サウザンの街
サウザンの街外れ——積み上げられた亡骸に火が放たれ、黒煙が夜空へ昇っていく。
火葬を手伝いながら、砂塵の牙傭兵団団長カールツァイスが呆れたように笑った。
「お前らも相当ヤバい奴らだったが……何だよあの三人は?滅茶苦茶じゃねえか」
視線の先には、ジトー、トーマス、そして疾風のごとく駆けたフレッド。
赤蠍傭兵団団長グライシンガーも苦い顔をする。
「それを言うなら……あれは本当に矢か?化け物の顔が弾け、腹に風穴が空いてたぞ」
「ミーナ嬢とノエル嬢のことか」
ベガが肩をすくめる。
「間違ってもちょっかいはかけるなよ。死ぬより痛い目を見る」
ブラスがニヤつきながら続けた。
「ちなみにミーナ嬢とジトー、ノエル嬢とトーマスはデキてる。ほら、あのポールアックスがジトー、戦鎚持ってるのがトーマスだ」
「嬢ちゃんたちが綺麗だからといって変な気は起こすなよ、配下にも周知しとけ」
デルガーの忠告に、カールツァイスが引きつった顔で頷き、グライシンガーも無言で同意する。
するとベガがぼそりと呟いた。
「……変な気起こしたところで、どうにもならねえけどな」
「ん?」
「いや、何でもねえ」
——数時間後。
雪を踏み鳴らしながら、新たな部隊がサウザンの街へ到着する。
鉄の掟隊、ダルソン隊、ルーカス隊、デリー隊、エリカ隊、ワーレン隊。
エイト商会のニックとその配下数名。
ジトーたちと合流を果たした。
鉄の掟隊隊長グーリスが周囲を見回し、鼻を鳴らした。
「……激しい戦闘が行なわれたようだな」
「ジトーたちが来てくれなかったら…どうなっていたかわからねえ」
デシンスが答える。
そこへエリカが馬から降りた。
雪を踏みしめながら周囲を見る。
血に染まった橋、雪。
火葬を終えたばかりの灰。
そして疲弊しながらも崩れていない団員たち。
「……よく持ちこたえたわね」
静かな声だった。
ライアンが肩を竦める。
「まあな。ギリギリだったが」
「…訓練の賜物ね」
エリカは呆れたように笑った。
ライアンが全くもってその通りだと苦笑いを浮かべ、到着したばかりの仲間たちに視線を向けた先には、厚手の毛皮の外套を羽織った小太りの男が立っている。
エイト商会情報収集担当――ニック。
「お前……ニックじゃねえか?!」
驚いた声を上げたのはライアンだった。
ニックは口元を歪めて笑う。
「久し振りだなライアン……数年ぶりか」
「生きてやがったか!」
「お互い様だ」
二人は軽く拳をぶつけ合った。
再会を喜んだのも束の間、すぐに表情が引き締まる。
「で、状況は?」
ニックが問う。
「ダット橋は死守したが帝国軍は完全には下がってねえだろう」
フレッドが肩を鳴らしながら口を開いた。
「問題は次だ。橋を守るだけじゃジリ貧になる」
「そうね」
ノエルが静かに頷く。
「ダット橋両岸に簡素でもいいから砦を築くべきよ」
一同の視線が集まる。
ミーナが続けた。
「今までは平時だったから橋だけで十分だった。でももう違う。帝国軍は本気で侵攻してきてる。防壁も、物見台も、補給拠点も必要」
「……今までが不用心すぎた」
ニックが苦々しく呟く。
「平和ボケってやつだな」
誰も反論しなかった。
ノルダラン連邦共和国は長く“商人の国”として栄えてきた。
武力より交易、争いより利益。
だからこそ、橋は“交易路”でしかなかった。
ルーカスが腕を組みながら言う。
「砦を作る作らないにしろ、あいつらも協議に加えようぜ」
「あいつら?」
「ギザの傭兵団連中だ」
「ああ、そうだな」
フレッドが頷き、大声を張り上げた。
「おーい!各傭兵団の団長はこっちに来てくれ!」
しばらくすると、周囲で待機していた傭兵団の団長たちが次々と集まってくる。
