第三話 定義と陰鬱(前編)
◇◇◇◇
「魔物の定義の一つは、どれだけ形態が似通っていても、旧生物との交配が出来ないことです」
「あの~、交配って何ですか?」
サラの発言に、ナオミが聞いた。
「要するに、子供を作れないということですよ。例えばですね――」
ナオミに答えて、サラが続ける。
「一角獣を考えてみましょう。彼らの姿かたちは、普通の馬にとても良く似ています。普通これだけ似ていれば、雑種を作ることは十分あり得るのですが、それが全く無い。馬とロバの間にすら騾馬が生まれるというのに、これは随分と変でしょう?」
問いかけるようにサラが答えた。
…――…――…――…
ちなみに一角獣とは、頭に一本角を生やした馬の魔物である。
馬と同じ草食性の魔物であるが、その性質において、一角獣は一線を画していた。
単純に言って、一角獣は物凄く気が荒い。
縄張り意識の強い一角獣は、近づく外敵を、その長い角を使って執拗に追い詰める。
普通の馬を寄せ付けないどころか、魔狼然り火蜥蜴然りと、犠牲になった生物は枚挙に暇がない。
もちろん人間も例外ではなく、毎年多くの旅人やハンターが犠牲になっている。
それでも人間が一角獣を狙うのは、その角が万能薬になると、広く信じられているからである。
…――…――…――…
「まあ、色々と珍重される一角獣なのですが、実は角なんて、薬にならないんですけどね」
「そうなのか?」
「ええ。あんなの、ただの骨みたいなものです。一角獣ほど、俗説に振り回される魔物はいませんよ」
「その言い方だと、何か他にもあるのかよ?」
サラの魔物談義に、ジーンが歩調を合わせた。
「そうですね……。処女には気を許すとか、まことしやかに囁かれていますね」
「ぶっ!」
サラの言葉に、ジーンが噴き出した。
「あの~、処女って――」
「で、それもデマなんだろ?」
聞きかけるナオミを、ジーンが質問で遮った。
「ええ。自分で確かめましたから」
「は?」
サラが言って、ジーンが目を点にする。
「いや~、あの時は死ぬかと思いましたよ」
ジーンとナオミを置き去りにして、サラが続けた。
「ある日の猟で、一角獣に遭遇したのですよ。私自身が処女なものですから、てっきり『近づいても大丈夫かな?』と思ったんですがね。いやはや、これが全然甘かった。躊躇せずに突進してくるものですから、あの時はもう参りましたよ。あと少しで、突き殺されるところでした」
「それで、どうやって逃げ切ったんだよ?」
「崖っぷちから、滝壺に飛び込んだのですよ。気の荒い一角獣と言えども、さすがに飛び込んでまでは追いかけてきませんでしたから。ああ、でも今考えると、水棲の魔物がいなかったのは幸運でしたね」
「……」
サラの冒険に、ジーンが黙り込む。
小鳥が『チチチ』と鳴いて、ロシナンテの足音だけがカポカポと響いていた。
「なあ」
静寂を破ったのは、ジーンであった。
「何ですか?」
「お前って、ひょっとして死にたがりなの?」
サラが聞いて、ジーンが聞き返す。
「失敬な!」
眉をひそめるサラ。
「貴方だって、年がら年中殺し合いをやっているではないですか!」
「人聞きの悪いことを言うな! 大半はお前の尻拭いじゃねーか!」
「私と会う前から暴れていたでしょう!」
「ほとんどが、向こうから売ってきた戦いだ! やらなきゃこっちが死んでたんだぞ!」
「戦闘オタク!」
「魔物オタク!」
サラとジーンの間で、火花が散った。
「あの~」
ビクつきながら、ナオミが割って入る。
「話が逸れていませんか?」
「そう言えば」
「悪い、つい興奮した」
ナオミの指摘で我に返る、サラとジーンであった。
◇◇◇◇
「話を元に戻しましょう。えーっと、確か吸血鬼と魔物の定義についてでしたね?」
「ああ、そうだな」
軌道を修正するサラとジーン。
「魔物の定義付けには、もう一つ、基準となるものがあります」
「それは何なんだ?」
「文献です」
「文献?」
サラが言って、ジーンがオウム返しに聞く。
「さっきは旧生物との比較でしたが、それとは似ても似つかない魔物が、世の中には沢山いるでしょう?」
「あー……、ひょっとして、竜とかのことか?」
サラの誘導で、ジーンが閃いた。
そんなジーンの頭では、かつて自分を値踏みした流星竜が、ありありと再現されていた。
