第二話 襲撃と後始末(後編)
◇◇◇◇
「旦那、これは一体?」
床にへたり込んだまま、主人が聞いた。
「ちっ! めんどくせーな……」
頭を掻きむしりながら、ジーンが主人に詰め寄った。
「おい!」
「ひいっ!」
ジーンが襟元を掴んで、主人を持ち上げる。
「この賊は、お前の差し金か?」
「へ?」
ジーンの問いに、主人は目を丸くした。
「ぞ、賊って……、あっ! そういうことで……。」
少し間を置いて、合点がいった主人。
「もしそうなら――」
「とんでもない!」
殺気を込めるジーンを、主人が遮った。
「ほら、あそこ! 窓が開いてます」
「ああん?」
主人が促して、ジーンが顔を上げた。
果たして、廊下の突き当りで、窓が開け放たれていた。
「おそらく、あそこから侵入したのだと……。わ、私は無関係です!」
「……なるほどな」
主人の説得に、ジーンが折れる。
ジーンはそのまま、主人をゆっくりと床に下ろした。
「疑って悪かったな」
「いえいえ」
謝罪するジーンに、主人が逆に恐縮した。
「それにしても、お噂通り大したお手並みで……」
死体を見回して、主人が汗を拭った。
「悪かったついでに、ちょっと聞きたいんだけどよ」
「はい?」
ジーンが聞いて、主人が顔を上げた。
「こいつらの顔、知ってたりする?」
言いながら、死体の覆面を剥ぎ取るジーン。
果たして、中身は精悍な男である。
「うーん……」
首を捻る主人。
「昨日のヤツらの報復とか?」
重ねてジーンが聞いた。
ジーンの懸念は、この町のハンター連中である。
「いや、それはないでしょう」
主人が否定する。
「ファルコナーの名は、伊達じゃありません。多少粗っぽくても、ハンターは戦士ではありませんから……。旦那の名を聞いて挑んでくるのは、それこそ因縁のあるお貴族様か、どこかに取り入ろうって魂胆の傭兵くらいでは?」
「ううむ……」
「少なくとも、私はこの連中を知りません。何分狭い町です。職業柄もあって大抵は存じておるつもりです。こいつらは外の人間かと」
「そっか……」
主人の言葉に、ジーンが渋面を作った。
もっとも、その理由は実家の権威を傘にした点である。
「あの~」
考えるジーンを余所に、主人が申し出る。
「何だ?」
「そろそろ、役人に知らせても?」
顔を上げたジーンに、主人がおずおずと聞いた。
所以はともかく、人が死んでいる。
こういった場合、どの町でも届けるのが常であった。
「おお! すまんすまん!」
ジーンが謝った。
「早く行ってきな。部屋で待っててやるから」
「へい! それでは!」
ジーンが促して、主人がその場を立ち去った。
◇◇◇◇
「さて、あのクソ女は何をしてやがるんだ」
主人を見送って、ジーンが部屋へと帰る。
だがしかし、着替えているはずのサラがいない。
部屋の中は、もぬけの空であった。
「は?」
目を点にするジーン。
そんなジーンの視界には、荷物の山だけが映っていた。
より厳密に言えば、サラの革鎧以外である。
「おい、サラどこに……って、あれ?」
ジーンが部屋へと踏み入れると、足元に一枚の紙切れが落ちていた。
「何だこれ?」
ジーンが紙切れを拾い上げた。
果たして、それはサラからの手紙であった。
『ジーンへ。
長くなりそうなので、私は先に行ってます。
ごたごたを片付けてから、ゆっくり来てください。
隊商は足止めしておきますで、ご安心を。
追伸
荷物を忘れないこと。』
手紙の文面である。
「あいつ……!」
開いた窓を見つめ、ジーンが手紙を握りつぶす。
「逃げやがったな!」
地団駄を踏みながら、ジーンが手紙を投げ捨てる。
こうして、役人への説明責任はジーンの役目となった。
ちゃっかり荷物をも押し付けるあたり、さすがのサラである。
そんなこんなで4時間後――。
太陽は高く昇って、すでに昼時である。
「遅い!」
町の北門で、サラがジーンを出迎えた。
やって来るジーンは、青筋を浮かべながらもやつれている。
「てめぇ……」
ヅカヅカと、ジーンがサラに歩み寄る。
「置き去りにするとは、一体どういう了見だコラ!」
サラの胸倉を掴んで、ジーンが持ち上げる。
「あわわわ……! け、喧嘩は駄目ですよ~」
割って入ったのはナオミであった。
その他大勢も、事態を戦々恐々と見守っている。
「放せ、ナオミ! 今日こそコイツの非道を正してやる!」
「だからと言って、暴力はいけませんよ~」
「そうです。まったく、野蛮極まりない」
「何だとコラ」
「サラさんも、焚き付けないでくださ~い」
3人がもみくちゃになって、喧々諤々の有様であった。
「はいはい。分かりました」
サラが両手を上げた。
「とにかく、言い分を聞きましょう」
「言い分だと?」
サラの言い草に、眉根を寄せるジーン。
