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光を求めて  作者: kotupon


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546/552

ダット橋攻防戦2

ダット橋——その石畳は、血と泥と煤で黒く染まっていた。

川面から吹き上げる冷たい風に、焦げた匂いと鉄の匂いが混ざる。

押し寄せる帝国軍、繰り返される攻防。


ライアンたちは、限界に近い集中力でそれを支え続けていた。


その時だった——雪煙が、舞い上がる。

異様な速度に誰もが目を見張る。

影が——迫る。


ドバンッ!!ドヒュンッ!!

乾いた破裂音が連続して響く。

走りながら放たれた矢が、一直線に化け物へと突き刺さる。

一体の顔面が弾け飛び、もう一体の胴に風穴が開いた。


「……ッ!」

帝国軍の兵士たちが息を呑む。


前線で剣を振るっていたライアンが、ニヤリと口角を上げる。

(漸くか……!)

胸の奥に溜まっていた重石が、わずかに軽くなる。


すぐに声を張り上げた。

「全隊、ゆっくり後退ッ!!」

その声は橋全体に響き渡る。


「オウッ!!」

返ってくる応答は力強かった。

疲労困憊のはずの団員たちの声に、確かな活力が戻っている。


誰もが感じていた——来た。

シマか?ジトーか?クリフか?ロイドか?

誰であれ構わない。


(この戦い俺たちの勝ちだ)

その確信が、全員の中に生まれていた。


「道を開けろッ!!」

ベガの鋭い指示が飛ぶ。


ライアン隊とデシンス隊の間、わずかな空間——風が、駆け抜けた。

本当に“風”としか言いようがなかった。

視認した時には、既に遅い。

フレッドだった。

二振りのグラディウスを握り、橋の上を滑るように駆ける。


「なっ——」

帝国兵の言葉が途切れる。

次の瞬間、その首が宙を舞っていた。

斬撃は見えない、ただ結果だけが残る。


『疾風』が一歩踏み込むごとに命が消え、すれ違うだけで血が噴き出す。

背後には、ただ死体だけが残された。


「な、なんだあれは——!」

帝国軍の隊列が揺らぐ恐怖と混乱。


それを見逃すフレッドではない。

疾風は止まらない縦に、横に、斜めに。

縫うように、裂くように、帝国軍の陣形を破壊していく。


——さらに二つの影が、橋へと踏み込んできた。

ジトーとトーマス、二人の巨躯。

その動きは鈍重とは無縁、むしろ——速い。

常識を逸した速さ。


ジトーは左手にカイトシールド、右手にポールアックス。

トーマスも同様に盾を持ち、反対の手にウォーハンマー。

本来、それらは両手で扱う武器。

だが彼らにとっては違う。


「どけェッ!!」

帝国軍の敵陣の中でジトーの咆哮。

次の瞬間、ポールアックスが振るわれる——薙ぎ払い。

それだけで、四人、五人と兵士がまとめて吹き飛ぶ。

『死の斧』の一撃は、防御も隊列も意味をなさない。

肉が裂け、骨が砕け、命が刈り取られる。


「おおおおおッ!!」

続くトーマス。

振り払われたウォーハンマーが、空気を震わせる。

ズガァァンッ!!

