第四話 決闘と帰郷(後編)
◇◇◇◇
「け、剣が……。私の刺突剣が……」
手元を見て、呆然自失のアンナである。
「きゅ、給料3カ月分を叩いた名剣だったのに……」
「隊長!」
気が遠のくアンナを、部下の男が支えた。
「まったく、これで分かっただろ」
枝を放り投げて、ジーンが言った。
「お前じゃ俺に勝てねーよ」
「――っ!」
ジーンの捨て台詞に、アンナの顔が赤くなる。
「これに懲りたら、もう俺に突っかかってくるのは――」
「お、お前なんか……」
「あん?」
「お前なんか大っ嫌いだ!」
ジーンの言葉を遮って、アンナが踵を返す。
「ええっ! あ、皆さん、お騒がせしました! 隊長、待ってください!」
ジーンたちに頭を下げて、男がアンナを追いかけた。
「やれやれ……」
ジーンが肩を竦めた。
「あいつ昔から、何かにつけて突っかかってくるんだよなー」
「私にとっては、理由が分からない貴方に驚きです。とは言え――」
サラが続けた。
「相変わらず、お見事ですね」
「うん? 何が?」
「戦い方ですよ」
「……?」
サラの褒め方に、ジーンは要領を得ない。
「こんなの、お前昔から見てるだろ?」
ジーンの指摘は、出奔前の自分自身である。
「いえ、得物の選び方ですよ」
言って、サラが続ける。
「武器の相性を分析して、その枝を選んだのでしょう?」
「え?」
確かめるようにサラが聞くも、ジーンは首を傾げた。
「は?」
ジーンの反応に、今度はサラが目を点にする。
「いや、全然違うけど……」
サラを置いて、ジーンが続けた。
「いや、あの両手剣なんだけどよ、連日連戦で大分へたってるんだわ。こんなところで使いたくなかったから、木の枝を代用しただけ」
「……」
ジーンの言い分に、無言のサラである。
「……サラさん」
「ナオミ、言わないでください」
ナオミの追及に、サラが頭を抱えた。
そして、そんな3人を余所に野次馬たちである。
「すげーっ!」
「見たか? あの男」
「知らねーの? あれがジーン・ファルコナーだぜ」
「え? あの噂の?」
「ところで、あの小さい別嬪はサラ・ブラッドフォード嬢じゃねーか?」
「おお! 久しぶりだな! 確か跡取りに決まったって聞いたぜ」
「それより、あの滅茶苦茶デカイ男は何だ?」
「馬鹿! よく見ろ。女だよ」
「マジで?」
「あの2人が連れてるとなりゃあ、あっちも只者じゃねぇな……」
有象無象に野次馬たちが沸き立った。
「……さあ、行きますよ」
「おう」
「は、はい」
サラに促され、3人はその場を後にした。
◇◇◇◇
3人が向かった先は、王城のすぐ近くである。
跳ね橋の近くに、その家はあった。
広さは100平米ほどの、比較的大きなレンガの家である。
「……ふむ、何と言いますか――」
マジマジと、サラが家を見分した。
「ショボい」
「言うな」
サラの分析に、ジーンが顔を顰めた。
この家こそがジーンの実家で、ファルコナー家の住居である。
とは言え、貴族の住まいとしては随分と狭い。
たとえ平民でも、金持ちの上層階級ならば大きい館を構えるのが、ミッドランド王国の実情である。
もっとも、サラの辛辣な評価は狭さだけではない。
全体的に補修がされておらず、屋根や壁がボロボロで、貧乏臭さが否めなかった。
そういったところに、ファルコナー家の懐事情が見て取れた。
「まったく、これだから連れて来たくなかったんだよなー」
ジーンが愚痴って、頭を掻いた。
「わ、私はいいと思います! 全体的に雰囲気があって……」
ジーンの落ち込み様に、ナオミのフォローが入った。
今ひとつフォローになっていないのは、ナオミの目が半端に肥えているせいである。
「……ありがとよ」