銀狼傭兵団、砂塵の牙傭兵団、鉄杭旅団、灰鷲傭兵団。
赤蠍傭兵団、双蛇団、断崖の盾傭兵団。
どの団長たちも歴戦の荒くれ者だった。
使い込まれた武具、鋭い眼光、生半可な人間ではないことが一目でわかる。
だが、その彼らでさえシャイン傭兵団の戦いぶりに圧倒されていた。
特にジトー、トーマス、フレッドの突撃は異常だった。
化け物じみた膂力、尋常ではない速度。
そして何より――迷いがない。
戦場を駆ける姿があまりにも自然だった。
集まった団長たちを見回し、ジトーが一歩前に出る。
巨躯——二メートルを超える体格。
「まだ挨拶していなかったな」
低く、よく通る声。
「シャイン傭兵団副団長のジトーだ」
一瞬、空気が張り詰める。
「……俺が指揮を執らせてもらうが、構わないか?」
静かな問いだったが威圧感は凄まじい。
最初に口を開いたのは銀狼傭兵団団長ジルだった。
長髪を後ろで束ねた痩身の男、鋭い目付きの剣士だ。
「あの戦いぶりを見たら従わざるを得ねえ……文句はない」
ジルは苦笑混じりに肩を竦める。
「正直、あんたら…人間に見えねえしな」
周囲から乾いた笑いが漏れた。
続いて砂塵の牙傭兵団団長カールツァイスが頷く。
「もとよりライアンの指示に従ってたわけだしな。今更反対する理由もねえ」
「同感だ」
赤蠍傭兵団団長グライシンガーも続く。
「俺たちゃ生き残るために戦ってる。強ぇ奴に従うのは当然だ」
他の団長たちも次々に頷いた。
その中で一際目立っていたのが、双蛇団の二人だった。
全く同じ顔、全く同じ背格好。
左右対称のように立っている。
「「異議なし」」
声までぴたりと重なる。
トーマスが思わず吹き出した。
「珍しいな、双子の団長とは」
二人は同時に肩を竦める。
「「よく言われるよ」」
フレッドが腹を抱えて笑う。
「ハハハッ!本当に息ぴったりじゃねえか!」
重苦しかった空気が少し和らぐ。
ジトーの視線が再び全員を見渡した。
「これから先、もっと厳しくなる、だからこそ統率が必要だ。勝手な行動はするな。命令違反も許さん」
ただ強いだけではない、背中を預けられる男の声だった。
各団長たちも自然と真顔になる。
「……了解だ」「従おう」「文句はねえ」
頷きが広がる。
その様子を見ながら、ニックは小さく息を吐いた。
(……シャイン傭兵団……本当に化け物揃いだな……)
噂には聞いていた。
“敵なし”。“契約を違えぬ傭兵団”。“規格外”。数多の異名。
ただ強いだけではない、この短時間で、癖の強い各傭兵団の団長たちをまとめ上げ、自然と上下関係を形成し、統率を完成させてしまった。
普通ならあり得ない、傭兵というものは我が強い。
特に団長クラスになれば尚更だ、自分より若い者に従うなど、内心穏やかでない者も多い。
しかし、この場では違った。
ジトーの前では誰も異を唱えない、それは恐怖だけではない。
“理解”してしまったからだ。この男たちには『敵わない』と。
そしてニックは同時に悟っていた。
(今、この場にいる連中こそが……ギザ自治区を守る最後の防壁だ)
もしここが崩れれば終わる。
ダット橋を突破されれば、帝国軍は雪崩れ込むようにギザ自治区へ侵入するだろう。
だからこそ、止めなければならない。
サウザンの街――実質、エイト商会が支配している街だった。
名目上の街長モルモネは存在するが実際の権限も発言力もない。
物流、人員、物資、警備、金の流れ――全てをエイト商会が掌握している。
この街は“エイト商会の街”だった、ニックは即座に動き出す。
「宿を全部押さえろ。空き家も使うぞ」
「砦建設用の木材、縄、釘、布、防寒具を集めろ」
「石工と大工を叩き起こせ」