盾に叩きつけられた一撃——『戦鎚』が盾ごと人体ごと真っ二つにする。

その破壊力は周囲にも広がり、巻き込まれた兵士たちが倒れる。


崩れた帝国軍の隊列は、もはや原型を保っていなかった。

前からは疾風、中央からは死の斧、横からは戦鎚。

三方向からの蹂躙。


「ライアンさんッ!!」

ダット橋の端から声が飛ぶ、ミーナだ。

「後はジトーたちに任せましょう!」


ライアンは一瞬だけ戦況を見渡す。

フレッドが切り裂き、ジトーが薙ぎ、トーマスが叩き潰す。


「了解だ!」


「負傷者はいませんかッ!?」

ノエルが周囲に声をかける、その声は戦場の喧騒の中でもよく通った。


「軽症者数名だけだ!」

デシンスが即座に答える。

「問題ねえ!」


それは奇跡的な状況だった。

あれだけの激戦の中で、壊滅的な被害が出ていない。


そして今——「押し返してる……!」誰かが呟く。

帝国軍が、明確に押されていた。

数では劣るはずの彼らが。


ダット橋は、まだ落ちていない、そして——落ちることもない。



ズライ自治区側の戦場——その一角、やや後方に設けられた帝国軍の簡易指揮所。

雪を踏み固めただけの陣地の中で、一人の男が立ち尽くしていた。

帝国軍第二軍次席参謀——オジュス・フォン・シローネ。


先ほどまでの彼は、退屈そうにあくびをかみ殺しながら戦況を眺めていたはずだった。

出来損ないを使い潰し、橋をこじ開ける——それだけの“作業”だと思っていた。


それが今、目の前で起きている光景は、その認識を根底から覆していた。

「……なな……な、何だあれはッ?!」

声が裏返る。


視線の先——風のように駆ける影。

触れた者が次々と斬り裂かれ、倒れていく。


「ば、馬鹿な……」

フレッドの姿を捉えようとするが、目が追いつかない。

気づいた時には、兵士の首が宙を舞っている。


その奥では——巨躯の男が、片手で振るう斧で兵士をまとめて薙ぎ払っていた。

ジトーのポールアックスが、まるで草を刈るように命を刈り取る。


さらにその隣。

トーマスのウォーハンマーが振り下ろされるたびに、地面が震え、兵士が潰れる。


「……怪物だ……」

思わず漏れた本音、純粋な恐怖だった。


彼は“知らなかった”。

『生』か?『死』か?——その狭間にある前線に立ったことがない。

帝国貴族、伯爵家当主の家柄だけで今の次席参謀の地位を得ただけの要領のいい男に、戦う事の意味も死の重さも、実感として理解したことがない。


だからこそ——理解できない。


「な、何故だ……!」

混乱する思考。

「出来損ないをぶつけているはずだ……数もこちらが上だ……!」


理屈が通らない。

いや、そもそも——『戦場』というものを、理屈でしか理解していなかった男だった。


その時だった。


「し、シローネ様!隊列が崩壊しています!」

側近の悲鳴のような報告。

「このままでは——」


最後まで言わせなかった。


「うるさいッ!!」

怒鳴りつけるその声には威厳などない、ただの焦燥と恐怖。


再び視線を前へ向ける。既に帝国軍の形は崩れていた。

逃げ惑う者、踏みとどまろうとして斬られる者、仲間を踏み越えて後退する者。


その光景を見た瞬間、オジュスの中で何かが決定的に折れた。


「……無理だ」

ぽつりと呟く。

「こんなの……無理に決まっている……!」

その言葉は、自分自身への言い訳でもあった。


「わ、私は参謀だ……!」

誰に言うでもなく、口走る。

「前線で戦う人間ではない……!ここで死ぬ理由など——」

言葉は、途中で途切れる。


いや、最後まで言う必要もなかった。

既に——決断していた。


「に……逃げるぞッ!!」

叫ぶと同時に、踵を返す。


側近が一瞬、目を見開く。

「は……?」


オジュスは迷わなかった、馬へと駆け寄り、鞍に足をかける。

震える手で手綱を掴み、乱暴に跨る。


「どけッ!!」

近くにいた兵士を押しのけ、無理やり進路を開く。


「し、シローネ様!?どちらへ——」


「黙れッ!!ついて来たければ勝手にしろ!!」

怒鳴り散らし、踵で馬腹を蹴る。

馬が嘶き、雪を蹴散らして走り出す。


——逃走。

それはあまりにも露骨で、あまりにも情けないものだった。


「ま、待ってください!」

側近が叫ぶが、追うことはできない。

すでにオジュスは背を向けていた。


ただひたすらに、後方へ安全な場所へ。


「く、くそっ……!」

残された側近の顔が歪む。


そして——その光景を、周囲の兵士たちが見ていた。


「……今の……」


「指揮官が……逃げた……?」


ざわめきが広がる。


それは一瞬で、伝染する。


「逃げろッ!!」

誰かが叫んだ——それが引き金だった。


「退けッ!!」

「無理だ!!」

「殺される!!」


次々と武器が落とされる、盾が投げ捨てられる。

背を向けて走り出す兵士たち、もう隊列も、命令も、規律も存在しない——崩壊。

