表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/119

第二話 襲撃と後始末(前編)

◇◇◇◇


ジーンが着替え終えた頃である。

 部屋の外では、黒ずくめの覆面が控えていた。

 いずれも武装した、3人の男である。


 そんな3人が目配せして、扉を開けようとした時――。


「うりゃーっ!」


 掛け声と共に、扉がはじけ飛んだ。

 中から飛び出したのは、当然ジーンである。


「どっせい!」


 覆面の一人を、ジーンが扉ごと壁に叩きつけた。

 それと同時に、両手剣(ツーハンデッドソード)を突き刺すジーン。

 扉ごと貫かれて、覆面は壁に縫い付けられた。

 血がドクドクと溢れ、覆面は意識を手放した。


「で、お前らどうすんの?」


 残りの覆面に向かって、ジーンが挑発する。

 深々と突き刺さった剣は、すでに手から離れていた。


 そんなジーンに答えるように、残った覆面が得物を取り出した。


「ふーん、鎧通(スティレット)しか……。なるほどね」


 顎に手をやって、得物を見分するジーン。


…――…――…――…


 鎧通スティレットしとは、刺突に特化した短剣を指す。

 刃が付いていない太い針のような短剣――それが鎧通スティレットしである。

 主に鎧の隙間に突き刺したり、鎖帷子チェーンメイルを断ち切るための鎧通スティレットであるが、達人が使えば板金鎧プレートメイルすら貫くことが出来る。

 主に暗器として使われるため、覆面たちの素性が窺えた。


…――…――…――…


「ま、いいや。ほら、かかってきな!」


 覆面たちに向かって、ジーンが手招きする。


「……っ!」


 ジーンに触発されて、覆面の一人が飛び出した。


「ほれ、どうした? ほれほれ」


 繰り出される鋭い突きを、ジーンがヒョイヒョイと避けてみせる。

 時には上体を反らしてスウェーで、時には大きな体を屈めてダッキングし、ジーンの防御は正に完全無欠であった。


「はあはあ……」


 覆面の息が荒くなる。


「お前の考えてること、当ててやろうか?」


 涼しい顔で、ジーンが言った。


「当たりさえすれば……だろ?」

「……!」


 ジーンの挑発に、覆面が青筋を浮かべた。


「どうぞ、当ててみな」


 腕をダランと垂らし、腹を突き出すジーン。


 ジーンの見せた隙に、覆面が飛びついた。

 板金鎧プレートメイルすら貫く鎧通スティレットしである。

 革鎧レザーアーマー相手に、覆面が勝機を見るは容易い。


 鎧通スティレットしを腰だめに構えて、覆面がジーンにぶつかった。

 だがしかし、ジーンの顔は歪まない。


「はい、ご苦労さん」


 ニタリと笑って、ジーンが覆面の腕を掴む。


 果たして、鎧通(スティレット)しは、少し食い込んだだけであった。

 地虫(ワーム)の皮で作った革鎧(レザーアーマー)は、板金鎧(プレートメイル)をも凌ぐ防御力を発揮する。


「そいっ!」


 裂帛の気合いと共に、覆面を投げ飛ばすジーン。

 腕関節を極めたままの、受け身を取れない投げである。

 ボキボキと骨が折れて、覆面が宙を舞った。


「げふっ!」


 廊下に頭から落ちた覆面である。

 首を変な方向に曲げ、覆面は動かなくなった。


「さてと……」


 鎧通(スティレット)しを拾って、ジーンが最後の覆面に向かった。


「お前はどうする?」

「ちっ!」


 ジーンが聞くや否や、覆面が脱兎のごとく駆けだした。



◇◇◇◇


「逃がすかっ!」


 覆面の背後に向けて、鎧通(スティレット)しを投げるジーン。

 鎧通(スティレット)しは寸分なく、覆面のふくらはぎを貫いた。


「ギャッ!」


 覆面がすっ転ぶ。


「く、くそっ!」


 悪態をついて、鎧通(スティレット)しを抜こうとする覆面。

 だがしかし、その腕をジーンが絡めとる。


「ぐわーっ!」


 関節を()められて、覆面がうつ伏せに組み伏せられた。


「さあ、誰の差し金か吐いてもらうぜ」

「ぬう……、さすがはファルコナーが嫡子。常に備えを怠らんとは……」


 ジーンが聞いて、覆面が毒づいた。


「お、おうよ! それが戦士の心構えってやつだぜ」


 額に汗をかいて、ジーンが合わせる。

 もっとも、ジーンが重装備なのは、サラに蹴落とされたせいである。


「ふふふ、ははははは!」


 覆面が笑いだした。


「な、何がおかしい?」


 ジーンが顔を顰めた。


「いやはや、天晴な心意気だと思ってな。だが、もう十分に時間は経った。うぐっ! グハァッ!」


 突然、覆面が反吐を吐いた。


「お、おい!」


 ジーンが慌てて、覆面を放す。


「どうした? おい!」


 ジーンの声に、覆面は反応しない。

 覆面はすでに事切れていた。

自決である。


「くそっ! どこかに毒でも仕込んでやがったな!」


 吐き捨てて、立ち上がるジーン。


「やたらベラベラ喋ると思ったら、時間稼ぎって訳か。やられたな……」


 頭を掻きながら、ジーンが部屋へと戻った。



「それはそうと、あいつはまだ寝てやがるのか……って、あれ?」


