31.追いついた背中
その奥で、草を踏む音がした。
シルヴァンは剣を握り直した。
息を吸うだけで、脇腹の傷が内側から裂ける。太腿には力が入らない。肩から流れた血は腕を伝い、柄を握る手の中まで入り込んでいた。
それでも、剣は下げなかった。
森道の奥から、深緑の外套をまとった兵たちが現れる。一人ではない。二人、三人。木陰から次々と出てくる。さらにその後ろにも、同じ色の外套が並んでいた。月明かりの届かない枝の下で、深緑の影が森道をふさいでいく。リュカの私兵だ。
剣を持つ者。槍を持つ者。弓を背負う者。中には、深くフードを被って顔を隠している者もいた。
先頭に立った樹人族の兵が、一歩前へ出た。
剣を構えたまま、丁寧に頭を下げる。
「そこを通していただけますか」
声だけ聞けば、道を尋ねているようだった。
だが、剣先は真っ直ぐシルヴァンへ向いている。
シルヴァンは鼻で笑った。
「おいおい。傷だらけの俺に剣向けてくるなんて、人の心がねぇのかよ、お前ら」
兵たちは答えない。剣先も下がらない。
シルヴァンは肩をすくめようとして、脇腹の痛みに顔をしかめた。
「……通さねえよ」
刃こぼれだらけの実用剣を持ち上げる。エティエンヌの首を落とした時の血が、まだ刃にこびりついていた。
「手加減する余裕はねぇ。命知らずだけかかってこい」
先頭の兵の表情が、わずかに硬くなった。
次の瞬間、深緑の外套が一斉に動いた。
正面から三人。左から二人。右の木陰から槍が回り込む。
シルヴァンは正面の剣を受けなかった。
少しずれて、最初の一撃を受け流す。踏み込んできた兵の喉へ刃を返した。血が噴き、兵の身体が崩れる。その横から別の兵が剣を振った。
シルヴァンは踏み込み、相手の胸元へ刃を突き込む。骨に当たる鈍い感触が手に残った。引き抜くと同時に、右から槍の穂先が伸びる。
身を沈め、槍の柄を脇に挟み込むようにして止めた。
脇腹に熱い痛みが走り、息が喉で詰まる。
それでも槍を引き寄せた。持ち主の体勢が崩れる。シルヴァンは柄頭を顔面に叩き込んだ。骨の折れる音がして、兵が仰向けに倒れる。
背後から剣が迫った。
シルヴァンは守護壁を出そうとした。いつもなら、背中に薄い壁が生まれるはずだった。
何も出なかった。
「っ……!」
刃が肩甲骨の下を裂いた。背中に熱が広がる。シルヴァンは振り向きざまに剣を払った。相手の首筋を裂き、その身体を横から踏み込んできた兵へ蹴り飛ばす。
守護壁が出ない。
エティエンヌとの戦いで使いすぎた。魔力はもう底をついている。
それでも、ここは通せなかった。
「通せねぇな……」
シルヴァンは、血で滑る柄を握り直した。
次の兵が斬りかかってくる。受け、流し、払い、突き返す。一人目の剣を弾き、二人目の喉を裂き、三人目の腹へ剣を叩き込む。右足に力を入れた瞬間、太腿の傷が開いた。
足が一瞬遅れる。
その遅れを、敵は見逃さなかった。
横から飛び込んできたフードの兵が、短剣を突き出す。シルヴァンは剣を返して弾いた。
金属音が鳴る。
次の瞬間、手の中の剣が砕けた。
限界だった。刃こぼれだらけの剣は、短剣を弾いた衝撃に耐えきれず、半ばから折れて土の上へ落ちた。
「おっと」
フードの兵が踏み込んでくる。
シルヴァンは折れた剣をその顔へ投げつけた。相手が身をそらす。その隙に、左から伸びてきた槍の柄を掴んだ。
持ち主が引こうとする。
シルヴァンは逆に踏み込んだ。肩からぶつかるように距離を詰め、槍を奪い取る。脇腹の傷が開き、熱いものが腰へ落ちた。
