ハドラマウト防衛戦
ハドラマウト自治区――ルナイ川流域。
川に近づくにつれ、景色は一変していった。
道は荒れ、荷車は打ち捨てられ、道端には壊れた家具や生活の残骸が散乱している。
そして何より、人――人、人、人。
避難民だった。
「早く!こっちだ!」「子どもを先に乗せろ!」
怒号と悲鳴が入り混じる。
疲れ切った顔、血に濡れた衣服、虚ろな目。
中には、振り返ることすらできず、ただ前へと歩き続ける者もいる。
ロイドたち一行は、その流れを逆行していた。
「……モンローの街からか」
未知傭兵団団長ミロシュが呟く。
トウフン議員の治める街――モンロー。
そこはすでに、蹂躙されていた。
「帝国軍が舟で渡河……か」
パトリックが舌打ちする。
「数は二千……多くはねえが、厄介だな」
ダーリウ、ヘイレンを呑み込みながらの進軍。
「…報告によると指揮官はハヌマーン・フォン・デクスター将軍だ」
デチモが低く言う。
その名に、私兵や傭兵が目を細めた。
「帝国が誇る三虎将軍の一人……!」
やがて――モンローの街が見えてくる。
そして、その光景。
「……チッ」
ザックが吐き捨てる。
家々は焼かれ、壁は崩れ、人影はほとんどない。
代わりに――「グォォォォ……!!」響く咆哮。
視界に入ったのは、常識外れの存在だった。
三メートルに届こうかという巨躯。
膨れ上がった筋肉。
人の形をしているが、もはや人ではない。
ザックが口を歪める。
「城塞都市の地下闘技場で見たやつに似てやがる!」
声を張る。
「動きは遅えが力はある!痛みも感じねえ!気を付けろッ!!」
言い終わるより早く――ザックは駆け出していた。
右手に愛槍――『皆朱の槍』。左手にカイトシールド。
巨体が一直線に突っ込む。
「行くぞッ!!」
その背に続く影。
クリフ、ユキヒョウ、ギャラガ。
そして――ドンッ!ドンッ!ドドンッ!!ドヒュンッ!!
空気を裂く破裂音。
ケイトとリズ並び、“超強弓”を引き放つ。
放たれた矢が、巨人兵の胴を貫いた。
「グギャアァァ――!!」
叫びは途中で途切れる。
肉が裂け、骨が砕け、巨体が崩れ落ちる。
もう一本。
さらにもう一本。
「……確実に」
ケイトが呟く。
その言葉通り、矢は無慈悲に命を刈り取る。
ロイドが前に出る。
「氷の刃隊!マリア隊!オズワルド隊!」
声が戦場に響く。
「右手側から当たれッ!!」
間髪入れず。
「灰の爪隊!ダグ隊!左手側からッ!!」
部隊が即座に動く。
「アンノウン、その他の者たちは住民の保護と誘導、負傷者の手当てに回れ!」
振り向く。
「デチモさん、そちらの指揮をお願いします!」
「了解だ!」
即答。
その一方で――(……妙だな)
ロイドの視線が戦場を走る。
(ザックとフレッドから聞いた話では理性を失っているはず……ああ、そうか最初は指示通りに動いていたんだっけ…統制されているね……どこにいる?)
敵の指揮官。
それを探しながらも、戦闘は激化していく。
「オラァァァ!!」
ザックの咆哮。
皆朱の槍が唸る。
ズバンッ!!
一薙ぎで、巨人兵の胴体が両断される。
さらに一歩踏み込み――ガンッ!!
カイトシールドで頭部を叩き潰す。骨が砕け、肉が弾ける。
ザックの動きは止まらない。
まるで嵐。巨人兵の怪力も、本気を出した彼の前では無意味だった。
「遅えんだよッ!!」
踏み込み。突き。薙ぎ払い。
そこにいたのは――『鬼神』
まさにその言葉がふさわしい存在だった。
ガツンッッ!!
鉄がぶつかる音。
ユキヒョウがバックラーで巨人兵の槍を受け止める。
「……へえ…?」
わずかに身体が押される。
「力はそこそこだね」
冷静な分析、次の瞬間――スッ、と身体をずらす。
無駄のない動き。巨人兵の一撃は空を切る。
「……でも、雑だ」
小さく呟く。
一閃——愛剣『スノードロップ』が抜かれる。
ヒュンッ――首が飛んだ。
「ユキヒョウ!遊んでんじゃねえッ!!」
ギャラガの怒号。
同時に――ドゴォッ!!
豪槍が突き込まれる。
巨人兵の顔面が弾け飛ぶ。
「……ちょっと試しただけだよ」
ユキヒョウは肩をすくめる。
ギャラガは鼻を鳴らす。
「戦場で遊ぶな!」
口元はわずかに緩んでいた。
ドヒュンッ!ドンッ!ドゥンッ!!
