第四話 決闘と帰郷(前編)
◇◇◇◇
果たして、現れたのは青い制服の女であった。
腰に細剣を佩いた女は、165センチ程の背丈である。
キリっと引き締まった顔立ちは、長い金髪と碧眼で相応に整っている。
もっとも、さすがにサラの美貌には及ばない。
その代わりに、身体は引き締まっていて、武人であることが窺えた。
「ジーン・ファルコナー……いや、失礼。今はジーン・ファルコナー卿だったな。王都に戻っていたのか!」
女が言い直して、ジーンに詰め寄った。
「待ってくださいよ、隊長!」
女の後ろからは、同じ制服の男が付いてくる。
女と同じくらいの背丈の、線が細い男である。
黒い短髪と鳶色の瞳以外は、取り立てて特徴がない――そういう男である。
こちらは帯剣しておらず、代わりに長い木の棒を持っていた。
「ジーン」
サラが言って、ジーンの腕を引っ張る。
「どちら様ですか?」
「……さあ」
サラの問いに、ジーンが肩を竦めた。
「なにぃっ!」
女が憤る。
「貴殿の悪辣非道、忘れたとは言わせんぞ! 私がどれだけ苦労したことか!」
「あ! ひょっとして、お前アンナか!」
女に詰め寄られ、ジーンが思い出す。
「やっと思い出したか……」
女が矛を収める。
「で、どちら様なのですか?」
サラが聞いた。
「おう! こいつはアンナ何某って言ってな、女だてらに憲兵なんかやってんだぜ!」
「……卿は一々言葉に棘があるな」
ジーンの言い草に、女ことアンナが青筋を立てた。
アンナのフルネームは、アンナ・シュバルツワルトと言う。
そんなアンナは今、憲兵隊総司令部付の分隊長を務めている
平民の女に生まれたこともあって、立身出世劇に並々ならぬ苦労があったのは、想像に難くない。
「あの~」
ナオミが片手を挙げた。
「憲兵って何ですか?」
「ああ、憲兵って言うのはな――」
ナオミの疑問に、ジーンが答えていく。
ミッドランド王国の軍事組織は3つである。
1つはジーンに縁のある近衛隊で、これは王室の警護を司っていた。
もう1つは軍隊で、こちらは対外的な戦争を司る。
そして憲兵隊である。
憲兵隊の役目は警察で、犯罪を犯した市民を取り締まる他、時には軍人をもその対象にした。
「――って訳なんだよ」
「へえ~。あ、ありがとうございます」
ジーンの説明に、ナオミが礼を言う。
「それで、その憲兵さんが何の御用ですか?」
聞いたのはサラである。
「ふふふ……、よくぞ聞いてくれた」
韻を踏んで、アンナが刺突剣の柄を触った。
「ジーン・ファルコナー! 貴殿に決闘を申し込む!」
剣先を突き付けて、アンナが宣言した。
◇◇◇◇
「決闘って……、お前正気か?」
訝しむジーン。
とは言え聞くだけでなく、間合いを取っている辺りは、さすがのジーンであった。
「証人はどうするんだ?」
ジーンの指摘である。
正式な決闘では、当事者双方に証人を必要とした。
「私には部下がいる。貴殿は……そこの少女、お前がやれ」
「え? 隊長何言ってんスか?」
「は? 私がですか?」
アンナの発言に、男とサラが目を剥いた。
「そうだ」
アンナが頷く。
「ちょっと待て。そもそも、俺が何したって言うんだよ?」
ジーンが顔を顰めた。
「貴様っ!」
憤るアンナである。
「あの騒乱を忘れたとは言わせんぞ!」
「……?」
アンナの追及に、ただジーンは首を傾げるばかりである。
「……例の野仕合い騒ぎのことでは?」
「あ、ああ! あのことか!」
サラの助け舟で、ようやく合点のいったジーン。
…――…――…――…
まだサラとジーンが王都にいた時の話である。
故あって、ジーンは名家ワーナー家との確執を拗らせてしまった。
当然のようにワーナー家の刺客を皆殺しにしたジーンであるが、そのせいで王都は騒乱の渦に巻き込まれた。
具体的には、ジーンの勝敗を巡ったトトカルチョが蔓延し、治安が悪化したのである。
「で、何でお前が怒ってんの?」
「ムキーッ!」
…――…――…――…
能天気なジーンに、アンナが癇癪玉を爆発させた。
…――…――…――…
この騒動のしわ寄せを受けたのが、他ならない憲兵隊である。
賭博を取り締まって市民に恨まれた挙句、騒動の収束を求める不満が、王都のあちこちで噴出した。
この時奔走したのがアンナである。
ジーンが暴れた地区を担当していたアンナは、当事者を検挙しようと必死であった。
だがしかし、管轄と身分にそれを阻まれてしまう。
そもそもの話、憲兵隊は近衛隊に手出しが出来ない。
王に直接仕える近衛兵は、格式が高く扱いが特別である。
ジーンは直接所属していた訳ではないが、次期隊長候補として予備役扱いであったので、やはり検挙は不可能であった。
次に身分である。
ジーンはあくまで騎士の嫡子なので、本来であれば貴族ではない。
貴族に列せられるには、男爵以上の爵位を必要とした。
もっとも、ファルコナー家は特殊である。
建国に尽力した初代ファルコナーは、本来ならば貴族に列せられる立場と言える。
ただ、初代ファルコナー自身が一戦士であることに拘ったため、叙勲されず仕舞いに終わっていた。
こういう特別な所以ある家柄を、王国法では準貴族と呼び、やはり貴族相当に扱っている。
不可能ではないものの、こうした身分の者を取り締まるには、極めて複雑な行政手続きと王の裁可を必要とした。
