ハドラマウト自治区?!
チョウコ町役所庁舎――大会議室。
各方面への戦力配分がまとまり、緊張を孕みながらも、場の空気は“次の行動”へと移ろうとしていた。
その時だった。
――バンッ!!
勢いよく扉が開かれる。
「シマ!!緊急報告だッ!!」
息を切らせて飛び込んできたのは、ベガ隊副隊長ベルンハルト。
その後ろに、団員ブレイブ、デチモの姿もある。三人ともただならぬ様子だった。
シマは動じない。
「帝国が動いたのは知っている」
短く言い切る。
「アンヘル王国内の話をしてくれ」
その一言で、報告の焦点が定まる。
ベルンハルトは一度頷き、すぐに続けた。
「……ゼルヴァリア軍閥国、バルムート公国との国境線に展開していた王国軍だが――」
言葉を切る。
「撤退した」
室内にざわめきが走る。
「かなりの被害が出たそうだ」
重い報告。
さらに――「王都内でも暴動が発生している」
息を飲む音がわずかに広がる。
「……鎮圧されたという報は、まだ入っていない」
その一言で、事態の深刻さが伝わる。
クリフが眉をひそめる。
「例のやつらか?」
低い声。
『“幇、草”と呼ばれる連中』
根を張る存在。秩序が揺らげば、真っ先に牙を剥く。
ブレイブが頷く。
「おそらくはそうだろう」
そしてデチモが口を開いた。
「それと……ルダミック商会会頭の行方が判明した」
視線が集まる。
「バルムート公国に逃げ込んだようだ」
ベルンハルトが補足する。
「商店や一部の商会員は王都直轄領に残されたままでな」
淡々と、だが怒りを押し殺した声。
「番頭には“そのまま営業を続けろ”とだけ伝えて――今も何食わぬ顔で商売を続けている」
場の空気が冷える。
エリカが腕を組み、吐き捨てるように言う。
「……身の危険を感じて、自分だけ安全圏に逃げたってことかしら?」
マリアが肩をすくめる。
「だとしたら、鼻の利くやつね」
皮肉を言う。同時に現実でもあった。
オスカーが静かに口を開く。
「……シマ、さすがに、あっちもこっちも手を広げるわけにはいかないよ」
その声は落ち着いていた。的確な指摘でもある。
シマは一瞬だけ目を閉じる。
「……わかってる」
視線をエイラへ向ける。
「済まねえな」
短い謝罪。
エイラは首を振る。
「いいのよ。今は――カイセイ族方面、ハドラマウト防衛、ズライ自治区」
指で軽く机を叩く。
「そこに集中しましょう」
合理的で、冷静な判断。
シマは頷く。そして、再び全員を見渡す。
ここからは――最終指示。
「エイラ、町に残って差配してくれ」
最も重要な役割の一つ。
「万が一に備えて――ハンのところに避難する計画も立ててくれ」
最悪の事態も想定する。
「キーファー隊、ドナルド隊、キリングス隊」
次々と名を挙げる。
「警備と畑の管理を頼む」
チョウコ町の安定を守る要。
「スーホ隊、ノーザ隊、リットウ隊は――いつでも動けるように準備を怠るな」
「ヤコブ」
視線が移る。
「的確な助言を頼む」
老学者は静かに頷いた。
「カスパル隊、アドルフさんは――この状況をハンに伝えろ」
情報共有。同盟の要。
「ベルンハルトは町に残れ」
即座に判断。
「ブレイブは俺たちと来い」
前線カイセイ族へ。
「デチモはロイドたちについていけ」
ハドラマウト方面。
「チョウコ町に残る者たちは、エイラに従え」
最終統括。
その言葉に、マークが軽く笑う。
「シマ団長、言われなくても分かってますよ」
気楽な口調だが、その目は真剣だ。
キーファーが肩をすくめる。
「エイラ嬢には、どうあがいても敵わねえしな」
ぼそりと呟く。
「あら?」
シャロンがにやりと笑う。
「ずいぶん含みのある言い方ね?」
一歩踏み出す。
「まるでエイラが“暴力女”みたいに聞こえるわ?」
空気が一瞬だけ変わる。
「待て待て!!」
キーファーが慌てて手を振る。
「誰もそんなこと言ってねえだろう!!」
その必死さに——「はははは!」
笑いが広がる。
エイラも小さく笑みを浮かべた。
「フフッ……」
そして、静かに言う。
「チョウコ町は任せて」
その声は柔らかいが、揺るぎない。
「あなたたちの補給も、滞らせない」