ナオミに礼を言って、ジーンが玄関に立つ。
だがしかし、ジーンはそこで止まってしまった。
「何をしているのです?」
サラが聞く。
「さっさとドアを開けなさい」
「いや、そのな……」
サラの指示に、煮え切らないジーンである。
「久しぶりかと思うと、ちょっと緊張してな」
「……? 手紙は出したのでしょう?」
ジーンの口ぶりに、サラが疑問符を浮かべた。
「……出してない。もう随分と音信不通だな」
「はぁ……」
ジーンの答えに、溜息をつくサラである。
「除きなさい。私がノックします」
怖気づいたジーンの代わりに、サラが申し出た直後である。
「誰だい? 人の家の前で?」
女の声と共に、内側から扉が開いた。
「まったく、騒々しい……って、あんたジーンじゃないかい!」
果たして、中から出てきたのは壮年の女である。
「よぉ、母ちゃん。久しぶり――」
ジーンが言いかけた時である。
「グハァッ!」
鳩尾を殴打されて、ジーンが吹っ飛んだ。
「あんた! 連絡の一つも寄こさないで、どれだけ心配したと思ってんの!」
玄関先には、正拳を構えた女が立っていた。
180センチ超の長身で筋肉質な女は、まぎれもなくジーンの母親である。
「ちょっ……! 母ちゃん、ストップストップ!」
追撃しようとする母親を、ジーンが制止した。
「何が『ストップ』だい。このバカ息子!」
ジーンの胸倉を掴んで、母親が拳を振り上げた。
「客! 客がいるの!」
「え?」
ジーンの悲鳴に、母親が後ろを振り返る。
そこには、サラとナオミが呆然と立っていた。
「あらやだ。おほほほ……」
ジーンを放して、母親が服装を整えた。
「おやまあ、ずいぶんと可愛らしいお嬢さんたちだこと。あら? ひょっとしてこの人たちって――」
ジーンの母親が言いかけた時である。
「お初にお目にかかります。サラ・ブラッドフォードと申します。ファルコナー夫人とお見受けしましたが、如何に?」
サラがずいっと歩み出た。
「そうですよ。マリア・ファルコナーと言います。ああ、やっぱりブラッドフォード男爵のご令嬢だったのですね」
「ご存知でしたか」
「ええ。だって貴女、有名人ですもの」
「……恐れ入ります」
「それで、そちらの方は?」
「彼女は……っと、自分で自己紹介なさい」
会話の途中で、サラがナオミに振った。
「は、はい! 初めまして。ナオミ・ベイリーと申します!」
「はい、よろしく。それにしても貴女、素晴らしい体つきをしてるわね!」
ナオミの挨拶もそこそこに、感心する母親ことマリアであった。
「それで、こんな時期に女の子を連れて帰郷ってことは、例の縁談絡みかい?」
マリアがずばりと言い当てる。
「……えーっと」
「はい、その通りです」
言いよどむジーンに比べて、あっさり答えるサラである。
「やっぱり……。どっちにしても、こんなところで立ち話も何だから、みんな家に上がってくださいね」
マリアに促され、3人が家へと上がった。
◇◇◇◇
玄関を抜けて真っ直ぐ行くと、そこは居間であった。
奥には台所を兼ねた食堂があって、中央にテーブルとソファが並んでいる。
そんな居間に今、壮年な男が一人控えていた。
身長は170センチ程で、引き締まった体格の男である。
口ひげを蓄えた顔はしかめっ面で、少し神経質そうな雰囲気を漂わせていた。
「あんた! ジーンが帰ったよ!」
「ただいま。親父殿」
マリアに続いて、ジーンが居間へと入る。
「どの面を下げて帰って来た! この大バカ者!」
ジーンの姿を見止めるや否や、男が啖呵を切った。
「あんた。お客人が来てる」
「むむっ!」
マリアが小声で忠告すると、男が態度を軟化させた。