構わず、奪った槍を横薙ぎに振る。
一人の顎を砕き、もう一人の首を打ち抜く。返す動きで穂先を突き出し、正面の兵の胸を貫いた。
「剣がなくても、まだやれんだよ」
吐き捨てた声は、自分でもひどくかすれていた。
兵たちは下がらない。
倒れた者の後ろから、また別の兵が出てくる。深緑の外套が、森道を埋めていく。
シルヴァンは槍を構えた。
足元には、倒れた兵と、エティエンヌの血が混じっている。森道の土は黒く濡れ、踏み込むたびに靴底が重くなった。
槍を持ったことで間合いは広がったが、まともには扱えない。肩も脇腹も、力を込めれば傷が広がる。太腿は踏ん張るたびに震え、少し気を抜けば膝が落ちそうになる。
それでも、シルヴァンは前へ出た。
穂先で牽制し、近づいた者の喉を突く。引き戻す余裕がない時は、柄を短く持って顔面を殴った。背後へ回り込まれれば、腰をひねり、槍の柄尻を相手の胸へ突き込む。
守護壁を背中に迫る刃を逸らすために、足元に足場を作るために、一瞬だけ敵の動きを止めるために、何度か出そうとした。だが、そのたびに胸の奥が空振りするような感覚だけが残った。薄い光すら生まれない。
後ろから短剣が刺さった。
「ぐっ……!」
左の背中に、鋭い痛みが入る。
シルヴァンは振り返らず、槍の石突きを後ろへ突き出した。手応えがあった。呻き声が落ち、刺さっていた短剣が背中から抜ける。
血が流れ出す。
足が揺れた。
それでも、膝はつかなかった。
「しつけぇんだよ……」
シルヴァンは槍を回し、前へ出てきた兵の喉元へ穂先を突き込んだ。
また一人倒れる。
倒した数は、もう数えていなかった。ただ、立ちはだかる者を止め続けた。
「来いよ!」
喉が焼ける。血の味が口に広がる。それでも、シルヴァンは叫んだ。
「……俺の後ろへ行けると思うな」
深緑の外套がまた動く。
シルヴァンは踏み込んだ。槍の穂先で一人の胸を突き、抜けないと見るや柄を押し込む。相手の身体ごと前へ倒し、その背中を踏んで次の兵へ飛びかかった。
足がもつれた。
膝が沈みかける。
それでも倒れなかった。倒れれば、あいつらが追いつかれる。
「誰が……通すかよ……!」
シルヴァンは近づいた兵の腕を掴んだ。剣を振り下ろされるより先に、相手の喉元へ頭突きを入れる。額に衝撃が走り、視界が白く弾けた。
それでも、手は離さなかった。
奪った短剣を相手の脇腹へ突き込む。兵が崩れる。
その影から、別のフードの兵が飛び込んできた。シルヴァンは太腿を裂かれながらも、倒れる勢いで相手を押し倒し、短剣を胸へ突き下ろした。
フードが外れ、顔があらわになる。樹人族ではない。人族だった。
「……さっきと同じかよ」
セレーヌの私兵の中にも、人族兵が混じっていた。セレーヌとリュカが、人族とつながっている。
「本当に、どうしようもねぇな……」
横から別のフードの兵が斬りかかってくる。
シルヴァンは短剣を振った。刃が相手の胸を裂き、血が飛んで視界の端を赤く染める。
敵兵の数は、ようやく減り始めていた。
だが、それは倒れた者が増えすぎて、森道が詰まり始めていたからだ。
深緑の外套も、フードの兵も、倒れた身体を踏み越えて近づいてくる。シルヴァンは奪った短剣を握ったまま、かろうじて立っていた。
呼吸は荒く、口の中には血の味がする。脇腹から流れた血は腰まで濡らし、背中の傷は息をするたびに開いた。太腿はもう、自分の足ではないみたいに重い。肩は下がり、片腕はほとんど上がらない。
それでも、目だけは前を向いていた。
