第二話 襲撃と後始末(前編)
◇◇◇◇
ジーンが着替え終えた頃である。
部屋の外では、黒ずくめの覆面が控えていた。
いずれも武装した、3人の男である。
そんな3人が目配せして、扉を開けようとした時――。
「うりゃーっ!」
掛け声と共に、扉がはじけ飛んだ。
中から飛び出したのは、当然ジーンである。
「どっせい!」
覆面の一人を、ジーンが扉ごと壁に叩きつけた。
それと同時に、両手剣を突き刺すジーン。
扉ごと貫かれて、覆面は壁に縫い付けられた。
血がドクドクと溢れ、覆面は意識を手放した。
「で、お前らどうすんの?」
残りの覆面に向かって、ジーンが挑発する。
深々と突き刺さった剣は、すでに手から離れていた。
そんなジーンに答えるように、残った覆面が得物を取り出した。
「ふーん、鎧通しか……。なるほどね」
顎に手をやって、得物を見分するジーン。
…――…――…――…
鎧通しとは、刺突に特化した短剣を指す。
刃が付いていない太い針のような短剣――それが鎧通しである。
主に鎧の隙間に突き刺したり、鎖帷子を断ち切るための鎧通であるが、達人が使えば板金鎧すら貫くことが出来る。
主に暗器として使われるため、覆面たちの素性が窺えた。
…――…――…――…
「ま、いいや。ほら、かかってきな!」
覆面たちに向かって、ジーンが手招きする。
「……っ!」
ジーンに触発されて、覆面の一人が飛び出した。
「ほれ、どうした? ほれほれ」
繰り出される鋭い突きを、ジーンがヒョイヒョイと避けてみせる。
時には上体を反らしてスウェーで、時には大きな体を屈めてダッキングし、ジーンの防御は正に完全無欠であった。
「はあはあ……」
覆面の息が荒くなる。
「お前の考えてること、当ててやろうか?」
涼しい顔で、ジーンが言った。
「当たりさえすれば……だろ?」
「……!」
ジーンの挑発に、覆面が青筋を浮かべた。
「どうぞ、当ててみな」
腕をダランと垂らし、腹を突き出すジーン。
ジーンの見せた隙に、覆面が飛びついた。
板金鎧すら貫く鎧通しである。
革鎧相手に、覆面が勝機を見るは容易い。
鎧通しを腰だめに構えて、覆面がジーンにぶつかった。
だがしかし、ジーンの顔は歪まない。
「はい、ご苦労さん」
ニタリと笑って、ジーンが覆面の腕を掴む。
果たして、鎧通しは、少し食い込んだだけであった。
地虫の皮で作った革鎧は、板金鎧をも凌ぐ防御力を発揮する。
「そいっ!」
裂帛の気合いと共に、覆面を投げ飛ばすジーン。
腕関節を極めたままの、受け身を取れない投げである。
ボキボキと骨が折れて、覆面が宙を舞った。
「げふっ!」
廊下に頭から落ちた覆面である。
首を変な方向に曲げ、覆面は動かなくなった。
「さてと……」
鎧通しを拾って、ジーンが最後の覆面に向かった。
「お前はどうする?」
「ちっ!」
ジーンが聞くや否や、覆面が脱兎のごとく駆けだした。
◇◇◇◇
「逃がすかっ!」
覆面の背後に向けて、鎧通しを投げるジーン。
鎧通しは寸分なく、覆面のふくらはぎを貫いた。
「ギャッ!」
覆面がすっ転ぶ。
「く、くそっ!」
悪態をついて、鎧通しを抜こうとする覆面。
だがしかし、その腕をジーンが絡めとる。
「ぐわーっ!」
関節を極められて、覆面がうつ伏せに組み伏せられた。
「さあ、誰の差し金か吐いてもらうぜ」
「ぬう……、さすがはファルコナーが嫡子。常に備えを怠らんとは……」
ジーンが聞いて、覆面が毒づいた。
「お、おうよ! それが戦士の心構えってやつだぜ」
額に汗をかいて、ジーンが合わせる。
もっとも、ジーンが重装備なのは、サラに蹴落とされたせいである。
「ふふふ、ははははは!」
覆面が笑いだした。
「な、何がおかしい?」
ジーンが顔を顰めた。
「いやはや、天晴な心意気だと思ってな。だが、もう十分に時間は経った。うぐっ! グハァッ!」
突然、覆面が反吐を吐いた。
「お、おい!」
ジーンが慌てて、覆面を放す。
「どうした? おい!」
ジーンの声に、覆面は反応しない。
覆面はすでに事切れていた。
自決である。
「くそっ! どこかに毒でも仕込んでやがったな!」
吐き捨てて、立ち上がるジーン。
「やたらベラベラ喋ると思ったら、時間稼ぎって訳か。やられたな……」
頭を掻きながら、ジーンが部屋へと戻った。
「それはそうと、あいつはまだ寝てやがるのか……って、あれ?」
ジーンが壊れた扉をくぐると、そこはもぬけの殻である。