そんな諸々の困難を踏破し、アンナの訴状が王の耳に入る寸前に起きたのが、サラとジーンの名誉挽回劇である。
こうして、ジーン訴追の可能性は白紙に戻ってしまったが、それだけならアンナも意気消沈するに過ぎない。
アンナが猛り狂ったのは、ジーン訴追の報告書が、ワーナー家取り潰しに利用され、結果として功績有りと昇進してしまったからである。
正に棚から牡丹餅である。
憎き敵のおかげとあっては、心穏やかにはいられない。
アンナは正義感が強く、ジーンのような無頼漢を許せない。
そんなアンナが思いついたのが、正式な決闘によるジーンの抹殺であった。
追認されたと言え、ジーンは英雄である。
正式な決闘であれば、勝ったとしても法的に罪には問われないし、最悪負けて死んでもジーンに女殺しの汚名を着せられる。
もはや単なる意地と言えた。
…――…――…――…
「さあ! 剣を抜けジーン! それとも、背中のそれはお飾りか?」
アンナがジーンを焚き付けた。
「はぁ……」
溜息をついて、ジーンが荷物を下ろす。
ジーンはそのまま、剣帯まで外してしまった。
「おい、どういうつもりだ?」
「……」
アンナが聞くも、ジーンは答えない。
そのままキョロキョロと、地面を探索するジーンである。
「お? これでいいか」
言って、ジーンが拾ったのは、長さ1メートル半の棒きれである。
「ほら、かかってこい」
棒を剣に見立てて、ジーンが挑発した。
「ななな舐めてるのか、貴様ぁぁぁっ!」
激昂して、アンナが剣を繰り出した――。
◇◇◇◇
「あわわわ……。ど、どうしましょう?」
ジーンとアンナから距離を取って、ナオミがうろたえた。
後難を避けようと、通りからは人が消えている。
「どうするも何も、ジーンの勝ちを祈りましょう」
憮然として、サラが答えた。
「どうしたんですか、サラさん?」
サラの顔色を、ナオミが気遣った。
「何がですか?」
「いえ、何だか気分が悪そうだなと思って……」
「……気のせいです」
「……そうですか」
サラの答えに、ナオミが引き下がる。
もっとも、サラはしかめっ面であった。
一方的に証人に仕立てられたことはもちろんであるが、これは主にアンナの態度が原因である。
複雑なジーンと違って、サラは歴とした貴族令嬢である。
官憲とは言っても、貴族への無礼は基本許されない。
要するに、サラは気分が悪いのではなく、機嫌が悪いのである。
正に現在進行形で、アンナは過去の轍を堂々と踏んでいた。
「でも、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫とは?」
「ジーンさんですよ。あんな棒きれで……」
「それなら心配要りません」
ナオミの不安をサラが一蹴する。
「湿った広葉樹の枝なんて、早々斬り落とせません。ましてや、相手は切れ味に劣る刺突剣です。それに、ジーンの鎧は地虫製です。当たっても、そう易々とは貫けないでしょう」
「でも、目とかに当たったら……」
サラが説得するも、ナオミは不安を隠せない。
「当たりませんよ」
「え?」
「ですから、当たらないと言ったのです。どうにも、貴女はまだジーンを理解していないようですね」
「それはどういう――」
「いいから、ジーンの戦いをご覧なさい。その意味が今に分かりますから」
「……」
サラの言葉に、ナオミが押し黙った。
果たして、サラの言った通りである。
アンナの突きはことごとく躱され、たまに振るう横薙ぎの一撃も、棒きれで綺麗に受け止められた。
「くっ! このっ!」
額に汗を浮かべるアンナ。
「なー……、もういい加減やめたら?」
「うるさい!」
ジーンを無視して、アンナが攻撃を続けた。
「す、凄い!」
ジーンの立ち回りに、ナオミが舌を巻いた。
蝶のように華麗に舞って、ジーンはアンナの攻撃を捌いていた。
地虫の革鎧は、まったく必要とされていない。
「ジーンさんって、真剣が要らないくらい強いんですね!」
破顔するナオミである。
「それは、ちょっと違いますね」
「え?」
「ジーンの得物は両手剣です。いくら技量があっても、大振りなこの剣では刺突剣相手には分が悪い。相手に傷をつけるだけなら、刺突剣は最も速くて優秀なのです」
「じゃあ、ジーンさんはそこまで読んで……」
「そういうことですね。まったく、大した戦術眼です」
「……」
会話をしながら、サラとナオミが戦いに見入っていた。
もはや、趨勢は明らかであった。
「はぁはぁ……」
「もういいだろ?」
肩で息をするアンナに対して、ジーンは息すら乱れていない。
「く、くそっ!」
アンナが片膝をつく。
「分かってくれた?」
ジーンが棒を下ろした。
その時である。
「喰らえっ!」
ジーンの喉元を目掛けて、アンナが突きを繰り出した。
「殺った!」
ほくそ笑むアンナである。
もっとも、次の瞬間には、ジーンはそこにいない。
「何?」
動かない刺突剣に、アンナが動揺する。
それもそのはず、剣先は石壁の隙間にめり込んでいた。
これらもすべて、ジーンの巧みな誘導の結果である。
「はい、これでお仕舞い!」
ジーンが言って、靴の踵で剣腹を蹴った。
半ばからポッキリ折れて、刺突剣はその寿命を終えた。
「そ、そんな……」
後にはへたり込むアンナが残されていた――。