血と泥にまみれ、折れた剣や倒れた兵の間に立つシルヴァンは、幽鬼のような姿になっていた。
兵たちの足が止まる。
誰かが息を呑んだ。別の兵が半歩下がる。目の前の男に近づくために、前へ出ることに怯えていた。
その時、兵たちの後ろで足音が鳴った。
深緑の外套をまとった私兵たちが、左右へ分かれる。
森道の奥から、一人の男が現れた。整えられた服と乱れていない髪。
王宮の評議会で見せていたのと同じ、穏やかな顔。
リュカ・アルノー。
評議会の枢機卿の一人。昔から、やわらかく笑って人の間に立つ男だった。荒事を嫌い、剣よりも言葉を選び、血の匂いがする場所には近づかない。
シルヴァンは、血に濡れた短剣を握ったまま、目を細めた。
「……よう」
リュカは足元の死体を一瞥した。その視線には、怒りも驚きもない。血に濡れた道を前にしても、目の端すら揺れなかった。
「ずいぶん粘ったな、シルヴァン」
「おかげさまでな」
「もう限界だろ」
「そう見えるか?」
「ああ。立ってるのが不思議なくらいだ」
「じゃあ、近づいて確かめてみろよ」
「お言葉に甘えて、そうさせてもらおうか」
シルヴァンは、思わず目を見開いた。
リュカは周囲の兵へ視線を向けた。
「下がれ」
兵たちが戸惑う。
リュカは穏やかな顔のまま、声だけを少し冷たくした。
「聞こえなかったか。下がれと言ったんだ。誰も近づけるなよ。私が指示するまで手を出すな」
兵たちは互いに顔を見合わせたが、やがて倒れた仲間の身体を避けながら下がっていった。何人かは、シルヴァンから目を離せないまま後退する。怯えが残っているのが分かった。
リュカは一人で近づいてくる。
血と泥を踏みながら、それでも顔色は変わらない。靴の先が赤黒く汚れても、気にした様子はなかった。
シルヴァンは口の端を上げた。
「リュカ様が、こんな森の奥までお出ましか。ずいぶん勇敢になったじゃねぇか」
「その必要があったんだよ」
「必要があっても、お前なら来ねぇだろ」
リュカの眉が、ほんの少しだけ動いた。
「ひどい言い方だな」
「昔のこと忘れたのかよ。候補兵の訓練場で、鼻血出した奴を見ただけで青ざめてたくせに」
「そんな昔の話を、よく覚えてるな」
「他人の失態は、忘れねぇ方なんだよ」
シルヴァンは、足元に倒れた兵たちを顎で示した。
「今は平気なのか。血も、死体も」
リュカは答えなかった。
ただ、いつものように柔らかく笑っている。その笑みは、怯えを隠す笑みではない。
シルヴァンの胸の奥に、嫌なものが残った。
「で、何しに来た。まさかただの見物じゃねぇだろ」
「回収しに来たんだよ」
「何をだ」
「お前が守護者に渡したものだよ」
シルヴァンは、血に濡れた口元をわずかに歪めた。
「……兄貴の剣か」
リュカは答えなかった。
否定も、肯定もしない。ただ、穏やかな笑みだけを浮かべている。
「そりゃ残念だったな」
「残念?」
「あれはもう、ここにはねぇ」
シルヴァンは、かすれた声で笑った。
「とっくに行ったよ。俺の手が届かねぇところまでな」
リュカの目が、ほんのわずかに細くなる。
「そうか」
「取り返したいなら、追えばいい」
シルヴァンは短剣を握り直した。
「もっとも、俺の後ろへ行けるならな」
「本当に厄介なやつだ」
リュカは静かに言った。
「兄弟そろって、踏み込まなくていい所へ踏み込む」
シルヴァンの眉が動いた。
「……何で今、兄貴の話をする」
その言葉だけで、胸の奥に残っていた古い傷が開いた。
リュカは、変わらない笑みのまま一歩近づく。
