第五話 両親と説得(前編)
◇◇◇◇
「と、とにかく、話を聞こう」
額に汗を浮かべて、ライオネルが着席を勧める。
「あらあら。それじゃあ、私はお茶でも持ってきましょうかね」
言って、マリアがその場を建ち去った。
そして、残った銘々がテーブルを囲むよう、ソファに腰を掛けた。
「サラ殿。それは本心からの言葉か?」
ライオネルが聞く。
「ええ。もちろん。冗談でこんなことは申しません」
あっさりとサラが答えた。
「愚息のどこに惹かれたのかな?」
「挙げればキリがありませんが――」
ライオネルの質問に、サラが続ける。
「まず一つ、ジーン殿はとても優しい。私が窮地に陥っていると、そっと手を差し伸べてくれる。伴侶として、これほどの男性はいません」
「ううむ……」
サラの言葉に、ライオネルが唸った。
もっとも、サラが言うところの『窮地』や『差し伸べられた手』は、決してロマンチックな物ではない。
極めて血生臭い、戦いや狩りの話である。
ライオネルが気付かないのは、言うまでもない。
「ちょ、ちょっと待って――」
「あんたは黙ってな!」
閉口するジーンを、戻って来たマリアが黙らせた。
「はい、お茶をどうぞ」
「ああ、これはどうも」
「ありがとうございます」
マリアからカップを受け取って、サラとナオミが礼を言う。
「うーん……、サラ殿の熱意は分かった。いや、愚息をそこまで好いていただけるとは、言葉もない。もとよりファルコナー家としては、情熱的な女人は大歓迎だ。かく言う私も、マリアがマリアだからこそ選んだのだから」
「あら、やだ。お前さんってば!」
ライオネルとマリアの惚気が始まった。
照れ隠しにと、マリアが剛腕でバシバシとライオネルを叩くので、どこか締まらない光景である。
「痛い痛い! ちょっと、お前落ち着け!」
「あらやだ。ごめんなさい」
ライオネルの悲鳴に、マリアが取り繕う。
「おっと、見苦しいところをお見せした。 だが、今一つ気になるのは――」
「ナオミの件ですね」
ライオネルの言葉に、サラが被せる。
「うむ」と頷いて、ライオネルが続けた。
この時ナオミの顔が真っ赤になったが、誰もそれに気づいていない。
「その、二人も娶ると言うのはな……」
「あー……、だがしかし、サラ殿はそれでよろしいのか?」
「私にとっても、ナオミは大事な仲間です。それに、彼女もジーンに惚れている。私たちは今までの関係を崩したくないのです」
「だが、愚息が多妻というのは羨ま――」
サラの主張に、ライオネルが答えかけた時――。
「ちょっと、お前さん」
マリアが割って入った。
「け、けしからん! ……と言うか、あまり褒められた物ではない」
慌てて言い直すライオネル。
後半で少し柔らかく否定したのは、多妻の貴族たちへの配慮である。
「しかし、王国民法典では」
「確かに、王国の法律では、一定の身分に一夫多妻が認められている。我が家とて、それに該当するだろう」
「それでは――」
「まあ、落ち着かれよ」
サラを宥めるライオネルであった。
「件の法律には、法制史に問題があるのだ」
茶を一口飲んで、ライオネルが続けた。
◇◇◇◇
「時に、サラ殿は例の大災厄をご存知かな?」
「ええ、もちろん200年前の事件ですよね?」
ライオネルの問いに、サラが答えた。
「ああ。その際王都――もっとも、共和制当時はただの首都と呼ばれていたが、飛竜やら地虫やらが壁を越えて、滅茶苦茶に暴れ回ったのだ」
「存じております」
「では、当時の死者がどれ程かはご存知か?」
「それは……」
ライオネルが聞いて、サラが口ごもる。
「分かりません。何分、人文科学には疎いもので……」
サラが諸手を挙げた。
「共和制当時、首都の人口はおよそ1万人と推察される。その内、3000人以上が命を落としたと伝え聞く」
「――そんなに!」
ライオネルの台詞に、サラが驚いた。
戦争においては、3割もの損失は全滅とされる。
サラの反応は至極当然であった。
「左様。もっとも、全てが直接戦闘で死んだ訳では無い。戦いそのものを生き延びても、受傷や疫病が原因で亡くなった者が多かったのだ。もちろん、性別の内訳は――」
「戦闘に駆り出される男性が、ほとんどだったと」
ライオネルの言葉に、サラが被せた。
「ご明察」
言って、ライオネルが頷いた。
「……ああ、そういうことですか。理解しました」
「ほほう! さすがは我が国随一の才媛であらせられる」
サラの理解力に、ライオネルが舌を巻いた。
「え? どういうこと? 俺全然意味分からねーんだけど?」
「わ、私もです」
ジーンとナオミが首を傾げた。
「つまりは、こういう事です」
サラが続けた。
「元来社会が安定していても、男女比という物は、女の方に多く偏っているのです。そんな状況で男がバタバタ死ぬと、当然女が沢山余ります。未亡人は現れますし、若い女性ですら結婚ができなくなってしまう。そもそもの話、手に職がある女性なんて、ほんの一部です。子育ても考えますと、主婦業も馬鹿には出来ませんしね。そのまま放置すると、人口が減ってしまいます。つまりですね、食い扶持にあぶれた女性を救うための救貧政策――それが一夫多妻だったのですね」