「よ、よく帰った我が息子よ。大儀であったな……」
口では褒めても、男の目は笑っていない。
ちなみにここで言う大義とは、世直し人としてのものである。
事実はともかくとして、ジーンは表向き、王命を受けて旅立ったことになっている。
「ようこそお客人。私はライオネル・ファルコナーと言う。既にお察しかと思うが、そこにいるジーンの父だ」
サラとナオミに向かって、男ことライオネルが微笑んだ。
「初めまして。サラ・ブラッドフォードです。ご令息には、いつもお世話になっております」
いつもの態度はどこへやら、恭しく頭を下げたサラである。
もっとも、その横ではジーンが「誰だよ、こいつ」と呆れている。
「ほう! ブラッドフォード男爵のご令嬢か! 大変な才媛と聞き及んでいるが、こんなところでお会いするは、これまた奇遇ですな」
「こちらこそ、現役の近衛隊隊長とお会いできるとは、光栄の至りです。ファルコナー卿の武勇は、辺境にまで轟いておりますれば」
「いやいや、私の武勇など、大したことはない。何でも聞くところによると、サラ殿は愚息と一緒に、竜と対峙されたことがあるとか」
「ええ。その折のことですが、ご令息には随分と助けられました」
サラとライオネルの会話が弾む中、ジーンは苦虫を潰したような顔をしていた。
それもそのはず、話の内容は随分と盛られていた。
実際に、サラとジーンは流星竜と遭遇したことがある。
だがしかし、戦ったのはジーンにかかった追手である。
肝心のジーン本人はと言えば、そのあまりもの迫力に小便を漏らした挙句、気を失っていたりする。
「ううむ……。アレは本人が作った観劇と聞くが、やはり事実であったか。いや、親の欲目かもしれんが、こやつの武芸は常軌を逸しておるからな」
「欲目とは滅相もありません。ジーン殿の業前は、神話の英雄に勝るとも劣りません」
「あらあら、この子ったら。いつの間にか立派になって」
サラとライオネル、それにマリアが、ジーンの話題で盛り上がる。
一方で、ジーンである。
ここで出てきた観劇とは、ジーン作の『俺の守護するお嬢様が、こんなに鬼畜なわけはない!』に他ならない。
羞恥と混乱で、ジーンの顔は土気色になっていた。
「時に、そちらの大きなお嬢さんは?」
ライオネルがナオミに視線を向けた。
「わ、私はナオミ・ベイリーと言います!」
緊張して、声が上ずったナオミである。
「ほう。ジーンのハンター仲間かね?」
「え、ええっと、私は――」
ライオネルの疑問に、ナオミの舌は回らない。
「横合いから失礼。どうにも口下手なところがありまして、申し訳ない。端的に申しますと、彼女はジーンの弟子なのです」
サラのフォローが入った。
「何と!」
ライオネルが驚いた。
「見たところ、相当に使いそうだが、本当に息子が鍛えたのですかな?」
「ええ。間違いなく」
「そういうことは本人に聞けよなー……」
ジーンが不平を漏らすも、サラとライオネルは聞いていない。
「こいつも人並みに成長するってことか……」
ボソリとライオネルが零す。
「いや、失礼した。今の言葉は忘れて頂きたい。せっかく遠方より来られたのだ。ゆっくりと当家で休まれよ」
「ファルコナー卿。そのことなのですが――」
ライオネルの労いに、サラが続けた。
「本日は、お願いがあって参ったのです」
「願い? 私に出来ることなら、やぶさかではないが……」
サラの懇願に、ライオネルが耳を傾けた。
「令息との交際を、私とナオミに認めていただきたい。もちろん、婚姻前提の話です」
「……え?」
サラが申し出て、目を点にするライオネルである。
その横では、マリアが「あらあら、この子もやるわね」と目を輝かせていた。