「うげっ! くわばらくわばら……。まあ、あんな化け物、一般的な動物とは似ても似つかねーわな」
顔を歪めるジーン。
「ご明察。歴史書を紐解きながら、出現時期を特定するのです。ついでに、さっきの定義と照らし合わせて、魔物は分類されていくのですよ」
ジーンを見て、満足気にサラが頷いた。
「ふーん。でも、それと吸血鬼が一体どう繋がる訳よ?」
「……」
ジーンの疑問に、サラの顔が曇った。
「……どうした?」
訝りながら、ジーンが馬車を止めた。
「サラさん?」
ジーンに続いて、ナオミも不安がる。
「……貴方も昨日、博物館で言っていたでしょう?」
ジーンに向かって、サラが聞く。
「うーん?」
要領を得ず、ジーンが空を見上げた。
「ほら、吸血鬼の骨格標本を見て――」
「ああ、あれか!」
サラに促され、ジーンが思い出していく。
「確か、『握力が強かったはずだ』とか言ったかも?」
「それ以外には?」
ジーンの記憶を堀り起こすサラである。
「あ、そうそう。『ちょっと特徴のある人くらいにしか見えねー』とか、何かそんな感じのことも言った気がするなー。実際あんなのちょっと巷を調べたら、人間の中にも結構いるんじゃねーの――」
言いながら、ジーンが言葉に詰まった。
「おいおい、まさか……」
「はい。ご想像の通りで」
阿吽の呼吸を見せるサラとジーン。
「これはシャレにならねーぞ……」
ジーンが片手で口元を抑え、表情を厳しくした。
「え? 何がどうなってるんですか?」
置いてけぼりのナオミである。
「つまりですね――」
ナオミに向かって、サラが搔い摘む。
「吸血鬼なんて魔物は存在しません。彼らはあくまで、ヒトの一種なのです」
「え?」
サラの説明に、目を点にするナオミであった。
◇◇◇◇
「それマジなんだろうな?」
身を乗り出して、サラに詰め寄るジーン。
「はい。大マジです」
首肯するサラ。
「ほ、本当なんですか?」
ナオミが食い下がる。
「吸血鬼は、我々人間との間に子供を作れます。もっとも一世代限りで、それ以降はまず子孫を残せません。ですが、とにかくこれだけでも、魔物の定義からは外れます」
「半吸血鬼ってやつか?」
サラが言って、ジーンが口を挟んだ。
「おや、よくご存じで」
「英雄譚には、よく出てくるからな。人間との合いの子半吸血鬼は、往々にして吸血鬼退治の主役だろ」
「そう言えばそうでしたね」
「くそっ!」
サラの言葉に、ジーンが悪態をついた。
「あ、あの~……、何で半吸血鬼が吸血鬼退治の主役なんですか?」
ナオミが首を傾げた。
相変わらず、俗世には疎いナオミである。
「吸血鬼には、沢山の弱点があります。例えば、ニンニクを嫌がる、日光の下を歩けない等々です。他にも、流れる川を渡れないとか、鏡に姿が映らないとかがありますね」
「そんなに……」
「ええ。ですが、人間との間に生まれた半吸血鬼は、その弱点を持っていない、もしくは相当程度に緩和されています。ついでに言えば、自身も半分は吸血鬼なので、彼らの行動原理がよく分かる。そういう訳で、昔から半吸血鬼は、吸血鬼退治を生業にすると伝えられているのですよ」
「あ、そういうことですか」
サラが言って、ナオミが納得した。
「でも、あの、その……」
ナオミが気にしているのは、ジーンの態度である。
手綱を放り出したジーンは、不機嫌そうにそっぽを向いている。
「ジーンのことですか?」
「は、はい」
サラが聞いて、ナオミが頷いた。
「ジーン。教えてあげなさい」
「何で俺なんだよ? そういうのはお前の仕事だろ!」
サラが振って、ジーンが非難の声を上げた。
「貴方以上に、腸が煮えくり返っているのは私です。それは貴方もよくご存じでしょう?」
「……ちっ! 分かったよ」
サラの説得に、ジーンが折れた。
「ナオミ」
「あ、はい!」
ジーンに見つめられ、緊張を隠せないナオミ。
「今回俺たちが請け負ったのは、あくまで魔物退治だろ?」
「は、はい……って、ああっ!」
ジーンの問いかけに、ナオミが得心する。
「そう、つまりだな――」
思わせぶりに、ジーンが続けた。
「今回の依頼は、ただの人殺し。俺たちは不覚にも、暗殺を請け負っちまったんだ」
「……」
「そ、そんな……」
ジーンが言って、全員が静まり返った。
『ブルルル……』というロシナンテの嘶きだけが、周囲に木霊した――。