「言いたい頃は沢山あるけどよ――」
鼻息荒く、ジーンが続けた。
「何故一人で逃げたんだ? あれから大変だったんだぞ!」
ジーンが息巻いた。
官憲からの取り調べを、ジーンは1人で引き受けたのである。
サラ一人が抜けたことで、事態がややこしくなったのは言うまでもない。
「そんなの、貴方の名前を出すことで、どうにでも出来るでしょうに」
「そうするしかなかったんだ! まったく、胸糞悪いったらありゃしねー……」
サラの言うように、ジーンは実家を引き合いにして、追及を切り抜けていた。
もっとも、そのせいで逆に官憲の興味を引いて、時間を取られる羽目となっていた。
実家嫌いのジーンにしてみれば、散々な目と言える。
「ちなみに、私が先に出かけたのは理由があります」
「おう、言ってみろ」
飄々とするサラに、ジーンが食って掛かる。
「まず一つ。私はどこで変装を解けば良かったのですか? まさか、道のド真ん中で着替えろとでも?」
「あ……」
「そしてもう一つ。手紙にも書きましたが、隊商の足止めです。勝手に集合時間に遅れては、迷惑甚だしいでしょう?」
「……」
サラの説得に、ジーンが押し黙った。
「分かったら、さっさと下ろしなさい」
「お、おう……」
サラの命令に、素直に従うジーン。
「何かすまなかったな」
頭を下げるジーンである。
「いえいえ。いいのですよ」
「何だか分かりませんが、良かったです」
サラとナオミが続けて言った。
だがしかし、ジーンは忘れている。
そもそもの発端は、サラが何の相談も無く、抜け駆けしたことにある。
これは、いざとなったらジーンを切り捨てる覚悟に他ならない。
そして、3人の問答がひと段落した時――。
「話も終わったようだし、いいかの?」
割って入ったのは、隊商の老商人である。
◇◇◇◇
「どうしました?」
サラが聞き返す。
「いや、お主らの取り分じゃよ」
言って、商人が袋を差し出した。
「取り分?」
首を傾げるジーン。
「ほら、地虫の皮ですよ。この方に、換金を依頼していたのです」
ジーンに答えながら、サラが袋を受け取った。
「ああ! あの時の!」
ジーンが得心し、手をポンと叩いた。
「でも、何でわざわざ?」
「この斡旋所が機能不全だとは、前から聞いていたのですよ。よもや、あそこまで交配していたとは思いませんでしたが、結果として正解でした」
ジーンに答えながら、サラが袋を開ける。
「え……?」
中身を見て、サラが固まった。
「どうした……って、ええっ!」
サラに続いて、ジーンも目を剥いた。
果たして、袋の中は金貨と銀貨で溢れていた。
「いいのですか? こんなに貰って」
「全然構わん」
恐縮するサラを、商人が受け流す。
「他のハンター連中は、みんな納得してくれたよ。お主らの取り分が多くて当たり前じゃとな。それでも、連中も相当貰ったのじゃぞ。しばらく遊んで暮らせるくらいにはのう」
「そうですか。では、遠慮なく……」
商人の説明に、サラが納得した。
さっきまでの遠慮はどこへやら、さっさと袋を絞め直すサラである。
「他のハンターって……、そういや、随分減ってないか?」
隊商を見回して、ジーンが言った。
ジーンの指摘通り、人員はおよそ半分ほどになっていた。
「いや、みんなここで仕事を取るんだと」
商人が答えた。
「何でも、この町のハンターが軒並み廃業して、成り手がいないそうな。空前の売り手市場じゃと」
「そ、そうか……」
商人の言葉に、ジーンが冷や汗を流す。
もちろん、原因は昨日の一騒動である。
「でも、それだと護衛は――」
「心配いりません」
ジーンの懸念に、サラが被せた。
「人界に近いだけだって、ここから先は極めて安全です。出くわす魔物と言えば、小鬼か陸海月が精々でしょう。この人数でも、十分守り切れます」
「なるほどなー」
サラの講釈に、ジーンが納得した。
「さて、出かける前に――」
言って、サラがジーンに袋を手渡した。
「それ全部あげます」
「へ?」
サラの態度に、目を丸くするジーン。
「貴方とナオミで分けてください」
「いいのかよ?」
「そんな、悪いですよ!」
気前のいいサラに、ジーンとナオミは及び腰である。
「構いません。功労者が評価されるのなら、それは貴方たち二人です。それに――」
サラが続ける。
「私はお金には困ってませんから」
締めくくって、袋を押し付けるサラであった。
ちなみに、サラの言葉は半分本気で、もう半分は打算である。
金に困らないのは事実でも、ジーンの機嫌取りと荷物の押し付けが本音であった。
金貨や銀貨は存外に嵩張るし重い。
サラの要領の良さ、ここに極まれりと言える。
「さあ、いよいよ王都ですよ。気張って行きましょう!」
サラが先頭に立って、隊商が再び足を進めた――。