「あの男もそうだった。見逃せばいいものを、わざわざ見にきた」
シルヴァンは短剣を握る手に力を込めた。
「兄貴が消えた理由を、知ってるのか」
「知っているとも」
リュカは穏やかに答えた。
「私が消したんだから」
シルヴァンの中で、何かが音を立てて切れた。
「てめぇ……!」
叫んだ瞬間、喉の奥に血が絡んだ。
それでも踏み込もうとした。
だが、足が動かない。太腿の傷が力を奪い、背中の刺し傷が呼吸を止める。脇腹から流れる血で、身体の芯が冷えていた。
リュカは、倒れた兵の血を避けもせずに近づいてくる。
「お前の兄貴は、俺に会いに来た」
声は低かった。
「あの事件について、聞きたいことがあると言ってね」
人が痕跡なく消えていた、あの事件。兄が巡回班長として追いかけていた。
シルヴァンの喉が、ひゅっと鳴った。
「兄貴は……お前が、あの事件に関わってるんじゃないかって気づいてたのか」
「ああ。話を聞けば分かるはずだとでも思ったんだろう。証拠を掴む前に、まず本人に確かめに来た。真面目な男だったよ」
ゆっくりと、リュカの剣が抜かれる。
「だから、消してやった」
森道の音が、一瞬遠くなった。
風に擦れる葉の音も、兵たちの息遣いも、血が土に落ちる音も、薄く離れていく。
シルヴァンは、リュカの顔を見た。
評議会で見た、穏やかな男の顔。
昔から知っている、血を見るだけで顔を青くしていた男。だが、今目の前にいる男は違う。
倒れた兵を見ても、エティエンヌの死体を見ても、何も動かない。血に濡れた道を歩いても、眉ひとつ寄せない。
それだけではない。
兄が追っていた事件に、リュカ本人が深く関わるはずがなかった。あの男は、危ない橋を渡らない。自分の手が汚れる場所には近づかない。人が消えるような事件に名を残す危険など、リュカなら絶対に選ばない。
臆病者だからだ。
シルヴァンは、低く笑った。
「……そうかよ」
「何だ?」
「やっと分かった」
シルヴァンは、血の混じった息を吐いた。
「誰だ、お前」
リュカは笑った。
「何を言うかと思えば。俺はリュカ・アルノーだ」
「違うな」
シルヴァンは即座に返した。
「リュカは、こんな場所に来ねぇ。血の匂いがするだけで嫌な顔をして、死体なんか見たら目を逸らす。あいつは臆病で、荒事が嫌いで、自分の手で誰かを殺す覚悟なんか持てねぇ奴だ」
リュカの笑みが、少しだけ薄くなった。
「ひどい評価ですね」
口調が変わった。
声は同じだった。だが、そこにある冷たさは違っていた。
シルヴァンは口の端を歪めた。
「けどな、あいつは一度受けた恩を忘れるような奴じゃねぇ」
リュカの目が、わずかに細まる。
「臆病で、情けなくて、肝心な時に震えるような奴だったよ。けど、平気で誰かを裏切れるような人間じゃなかった」
シルヴァンは、血に濡れた短剣を握り直した。
「兄貴にも、俺にも、あいつは借りがあった。それを笑って踏みにじれるほど、器用な奴じゃねぇんだよ」
低く、息を吐く。
シルヴァンは目の前の男を睨み上げた。
「てめぇは誰だ」
「なるほど。本当によく見ている。さすが、あの男の弟です」
シルヴァンは、地面に片膝をついたまま睨み上げた。
「何のために、リュカの面かぶってやがる」
「知ってどうします?」
「てめえを倒す理由が増えるだけさ」
「その身体で?」
「殺す方法はいくらでもある」
リュカは、少しだけ笑った。
「本当に、あなたの兄上によく似ています」
シルヴァンは短剣を支えにして立とうとした。
立てなかった。