それだけで、前線に立つ者たちの不安は大きく軽減される。
「ほっほ……エイラ嬢に任せておけば安心じゃろう。ワシの助言など不要かもしれんが……やるべきことはやるとしよう」
ヤコブの穏やかな声。
その言葉に、何人かが頷く。
シマが立ち上がる。
「……よし、準備に取り掛かれ!」
号令。
「オウッ!!」
一斉に応じる声。椅子が引かれ、足音が響く。
戦いの準備が始まる。運命が動き出していた。
大会議室の扉が次々と開き、団員たちがそれぞれ散っていく。
重い空気を引きずることなく、むしろどこか研ぎ澄まされた緊張感をまといながら、足取りは速い。
戦いはもう目前に迫っている――誰もがそれを理解していた。
そんな中、シマは一歩踏み出し、特定の二人に声をかけた。
「……オスカー、キョウカ。ちょっといいか」
呼び止められた二人は同時に振り返る。
オスカーはすぐに足を止め、キョウカもわずかに首を傾げながら歩みを止めた。
「何?」
キョウカが短く問う。
シマは周囲を一瞥し、人の流れが途切れたのを確認してから口を開いた。
「頭ん中で考えてるもんがある」
腕を組み、わずかに眉を寄せる。
「“全部が鉄の矢”でできたもん……作れねえか?」
その言葉に、オスカーは一瞬だけ目を細めた。
キョウカは無言で視線を落とし、思考に入る。
ざわめきが遠ざかる中、二人の周囲だけが静まり返ったようだった。
——やがてキョウカがゆっくりと口を開く。
「……作れるかどうかで言えば、間違いなく作れるわ」
だが、その表情は楽観的ではない。
「ただし――重くなる」
当然の帰結。
「射程は短くなるし、速度も落ちる」
さらに続ける。
「何より問題は、それを“撃ち出す側”よ」
視線がオスカーへ向く。
「耐えられる弓、弦……普通のものじゃまず無理」
オスカーは小さく頷いた。
「……だろうね」
すでに理解している様子。
キョウカは言葉を続ける。
「普通の弓兵じゃ扱えない。有り得ない設計よ」
その言葉は否定ではなく、現実の確認だった。
「……ただ」
わずかに口元を緩める。
「規格外のあなたたちなら」
その一言に含まれる意味。
常識外れの膂力。人の域を超えた身体能力。
さらに――「オスカー作の“超強弓”」
キョウカの言葉に、オスカーは少しだけ苦笑する。
「軽々扱うシャイン隊なら――試してみる価値はあるわね」
キョウカは結論を出した。
シマの口元がわずかに歪む。
その瞬間――「シマ!」
別の声が割り込んできた。
振り向くと、そこには未知傭兵団の面々がいた。
先頭に立つのは団長ミロシュ。
「話してるところ悪ぃが――俺たちも何か手伝えることはないか?」
少し遠慮がちに、だが真剣な目で言う。
その言葉に、背後の団員たちも小さく頷く。
彼らの目には、確かな意志が宿っていた。
シマは数秒だけ彼らを見つめる。
「……ロイドたちに協力してくれ」
「ただし――アンノウンは戦闘禁止だ」
声が低くなる。
空気がわずかに張り詰める。
「前線には出るな」
断定。
ミロシュが一瞬だけ目を見開くが、すぐに理解したように頷いた。
「……了解だ」
その代わりに、パトリックが前に出る。
「物資の荷運びでも何でもやるぜ!」
明るく言い放つ。
その言葉に、他の団員たちも「おう!」と声を揃える。
戦わせない。だが、役割は与える。
アンノウンの面々は足早にその場を去り、ロイドのもとへ向かっていった。
その背中を見ながら、シマは何も言わず、ただ一度だけ頷いた。
「…オスカー、鍛冶場に行くぞ」
オスカーは即座に応じる。
「うん」
キョウカも肩を回しながら言う。
「そうね。まずは試作品、作ってみないと始まらないわ」
三人は並んで歩き出す――鍛冶場へ。
火と鉄の匂いが漂う場所へ。新たな武器を生み出すために。
二日後——ハドラマウト自治区
重たい空気が、行政庁舎の会議室を覆っていた。
ワイルジ区長と議員たちは、ここ数日で集められる限りの情報をかき集めていた。
伝令、商人、逃げてきた者たち、断片的な報告をつなぎ合わせ、ようやく全体像が見え始めた。
その全体像は、あまりにも厳しい現実を突きつけていた。