ケイトとリズの矢が止まらない。
まるで機械のように、正確に、確実に。
「……遅い」
リズが静かに言う。
巨人兵は避けない。避けられない。
痛みを感じず、ただ命令に従うだけの存在。
だからこそ――狙いは容易だった。
氷の刃隊副隊長シオンの剣が閃く。
腕が飛び、脚が落ちる。
灰の爪隊副隊長ラモンが盾で受け止める。
完全防御。
ダグの槍が突き刺さる。
一撃必殺。
オズワルドが目を斬る。
視界を奪う。
団員たちの完璧な連携三位一体。
巨人兵は次々と倒れていく。
そして――「ふっ!!」
マリアが踏み込む。
拳。打撃。肘。蹴り。
巨人兵の腕を受け流し――ズダァァンッ!!
投げ飛ばす。地面が揺れる。
ロッベンたちが即座に追撃。
止めを刺す。
マリアはさらに踏み込む。
関節を極め、破壊。
ゴキッ!――関節が逆に折れる。
巨人兵が崩れる。
剣技と体術の融合、シマから教わった技。
それを完全に自分のものにしていた。
戦場の喧騒は、なおも轟いていた。
巨人兵たちの咆哮、武器の衝突音、倒れゆく肉塊の鈍い音――すべてが入り混じる中で、ロイドの意識はただ一点に集中していた。
(……いた!)
瓦礫の向こう、建物と建物のわずかな隙間。
規律的に動く一団。
武具を整え、防具を纏い、無駄のない動きで周囲を警戒している兵たち。
その中心に――(見つけた!)
ロイドの目が鋭く光る。
「クリフッッ!!」
戦場を切り裂くような叫び。
怒号と金属音の中、それでも確かに届いた。
クリフが一瞬だけ振り向く。
ロイドと視線が交わる。ほんの一瞬、それで十分だった。
ロイドが腕を伸ばし、方向を示す。
クリフは小さく頷いた。
次の瞬間――地を蹴る。
ロイドも駆け出す。
「ケイト!」
振り向かずに叫ぶ。
「ゆっくり前進!後は任せる!」
即座に返る声。
「了解!」
ケイトは弓を引いたまま応じる。
「片づけたら私たちも向かうわ!」
その横で、リズが声を張る。
「ロイド、気をつけてね!」
「任せて!」
短い返答。
路地を抜ける。瓦礫を飛び越え、血に濡れた石畳を踏みしめる。
ロイドは全力で走る。
(速い……!)
クリフの背が、どんどん遠ざかる、加速が違う。
踏み込みの一つ一つが、常識外れ。
(……やっぱり、クリフは…)
ロイドは苦笑する余裕すらない、差は開く一方だった。
やがて――クリフの視界が開ける。
小さな広場。建物に囲まれた、わずかな空間。
そこに――いた。
巨人兵はいない。代わりに並ぶのは、整然と並ぶ兵士たち。
槍、剣、盾、統制された動き。
視線の配り方、ただの兵ではない『精鋭』。
その中央に、一人の男。
鎧を纏い、静かに立つ指揮官。
――クリフが動いた。
「……ッ!」
気配すら置き去りにする速度。
踏み込みと同時に、剣が閃く『神速』
それは“技”ではない、もはや“現象”。
視認した時には、すでに斬撃が到達している。
狙いは――首。
寸分の狂いもない軌道。
回避不能の間合い、完全な不意打ち。
男が、わずかに身を引いた。
ほんの数センチ、それだけ。その“わずか”が――生死を分けた。
ヒュンッ――風が裂ける。
クリフの刃が、空を切る。
紙一重…本当に、紙一重だった。
あと一瞬遅れていれば――首は飛んでいた。
クリフの目が細められる。
「……避けたか」
低く呟く。
男はゆっくりと体勢を戻す、その動きに無駄はない。
周囲の兵たちも即座に構えを取る。
動揺は見せない、訓練された動き。
何より――中央の男、その目。静かだが、鋭い、ただ者ではない。
ロイドも遅れて広場へと飛び込む。
息を整える間もなく、状況を把握する。
(……やっぱりな)
確信、この男だ。
巨人兵を統制している存在。
男が口を開く。
「見事な一太刀だ」
低く、よく通る声。
「だが――」
わずかに口元が歪む。
「首は、まだ繋がっている」
クリフは剣を構えたまま、動かない。
「次は落とす」
短く言い放つ。
その言葉に、男は小さく笑った。
「面白い」
そして、名乗る。
「帝国軍第三軍副将軍――ディヤウ・フォン・ゼーレン」
その名が、静かに広場に響く。
ロイドは一歩前に出る。
「やっぱり“大物”か」
空気が変わる、周囲の兵たちが間合いを詰める。