 ジーンが壊れた扉をくぐると、そこはもぬけの殻である。


「おーい、どこ行った?」


 シーツを捲り、皿を探すジーン。

 そんなジーンの頬を、ソヨリと風が撫でる。


「あれ?」


 ジーンが顔を上げると、目に飛び込んできたのは開いた窓である。


「くそっ! 別動隊か!」


 ジーンの懸念は、サラの誘拐である。

 そんなジーンが、窓に走り寄った時――。


「終わりましたか?」


 窓の上から、サラが首を出した。


「うわっ!」

「何ですか、騒々しい……」


 仰け反るジーンを余所に、サラが部屋へと入ってくる。


「お、お前、いつからそこに?」


 ベッドを指さして、ジーンが聞いた。


「貴方が扉をぶち破った時に、目が覚めました。そのまま窓の外へ飛び出したのですが、それが何か?」


 答えながら、サラが髪を整える。


「お前の危機管理能力が高いのは分かった。でもよぉ――」


 ジーンが続ける。


「もうちょっと、援護とか考えてくれてもよかったんじゃねーの?」

「私の得物は、あの玩具みたいな弾弓(ストーンボウ)ですよ。とてもではありませんが、役に立てません」

「俺が負けたら、どうするつもりだったんだ?」

「そのまま飛び降りて、ナオミのところへ逃げるつもりでした」

「大層な仲間想いだよな、ほんと……」


 サラの言い分に、ジーンが皮肉で返す。


「それにしても、そんな恰好で屋根に張り付いていたのかよ」


 サラの姿を見て、ジーンが呆れた。

 今のサラは、ジーンのシャツ一枚を着ただけである。

 当然、下には何も着けていない。


「この時間ですと人通りもありませんしね。何より背に腹は代えられませんから。それに――」


 今度はサラが続けた。


「誰かさんのおかげで、今の私は名も無き売春婦Aですからね」

「うっ!」


 サラの嫌味に、ジーンが息を詰まらせた。


「それはそうと、死体を見分しましょう」


 サラが言って、覆面の亡骸に向かった。



◇◇◇◇


「ふむ、相変わらずお見事です」


 廊下の惨状を見て、サラが満足気に頷いた。

 自殺した一人を除いて、どの覆面もほぼ一撃で仕留められている。

 全てが、ジーンの高い技量を示していた。


「はてさて、誰の差し金でしょうか……って、これは?」


 言いながら、サラが鎧通(スティレット)しを拾った。

 扉ごと縫い付けられた、覆面の得物である。


鎧通(スティレット)しですか。貴女はどう考えます?」


 しげしげと見分して、サラが聞いた。


「こんな珍しい暗器なんて、そうそう出回らない。攻撃の動きも良かった。十中八九、プロの殺し屋だなー」

「でしょうね」


 ジーンの答えに、サラが同意した。

 鎧通(スティレット)しの強みは、秘匿性の高さと攻撃力の強さである。

そのため、度々生産が規制されていた。


「ちなみに心当たりは?」

「……」


 サラの質問に、肩を竦めるジーン。


「お前は?」

「……右に同じく」


 ジーンが聞き返して、今度はサラが肩を竦める。

 二人とも敵が多すぎて、枚挙に暇がない。


「ところで――」


サラが話題を変えた。


「あの向こうに倒れているのは? 他とは随分趣が違うようですが……」


 サラが聞いたのは、吐血した覆面である。


「ああ、あいつな。締め上げようとしたんだが、自決しちまった。たぶん毒だと思う」

「ふむ……」


 ジーンの声を後ろにして、サラが死体に歩み寄る。


「おや? これは?」


 サラの注目は、覆面の脹脛である。


「ああ、俺が投げつけた」

「……これが原因です」

「は?」

「ですから、この鎧通(スティレット)しが死因です」

「へ?」


 サラの言葉に、ジーンは要領を得ない。


「この鎧通(スティレット)し、毒が塗ってあります」


 手に持った鎧通(スティレット)しを掲げて、サラが言った。


「嘘だろ!」


 ジーンが目を剥いた。


「断言は出来かねますが、おそらく植物系の毒――人界で採れる、トリカブトあたりだと思います」

「マジかよ……」


 サラの分析に、絶句するジーン。


「あ、危なかった……」


 言いながら、ジーンが革鎧(レザーアーマー)を触る。


「毒だと分かってたら、もうちょい慎重に戦ってたぜ」


 貫通痕の有無を確認して、胸を撫で下ろすジーン。

 それでも勝利をもぎ取った点で、ジーンの運は高い。


「まあ、これで敵が人界にいる可能性は高くなりました」


 ジーンを押しのけて、サラが部屋へと舞い戻る。


「私は着替えますから、後の始末は頼みます」

 

 言い残して、サラがジーンを締め出した。


「え?」


 ジーンが首を傾げた時である。


「ひゃあっ!」


 階段の近くで、悲鳴が聞こえた。


「こ、これは一体どういうことで……」


 腰を抜かしているのは、斡旋所の主人である。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=21128584&si script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