帝国軍は、軍としての体を完全に失っていた。


「……なんだ?」

ライアンが眉をひそめる。


「様子がおかしいぞ……」

デシンスも目を細める。


前方の敵が、明らかに戦意を失っている。


「逃げ始めてやがる……」

フレッドが短く呟く。


ジトーがポールアックスを振るいながら鼻を鳴らす。

「指揮官が逃げたか」

それは確信だった。


トーマスが周囲を見渡し、低く言う。

「……終わりだな」


——ダット橋を巡る攻防の勝敗は、決した。



ダット橋——つい先ほどまで怒号と金属音に満ちていたその場所に、ゆっくりと静寂が戻りつつあった。

逃げていく帝国軍の背を、誰も追わない、ただ、見送る。


雪の上に刻まれた無数の足跡が、敗走の軌跡を物語っていた。

それを眺めながら、ライアンはゆっくりと剣を下ろす。


「……終わった、か」

吐き出すような一言だった。


その声を合図にしたかのように、周囲から張り詰めていた気配が一気に緩む。


「はぁ……」

その場に膝をつく者。

盾に体重を預ける者。

空を仰ぎ、ただ息を吐く者。


誰もが限界だった——一昼夜。

休む間もなく、ただひたすらに戦い続けてきた。


「生きてるな……俺たち」

誰かが苦笑混じりに呟く。


「ああ……奇跡みてえなもんだ」

別の誰かが応える。


安堵は、じわじわと広がっていった。

それは決して派手なものではないが、確かな実感だった。


一方——フレッドは静かに息を整えていた。

二振りのグラディウスについた血を軽く払う。


「……逃げたか」

短く、感情の薄い声。


その隣で、トーマスが肩を回しながら大きく息を吐いた。

「ふぅ~~……」

白い息が溶ける。


「腹が減ったなぁ……」

間の抜けたような、しかし心底からの本音だった。

「温かいスープと肉が食いてえ……」


それを聞いたフレッドがわずかに肩をすくめる。

「夜通し駆けてきたからな」

その言葉に、少しだけ苦笑が混じる。


ランザンの街からここサウザンの街まで——本来なら交易隊で一日かかる距離。

それを彼らは、数時間で踏破した。


雪道を夜を徹して。

凍てつく風を真正面から受けながら。


「……ったく、無茶させやがる」

トーマスがジトーに、ぼやくがその声に不満はない。

むしろどこか誇らしげですらあった。


「そう言うな、そのおかげで間に合った」

ジトーが低く言う。

その巨体からは、まだ熱気が立ち上っているようだった。

規格外の肉体であっても、寒いものは寒いし、疲労もある。


それでも——立っている。


「……ああ」

フレッドが短く頷く。

その視線の先には、ダット橋を守り切ったライアンたちの姿があった。


「よく持ちこたえたもんだ」

ジトーの言葉は、素直な評価だった。

ライアンたちがいなければ、この橋は既に落ちていた。


そのライアンが、こちらに歩み寄ってくる。

「遅えぞ」

口元に笑みを浮かべながら言う。

「ギリギリだったじゃねえか」


「間に合っただろうが」

ジトーが返す。

軽口だった、その裏には、互いへの信頼があった。


デシンスも近づいてきて、静かに言う。

「助かったぜ」


フレッドが頭をかきながら笑う。

「しぶとく生き残ったじゃねえか、俺たちのおかげだな?」


「否定はしねえよ」

ライアンが苦笑する。


ジトーが、ふと視線を落とした。

「……休む前に、やることがあるな…」

低い声。指し示す先。


そこには——無数の亡骸。


帝国兵、出来損ない、そして倒れた者たち。

雪の白は、ほとんど見えなくなっていた。


赤黒く染まり、踏み荒らされ、静かに横たわる命の残骸。

さっきまで動いていたものたち。

今は、ただの“物”のようにそこにある。


トーマスの表情が、わずかに引き締まる。

「……ああ」

空腹も、疲労も、すべて後回し。


フレッドも無言で頷いた。


ライアンが振り返り、声を張る。

「動ける奴は死体の回収だ!敵味方問わずだ!火葬の準備を進めろ!橋の上に放置するな!」


すぐに動き出す団員たち誰一人、文句は言わない。

それが“当たり前”だからだ。


デシンスが静かに付け加える。

「……せめて、眠らせてやらねえとな」

その言葉に、誰もが小さく頷く。


雪が静かに降り始めていた、血の匂いを覆い隠すように。


そして彼らは、再び動き出す。

生き残った者として、やるべきことを果たすために。

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― 新着の感想 ―
普段はどうしようもない奴らだけど、こういう時は頼りになる問題児たち。 前もピンチの時に現れた時は「フレッドーーーッ!!」ってなりましたね。 ていうかまだ子供(15歳ぐらいの設定)なんでしたっけ?(;´…
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