「おお! なるほどなー」
サラの解説に、ジーンが感心した。
「でも、おかしいですね?」
サラが首を捻った。
「当時の首都は、守りの堅い城塞都市だったはず。何故そんなに脆かったのですか?」
もっともな、サラの疑問である。
「当時の首都は、対人戦に重きを置いていたのだ。飛竜の――空からの攻撃など、想定していない。戦おうにも逃げ場が無くなって、余計に被害が拡大したのだよ。押し合いへし合いで、味方同士で潰し合ってしまったらしい。現在の王都に城壁が無いのは、経済効果を狙っているのも理由だが、当時の反省を踏まえていることも大きい」
「……なるほど」
ライオネルの話に、サラが納得した。
「それで、婚姻の件なのだが――」
ライオネルが話を戻す。
「明文化こそされていないものの、多妻には制限が付きまとう。具体的には、裁判所の許可が必要となる。何せ、元々は救貧政策だからな。ざっくり言えば、男の側に身分と甲斐性があって、女の側が――こちらは一人でもいいのだが――生活に困窮していなければ、裁判所は受け付けない。ファルコナー家は、ご覧の通り今ひとつ金銭に恵まれないし、サラ殿は貴族な上に裕福であらせられる。申し訳ないが、諦めてはいただけないだろうか?」
やんわりと断るライオネルであった。
だがしかし、そこで目を光らせたのがサラである。
「今、甲斐性と仰いましたが、それはあぶく銭でもよろしいのですか?」
「うん? どういう意味かな?」
サラの問いに、ライオネルが質問で返した。
「つまりですね、婚姻前に私から財産をお譲りするというのはどうでしょう? 例えばそう……、今なら領地の当てがあります」
「何と!」
「へえっ!」
サラの提案に、ライオネルとマリアが目を剥いた。
「ち、領地とはまた豪勢な……。いや、それでも条件を一つクリアしたに過ぎない……」
興味をそそられながら、首を横に振るライオネル。
「サラ殿は、ゆくゆくは男爵ではないか。位階なら我が家より上だ」
「いえ、この場合はナオミの方ですよ」
渋るライオネルに、サラが切り返す。
◇◇◇◇
「訳あって、ナオミは天涯孤独の身です。平民ですし、身分は低い。先ほど受けた説明ですと、これで全て条件をクリアできるのでは?」
「確かに……。うん、確かにクリアできる。大変に魅力的な話だ。だが……」
サラの説得に、ライオネルが頭を抱えた。
「ああ、困った。タイミングが悪すぎる」
眉をひそめて、ライオネルが唸る。
「どういうことです?」
サラが聞いた。
「領地を持つのは、ファルコナー家代々の悲願なのだ。サラ殿の申し出を断る理由はない」
「え? そうなの?」
ライオネルの台詞に、ジーンが口を挟んだ。
「家って、領地持てないんじゃなかった?」
「お前はそんなことも知らないのか……」
首を傾げるジーンに、ライオネルが呆れた。
「家が持てないのは正式な爵位だけだ。領地に関しては、単に機会に恵まれなかったに過ぎない……と、ああ、失礼。話が脱線した。それで、私が渋る理由だったな」
ジーンに答えながら、話を戻すライオネルである。
「既に殺到している、婚約者候補たちだよ。既に試合の段取りに入っている。そちらのナオミと言うお嬢さんはともかく、サラ殿が勝ち抜けるとは――」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
ライオネルの言葉を、サラが遮った。
「そんなに殺到しているのですか? それに、試合とは何のことです?」
「あれ、ご存じないのか?」
サラが着て、ライオネルが聞き返す。
「ファルコナー家では、代々婚約者を武闘大会で選ぶのだ。かくいうマリアも、それで貰い受けたのだよ。うん? そう言えば、候補者たちの肖像画を愚息に送ったはずだが」
「……ジーン」
ライオネルに言われ、サラがジーンを睨んだ。
「しょ、しょーがねーだろ! あれを見たら、お前絶対馬鹿にするし!」
ジーンの逆ギレである。
「『馬鹿にする』とは何という言い草だ! どなたも見目麗しいご令嬢ではないか!」
「……ああ、あの木箱の中身ですね」
ライオネルが窘め、サラが納得した。
少し前に、ジーンは買い物に出かけていた。
その時に自分宛ての大きな木箱を受け取ったのであるが、そこに詰まっていた物の正体が肖像画である。
もちろん、ジーンにしても見られないよう厳重に梱包していたのであるが、ここに来て全てが暴露されてしまった。
「うん? 興味がお有りなら、後でご覧になるかな?」
「ええ、もちろん」
「えっ! まだ有るの?」
ライオネルの申し出に、サラが喰い付いて、ジーンが驚いた。
「正副二枚が届いている。もちろん、家にもちゃんとあるぞ」
「くそっ! 俺の苦労は何だったんだ」
ライオネルの言葉に、不貞腐れるジーンであった。
「まあまあ、皆さん――」
マリアが続ける。
「もう日も暮れてるし、夕餉にしましょう。サラさんもマリーさんも、しばらく泊まっていきなさいな」
マリアが締めくくって、日が暮れていった――。




