンが答えた。


「ああ、なるほど」

「え? どういうことですか?」


 頷くサラと、疑問符を浮かべるナオミ。


「要するにですね――」


 ナオミに向かって、サラが続ける。


「仕組みを知らないと、人間を効率よくころせないでしょう?」

「ひいっ!」


 物騒なサラに、ナオミが顔を引き攣らせた。


「ああ、これだからお前は! ほら、ナオミ、俺は別に怖くないぞ~」


 慌てて取り繕うジーン。

 もっとも、サラの言う事は事実であった。

 そのせいで、ジーンは弁解することが出来ない。


「そ、それで、この骨は何なんだよ?」


 話題をすり替えて、ジーンが骨格標本を指さした。


「ああ、ラベルが剥がしてあるのですね。それは吸血鬼ヴァンパイアですよ」

吸血鬼ヴァンパイアって、あの血を吸う化け物か?」

「はい」

「ふーん……」


 サラの返事を聞きながら、ジーンが標本に視線を戻した。


「でもなぁ……。これって、人間に似すぎてないか? 悪いけど、『ちょっと特徴のある人』くらいにしか見えねーよ」

「まあ、それについては追々説明します。そして、正にタイムリーな話題なのですが――」


 ジーンの疑問に、サラが言葉を紡いだ。


「教授たちから内々に聞いたのですが、今日にでも我々に依頼が来る予定です」

「依頼って、ハンターの?」

「もちろん」

王都こんなとこで?」

「ええ」

「一体誰から? どんな依頼なんだ?」


 サラの台詞に、ジーンが疑問を重ねた。


「聞いて驚きなさい」


 偉そうに、サラが胸を張った。


「何と、国王陛下その人が依頼主です。日を置かずに拝謁しますから、今から心の準備をしておきなさい」

「マジかよ?」

「ええっ!」


 サラが言って、ジーンとナオミが目を剥いた。


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