「鍛冶場も夜通し回せ、釘と金具を優先だ」
次々と指示が飛ぶ。
エイト商会の従業員たちも慣れた様子で駆け出していく。
商人たちの動きは速い。
利益の匂いにも、危機の匂いにも敏感なのだ。
一方、ジトーも防衛体制を整えていた。
「銀狼傭兵団、砂塵の牙傭兵団は今夜ダット橋の監視だ」
ジルとカールツァイスが頷く。
「明日は鉄杭旅団と灰鷲傭兵団、その次は赤蠍傭兵団と双蛇団」
「断崖の盾傭兵団は後方待機、緊急時の増援に回れ」
即席とは思えないほど整理された指示だった。
「火は絶やすな。防寒対策もしっかりしろ」
ジトーの声は低く重い。
「この寒さは敵より厄介だ。眠気が出たら終わりだと思え」
実際、この雪原では油断した者から死ぬ。
凍死は珍しくない、戦場より寒さの方が人を殺すこともある。
ライアンがジルとカールツァイスの肩を叩いた。
「疲れてはいるだろうが頼むぜ」
ジルは苦笑する。
「お前らほどじゃねえよ」
「戦闘は頼りきりだったしな」
カールツァイスも続けた。
「異変があればすぐ知らせる」
「ああ、頼んだ」
夜風が吹き抜ける。
誰も油断はしていなかった。
やがてジトーたちはサウザンの街へ入る。
すると――「シャイン傭兵団だ!」「この街を救ってくれた!」
「助かった……!」「橋を守ってくれたんだ!」
街の住民たちが一斉に歓声を上げた。
疲弊し切った傭兵たちへ、惜しみない歓待が向けられる。
温かいスープ、焼きたてのパン、酒、毛布。
子供たちが目を輝かせながら見上げ、大人たちは深々と頭を下げる。
彼らにとってシャイン傭兵団は、まさしく救世主だった。
「すげぇ歓迎っぷりだな」
フレッドが頭を掻く。
「当然よ」
ミーナが微笑んだ。
「街を守ったんだから」
やがて案内されたのは、サウザンの街でも最上級の宿だった。
普段なら豪商や貴族しか泊まれないような場所である。
「好きに使って下さい!」
支配人が頭を下げる。
「湯も食事もすぐ用意します」
誰も遠慮しなかった、限界だったからだ。
グーリスたちは強行軍で駆けつけ、一昼夜戦い続けたライアン隊、デシンス隊、ベガ隊。
ジトーたちとて例外ではない。
規格外の膂力を持とうが、人間であることに変わりはないのだ。
湯浴み場——「ふぃぃぃ~~……」
トーマスが湯船に沈み込み、魂が抜けるような声を漏らす。
「生き返る……」
「…やっぱ風呂は最高だな」
フレッドも同意する。
熱い湯が冷え切った身体に染み渡っていく。
肩の強張りが解け、指先に感覚が戻る。
「雪の中を走りっぱなしだったからなぁ…しかもお前らは戦闘付きだ」
ザブンと湯をかぶるグーリス。
その隣ではライアンが静かに目を閉じていた。
湯から上がった後は食事だった。
大量の肉、熱々のスープ、パン、煮込み料理、酒。
トーマスなどは山のように料理を平らげている。
「うめぇぇ……!」
「相変わらず食い過ぎだ馬鹿」
「腹減ってんだよ!」
笑い声が広がる。
食後——ライアン隊、デシンス隊の面々は休息へ回される。
「お前らは寝ろ」
ジトーが言う。
「明日も動けるようにしとけ」
「……悪ぃな」
ライアンが苦笑する。
「今は甘えとく」
デシンスも素直に聞く。
彼らは本当に限界だった、精神も肉体も削れている。
宿の一室に地図が広げられ、ランタンの灯が揺れる。
外では雪が静かに降り始めていた。
ベガ隊、ワーレン隊、そしてエイト商会を中心に情報の共有が行われる。
ジトーが腕を組む。
「さて……情報を整理するぞ」
ニックが頷く。
「帝国軍第二軍、ズライ自治区で起こっているであろう戦闘について、わかってることを全部出そう」
疲労を押し込みながら、夜はまだ続いていく。