「……ズライ自治区は時間の問題かもしれん」
クシツアー議員が低く呟く。
「ダーリウ、ヘイレンも……持たないでしょうな」
コイタチモ議員が続ける。
カルバド帝国の侵攻は迅速で、容赦がない。
商業主体の自治区では、組織だった軍事抵抗は難しい。
私兵や傭兵団では焼け石に水――それが共通認識だった。
「……我々も、いずれ」
言いかけたチャフク議員が言葉を飲み込む。
その先は、口に出すまでもない。
“陥落”
その二文字が、全員の頭に浮かんでいた。
誰もが分かっているが、誰も打開策を持たない。
絶望という名の現実が、じわじわと心を侵食していた。
――その時だった。
「区長!!」
扉の外から慌ただしい声が響く。
「シャイン傭兵団が……!」
一瞬、全員が顔を上げる。
扉が開かれ――ロイドたちが姿を現した。
その瞬間、空気が変わった。
まるで、暗闇の中に灯が差し込んだかのように。
ワイルジ区長の目が見開かれる。
「……来て、いただけた…!」
その声には、はっきりと安堵が混じっていた。
ロイドは軽く頭を下げる。
「遅くなってすみません」
穏やかな声。
その背後に並ぶ面々――クリフ、ザック、ケイト、リズ、マリア、そして各隊の精鋭たちの存在が、言葉以上の説得力を持っていた。
彼らは“ただの傭兵団”ではない。
その一端を、ワイルジ区長たちはすでに知っている。
だからこそ――「どうか……!」区長が身を乗り出す。
「力を貸していただきたい!」
それは懇願に近かった。
議員たちも一斉に頷く。
「戦力、物資……すべて提供します!」
「できることは何でも致します!」
「どうか、お助け下さい……!」
必死だった。
誇りも立場もかなぐり捨てて、ただ“生き残るため”に。
ロイドはその様子を静かに見つめる。
そして、ゆっくりと頷いた。
「分かりました…協力していただけるなら、こちらも出来る事をやります」
その一言で、場の空気が決まった。
交渉は――驚くほどあっさりとまとまった。
時間をかける余裕などない。
***
やがて、ロイドたち一行は出発する。
ワイルジ区長たちが抱える私兵、傭兵団を引き連れて――目指すは、ルナイ川。
天然の防壁。最後の防衛線。
行軍の最中、ざわつきが広がる。
私兵や傭兵団たちは、前を行くシャイン傭兵団の面々をちらちらと窺っていた。
異様な存在感。
ただ歩いているだけで分かる“格の違い”。
その中で――「おい」
突如、低い声が響いた。
ザックだった。
「俺たちの命令に従わねえ奴は――ぶっ殺すからなッ!!」
――ドンッ!!
まるで雷が落ちたかのような一喝。
空気が震える。
二メートルを優に超える巨躯。鋭い眼光。
そのすべてが圧となって叩きつけられる。
私兵も傭兵も、一瞬で硬直した。
誰一人、声を発せない。
ただ、喉がひゅっと鳴る音だけがかすかに響く。
完全な威圧。完全な支配。
それを見て――「……ふぅ」
ザックが満足げに息を吐く。
そして、ぽつりと。
「俺ってもしかして……シマより指揮能力あるんじゃねえか?」
得意げに言う。
間髪入れず。
「それはねえな」
オズワルドが即答する。
「お前のは“指揮”じゃない」
クリフが肩をすくめる。
「ただの恐怖支配だ」
ザックが「は?」と振り向く。
その横で、マリアがため息をつく。
「はあ~……あんたが羨ましいわ」
ザックがにやりと笑う。
「だろ?」
マリアは首を振る。
「違うわよ。何も考えてなさそうで…気楽そうで、って意味」
容赦ない一言。
その瞬間。
「あはははは!」
ロイドたちが一斉に笑い出す。
緊張の中に、軽やかな空気が混じる。
これから戦場に向かうというのに――まるで普段と変わらない。
それが、彼らだった。恐怖に飲まれない。必要以上に気負わない。
ただ、自分たちのやるべきことをやる。
ロイドは前を見据えながら、静かに言う。
「行こう」
その声に、全員が応じる。
ルナイ川が近づいてくる。
その先には――戦場。
だが、彼らの足取りは変わらない。
笑いながらでも、戦場には立てる。
それがシャイン傭兵団だった。