剣が、槍が、わずかに動く、戦いは――次の段階へ。
広場の空気が、さらに一段階張り詰めた。
ディヤウ・フォン・ゼーレンを中心に、帝国軍の兵士たちが静かに動き出す。
足音は最小限、しかし配置は無駄がない。
まるで最初から決められていたかのように、自然な流れで円陣を描き、二人――ロイドとクリフを囲い込んだ。
「……あの男、中々やるぜ」
クリフが低く呟く。
「周りもいい動きだ」
感心とも警戒ともつかない声音。
ロイドもまた、同じものを感じ取っていた。
(統制が異常に取れている……)
指揮官が狙われた、それも、ほぼ必殺の一撃。
普通なら動揺が走るはずだ。
だが――目の前の兵士たちには、それが一切ない。
驚きも、焦りも、怒りすらも。
感情がない。
いや――“読み取れない”。
表情はあるが、その奥が空虚だ。
「……油断しないで行くよ」
ロイドが静かに告げる。
「おう」
クリフは短く応じた。
次の瞬間――動いたのはクリフだった。
踏み込み、空気が弾ける。
「――ッ!」
神速の連撃。
一撃ではない、二撃、三撃、四撃――刃が残像を引く。
視認が追いつかない速度で、連続して斬撃が叩き込まれる。
ガギィンッ!!
鈍い金属音。
兵士の一人が、盾を前に出していた。
受け止めている、クリフの斬撃を。
「……チッ」
舌打ち。
だが止まらない。
角度を変え、軌道を変え、斬撃を重ねる。
防げるなら、防げない角度から斬る。
それでも――ガンッ!ガンッ!ガンッ!受けられる。
そこへ――「はあああッ!!」
ロイドが踏み込む。
大地を踏み砕くような一歩。
振り下ろされる一撃は、速さではなく“重さ”。
ドォンッ!!
盾ごと押し潰す勢い、兵士が一歩、後退する。
それでも崩れない。即座に後ろの兵が支える。
前列と後列、役割が明確に分かれている。
(連携が……完成している)
ロイドの目が細められる。
「クリフ、右!」
「見えてる!」
二人の動きが噛み合う。
クリフが斬り崩しを試み、ロイドが打ち砕く。
変幻自在——流れるように連携が繋がる。
一瞬の隙を突き、クリフの刃が兵士の肩口に滑り込む――はずだった。
ギィンッ!!
盾に弾かれる。
「……一撃で切り裂けねえ……!」
クリフが低く呟く。
違和感、その正体に、瞬時に気付く。
よくある構造ではない。
木の板に鉄板を貼り付けたものではない。
「一枚鉄……か」
ロイドが分析する。
「しかも……二重だね」
重ねている。
一枚ではない。
鉄板を、そのまま二枚。
異常な重量、普通の兵なら、持つことすら難しい。
だが、目の前の兵士たちは――軽々と扱っている。
それだけではない。
クリフの剣筋、ロイドの斬撃。
通常なら見えないはずの攻撃に――「……わずかに反応してやがる」
完全に見えているわけではない“予測”している。
だからこそ、受けられる。
その全てを――「……見てる…」
ロイドの視線が、中央へ向く——ディヤウ・フォン・ゼーレン。
彼は動かない、一歩も。
ただ、観察している。
ロイドとクリフの連携。
攻撃の癖、間合いすべてを冷静に淡々と分析している。
その間にも、兵士たちは倒れていく。
クリフの斬撃が足を断ち、ロイドの一撃が胸を砕く。
確実に、数は減っている。
倒されても、斬り伏せられても誰一人として、顔色を変えない。
悲鳴もない、怒号もない、ただ、次の動きへと移る。
まるで――機械のように。
(……なんだ、この人たちは……?)
ロイドの背に、わずかな寒気が走る。
そして、決定的な違和感。
(目が……)
兵士の一人と目が合う、その瞬間、確信した。
(死んでいる……)
生気がない、光がない、淀んでいる。
それでも、体は動く、連携も取れる、戦える。
「ロイドッ!!」
クリフの声で引き戻される。
「……ああ!」
再び集中、目の前の敵に意識を戻す。
どんな異常があろうと関係ない。
「倒すだけだ」
短く言い放つ。
クリフが笑う。
「それでいい」
二人が同時に踏み込む。
剣と剣、速さと重さ、再び連携が炸裂する。
その様子を――ディヤウ・フォン・ゼーレンは、静かに見つめていた。
その瞳に浮かぶのは――興味か?あるいは次の一手か。
戦場は、さらに深く、異質な領域へと踏み込んでいく。




