合同会合7
カシウム城――大会議室。
筋肉増強剤と麻薬という言葉がもたらした重い空気は、しばしの沈黙となって場に落ちていた。
誰もがそれぞれに思考を巡らせている。
その沈黙を破ったのは、ベガだった。
「……あいつは正気だったぜ」
腕を組み、遠くを見るような目で言う。
「いや――」
わずかに言葉を選ぶ。
「狂気じみた正気、ってやつだな」
その言葉に何人かが顔を上げる。
シャロンがすぐに問い返した。
「あいつ……って、誰のこと?」
ベガは一度息を吐き、ゆっくりと答える。
「故マキシミリアン第二王子の側近でな、カルバド帝国の手先だった男だ」
空気が一段と張り詰める。
「恐ろしく強い男だった」
その声には、実際に刃を交えた者にしか出せない重みがあった。
「フレッドが駆け付けてくれなきゃ」
わずかに苦笑する。
「今頃、俺はあの世だ」
少し顔をしかめるフレッド。
「あの男な……最後は自決しやがってよお」
何とも言えない顔だった。
勝ったはずなのに、すっきりしない。
そんな感情がにじんでいる。
ネリが一歩前に出て補足する。
「パウル・ベニヒゼンと名乗っておりました。ですが――偽名と思われます」
当然の結論だった。
ベガが続ける。
「戦ってる最中にな」
自分の太腿を軽く叩く。
「ここに短剣を突き刺した。だが――全く動きが衰えなかった」
何人かが息を呑む。
「それどころか」
ベガの声が低くなる。
「その短剣を自分で抜いて、投げつけてきやがった」
大会議室の空気がさらに重くなる。
「その後も動きは変わらずだ」
つまり――痛みを無視して戦い続けた。
エリクソンが腕を組みながら口を開いた。
「……決めつけるには早いが、この一連の件…帝国の仕業と考えた方が繋がるな」
完全には一致しない。
だが、点と点は結びつきつつあった。
シマが小さく息を吐く。
「カルバド帝国か……現皇帝は野心の塊みたいな男だって話は聞いたことがあるな…?」
ブランゲル侯爵が静かに頷く。
「現皇帝だけではないあの国は――」
わずかに目を細める。
「遥か昔から、大陸統一を目指しているのではないかと見ている」
ざわり、と空気が揺れた。
ブレーズが眉をひそめる。
「大陸統一してどうすんだ?」
ニールセンが腕を組む。
「力を示したいのか……?」
ビョルンが軽く首を傾げる。
「有名になりたいとか?」
その一言に、クリフがすぐさま口を挟んだ。
「それならフレッドと変わらねえな」
フレッドが即座に反応する。
「……悪いか?」
睨むように言うが、どこか軽い。
ジトーが笑いながら言った。
「別に悪くはねえさ、お前の“世の中のやつらを見返してやる”って目標は」
少し真面目な顔になる。
「俺たちの目標でもあるんだからな」
フレッドは何も言わなかったが、わずかに口元が緩んだ。
ケイトが腕を組みながら口を開く。
「……でも、それだけじゃないはずよ。何かあるんじゃない?」
ヤコブが顎髭を撫でながら頷いた。
「ふむ、国が違えば、思想、生き方、風習も違う。カルバド帝国皇帝の為人を知らぬことには…これ以上の議論は不毛じゃろう」
誰もが納得せざるを得ない意見だった。
ロイドが静かに言う。
「今は監視体制の強化に注力すべきですね」
実務的な判断だった。
エイラがすぐに続ける。
「私たちだけでも」
ブランゲルとデシャンを見る。
「連絡を密にした方がいいでしょう。如何でしょうか?」
ブランゲル侯爵は即座に頷いた。
「うむ、大いに賛成だ」
デシャンも迷いなく答える。
「異議ありません」
流れは決まった。
シマが椅子から少し身を乗り出す。
「俺たちは情報屋を使う。ケチらず報酬を払えば、いい仕事をしてくれるだろう」
そして振り返る。
「ワーレン、お前に任せる」
ワーレンが即座に応じた。
「了解!」
ブランゲルも続く。
「ルーファス、頼むぞ」
ルーファスは一礼した。
「ハッ」
マリウスも手を挙げる。
「こちらからはモーガンを出します」
後ろに控えていたモーガンが一歩前に出る。
「畏まりました」
静かだが、確かな声だった。
ザックが腕を組みながら言う。
「連絡手段なんざ何でもいいだろ。やりやすいように、やらせた方がいい」