膝が土をこする。視界が揺れ、倒れた兵たちと深緑の外套と、人族の顔がぼやけて混ざった。
それでも、リュカから目は逸らさなかった。
「兄貴も、最後には気づいてたのか」
「ええ。だから死にました」
「……そうかよ」
シルヴァンは小さく笑った。
笑うと、胸の奥が痛んだ。
「兄貴も、ちゃんと見抜いてたんだな」
「その結果、何も残せませんでしたが」
「それでもだ」
シルヴァンはリュカを睨んだ。
「てめぇみたいなのを見逃すより、よっぽど兄貴らしい」
リュカの剣先が、シルヴァンの胸元へ向いた。
「では、あなたも兄上と同じように終わりましょう」
シルヴァンは短剣を動かそうとした。指が滑る。力が入らない。
それでも、目だけは逸らさなかった。
「残念だったな」
リュカが足を止めた。
「何がです?」
「お前はもう、あいつらに追いつけねぇ」
シルヴァンは、かすれた声で言った。
「殿下も、フィオナさんも、アラタも……もう行った。てめえの手が届かねぇところまでな」
リュカは、ほんの少しだけ目を細めた。
「だから何です」
「分かんねぇか」
シルヴァンは笑った。
「お前の目的が何かは知らねぇ。リュカの面かぶって、何を企んでるのかもな」
血の混じった息を吐く。
シルヴァンは、最後の力で顔を上げた。
「あいつらは、必ずお前のところまでたどり着く」
リュカは黙って見下ろしていた。
「いつか、お前を倒す時が来るだろうな」
「ずいぶん買いかぶりますね」
「そうかもな」
シルヴァンは、口の端を上げた。
「でも、俺がここで一人で終わるよりは、ずっと先がある」
「先、ですか」
「ああ」
シルヴァンは、血に濡れた唇で笑った。
「誰かに託すってのは、そういうもんだ」
リュカはしばらく黙っていた。
そして、静かに剣を構え直した。
「もう十分です」
「そうかよ……」
シルヴァンは、かすかに口の端を上げた。
「こっちも、十分すぎるほど時間は稼いだ」
リュカの剣が動いた。冷たい刃が、シルヴァンの胸を貫いた。
息が止まる。
音が遠くなった。
リュカが剣を引き抜く。
シルヴァンの身体が前へ傾き、短剣が土に落ちた。膝が崩れ、視界が地面へ近づいていく。
倒れる寸前、森道の奥が見えた。
月明かりの届かない道の先は、もう静かだった。
それでよかった。
シルヴァンは、土に倒れた。
頬に冷たい土が触れる。血の匂いが濃い。風に擦れる葉の音が、ひどく遠く聞こえた。
胸の奥から、温かいものが抜けていく。
ぼやけた視界の中に、いくつかの顔が浮かんだ。
泣きそうな顔で、必ず戻れと命じた殿下。
感情を押し殺して、それでも前へ進むことを選んだフィオナ。
痛みに歪みながらも、森道の奥へ運ばれていった新。
南通りの店で、呆れたように腰へ手を当てていたミレーユの顔も浮かんだ。助けた女たちの笑い声が、その後ろでかすかに重なる。
シルヴァンは、ほとんど動かない唇で息を吐いた。
「……誰かの役には、立ててたよな。俺も……」
声になったかどうかは分からなかった。
その時、ふいに、遠くに人影が見えた。
シルヴァンが何度手を伸ばしても、届かなかった背中。
その人影が、ゆっくりと振り返る。
兄がいた。
昔と変わらない顔で、にこりと笑っている。
何も言わない。ただ、こっちを見ていた。
シルヴァンは、小さく笑った。
ああ。
やっと、少しは追いつけた気がした。
森道の奥へ、風が抜ける。
その先へ進んだ者たちの背中を追うように、葉が小さく揺れた。
次の瞬間、シルヴァンの視界は暗く落ちた。