「おーい、どこ行った?」
シーツを捲り、皿を探すジーン。
そんなジーンの頬を、ソヨリと風が撫でる。
「あれ?」
ジーンが顔を上げると、目に飛び込んできたのは開いた窓である。
「くそっ! 別動隊か!」
ジーンの懸念は、サラの誘拐である。
そんなジーンが、窓に走り寄った時――。
「終わりましたか?」
窓の上から、サラが首を出した。
「うわっ!」
「何ですか、騒々しい……」
仰け反るジーンを余所に、サラが部屋へと入ってくる。
「お、お前、いつからそこに?」
ベッドを指さして、ジーンが聞いた。
「貴方が扉をぶち破った時に、目が覚めました。そのまま窓の外へ飛び出したのですが、それが何か?」
答えながら、サラが髪を整える。
「お前の危機管理能力が高いのは分かった。でもよぉ――」
ジーンが続ける。
「もうちょっと、援護とか考えてくれてもよかったんじゃねーの?」
「私の得物は、あの玩具みたいな弾弓ですよ。とてもではありませんが、役に立てません」
「俺が負けたら、どうするつもりだったんだ?」
「そのまま飛び降りて、ナオミのところへ逃げるつもりでした」
「大層な仲間想いだよな、ほんと……」
サラの言い分に、ジーンが皮肉で返す。
「それにしても、そんな恰好で屋根に張り付いていたのかよ」
サラの姿を見て、ジーンが呆れた。
今のサラは、ジーンのシャツ一枚を着ただけである。
当然、下には何も着けていない。
「この時間ですと人通りもありませんしね。何より背に腹は代えられませんから。それに――」
今度はサラが続けた。
「誰かさんのおかげで、今の私は名も無き売春婦Aですからね」
「うっ!」
サラの嫌味に、ジーンが息を詰まらせた。
「それはそうと、死体を見分しましょう」
サラが言って、覆面の亡骸に向かった。
◇◇◇◇
「ふむ、相変わらずお見事です」
廊下の惨状を見て、サラが満足気に頷いた。
自殺した一人を除いて、どの覆面もほぼ一撃で仕留められている。
全てが、ジーンの高い技量を示していた。
「はてさて、誰の差し金でしょうか……って、これは?」
言いながら、サラが鎧通しを拾った。
扉ごと縫い付けられた、覆面の得物である。
「鎧通しですか。貴女はどう考えます?」
しげしげと見分して、サラが聞いた。
「こんな珍しい暗器なんて、そうそう出回らない。攻撃の動きも良かった。十中八九、プロの殺し屋だなー」
「でしょうね」
ジーンの答えに、サラが同意した。
鎧通しの強みは、秘匿性の高さと攻撃力の強さである。
そのため、度々生産が規制されていた。
「ちなみに心当たりは?」
「……」
サラの質問に、肩を竦めるジーン。
「お前は?」
「……右に同じく」
ジーンが聞き返して、今度はサラが肩を竦める。
二人とも敵が多すぎて、枚挙に暇がない。
「ところで――」
サラが話題を変えた。
「あの向こうに倒れているのは? 他とは随分趣が違うようですが……」
サラが聞いたのは、吐血した覆面である。
「ああ、あいつな。締め上げようとしたんだが、自決しちまった。たぶん毒だと思う」
「ふむ……」
ジーンの声を後ろにして、サラが死体に歩み寄る。
「おや? これは?」
サラの注目は、覆面の脹脛である。
「ああ、俺が投げつけた」
「……これが原因です」
「は?」
「ですから、この鎧通しが死因です」
「へ?」
サラの言葉に、ジーンは要領を得ない。
「この鎧通し、毒が塗ってあります」
手に持った鎧通しを掲げて、サラが言った。
「嘘だろ!」
ジーンが目を剥いた。
「断言は出来かねますが、おそらく植物系の毒――人界で採れる、トリカブトあたりだと思います」
「マジかよ……」
サラの分析に、絶句するジーン。
「あ、危なかった……」
言いながら、ジーンが革鎧を触る。
「毒だと分かってたら、もうちょい慎重に戦ってたぜ」
貫通痕の有無を確認して、胸を撫で下ろすジーン。
それでも勝利をもぎ取った点で、ジーンの運は高い。
「まあ、これで敵が人界にいる可能性は高くなりました」
ジーンを押しのけて、サラが部屋へと舞い戻る。
「私は着替えますから、後の始末は頼みます」
言い残して、サラがジーンを締め出した。
「え?」
ジーンが首を傾げた時である。
「ひゃあっ!」
階段の近くで、悲鳴が聞こえた。
「こ、これは一体どういうことで……」
腰を抜かしているのは、斡旋所の主人である。