クリフも頷く。
「それぞれやり方があるしな」
ブランゲルがまとめに入る。
「うむ、会合終了後に詳細を詰めろ」
その一言で、この議題は締めくくられた。
だが――大会議室の空気は完全に軽くはならなかった。
地下闘技場の大男。
痛みを感じぬ異常な戦士。
そして、カルバド帝国の影。
それらはまだ、何一つ解決していない。
静かに、しかし確実に大きな流れが動き始めていた。
トーマスが口を開いた。
「しかし、ここでもカルバド帝国か」
少し苦笑する。
「お前、何かと因縁があるな」
視線はシマへ。
シマは椅子にもたれたまま、肩をすくめた。
「俺が望んだわけじゃねえよ」
淡々とした口調だった。
その言い方に引っかかるものを感じたのか、ジェイソンが眉を寄せる。
「ん?……どういうことだい?」
シマはあっさりと口を開く。
「ああ、俺たち兄妹の親父は」
メグに軽く顎を向ける。
「カルバド帝国の貴族だったらしい。名は『ユーマ・フォン・ロートリンゲン』」
その一言で、会議室の空気が凍りついた。
「……なっ?!」
最初に声を上げたのはデシャンだった。
思わず前のめりになる。
「聞いたことがあるぞ!」
記憶を辿るように言う。
「確か……剣の達人だったとか……?」
ヘルモートもすぐに続く。
「『カタナ』という珍しい武器を使っていたと聞いたな……」
聞き慣れない武器名。
だが、それは確かに一部の間で語られていた存在だった。
シマは軽く頷く。
「そうらしいな。」
静かに言う。
「両親のことは俺もメグも顔も声も覚えてねえ」
メグも隣で小さく頷いた。
「……」
何も言わないが、それがすべてだった。
シマは続ける。
「今更なんとも思ってねえし」
肩をすくめる。
「気にもしてねえ」
その言葉は、嘘ではなかった。
エリジェが静かに口を開く。
「……『反逆の貴族』」
わずかに目を伏せる。
「今ではそう呼ばれているわね」
その呼び名に、何人かが息を呑んだ。
ブランゲル侯爵が低く唸るように言う。
「当時……」
記憶を探るように視線を遠くへ向ける。
「こちらでも大分噂になったな…激しい戦いが繰り広げられたと聞いている」
その言葉に、ベガが一歩前に出た。
「ブランゲル様、俺が調べた限りでは旧ロートリンゲン領は、一丸となって戦ったそうです」
単なる反乱ではない。
領地そのものが意思を持って戦った。
その事実が、場の重みをさらに増す。
マリウスが静かに口を開いた。
「……父上、アンヘル王国がカルバド帝国と戦ったのは、二十年前が最後です」
そして続ける。
「それ以降は……戦っておりません」
つまり——その“反逆”があった時期と重なる可能性がある。
デシャンが腕を組み、眉をひそめる。
「……内戦の影響か?帝国軍にも相当な被害が出た……?」
推測ではあるが、筋は通る。
帝国内での大規模な戦い。それが外への侵攻を鈍らせた可能性。
大会議室の中で、それぞれが思考を巡らせる。
その流れを断ち切るように、シマが口を開いた。
「どうなんだろうな?」
あっさりとした声。
深く考える気はないと言わんばかりだった。
「……終わったことだしな」
椅子にもたれ、視線を天井へ向ける。
「今更ほじくり返しても仕方ねえ」
そして前を向く。
その目には、余計な感情はなかった。
「――そろそろ次の議題に移ろうぜ?」
軽く言ったその一言で。
重くなりかけていた空気は、強引に切り替えられた。
誰もが理解していた。
シマにとってそれは――過去であり、今さら向き合う対象ではない。
そして同時に。深く踏み込むべき話でもない。
だからこそ、誰もそれ以上は追及しなかった。
ただ一つ。
カルバド帝国と“反逆の貴族”。
その二つの点が、静かに繋がったまま。
会議は、次の議題へと進んでいくのだった。
マリウスの申し出——「濡れない浸みこまないシリーズ」の配備要請。
それは決して軽い願いではない。
戦場において兵士の命を左右しかねない装備であり、その価値はこの場にいる誰もが理解している。
だが同時に、それを簡単に「はい」と言える状況でもなかった。
「……う~む……」
重く唸るブランゲル侯爵の声が、広い大会議室に響く。
「我が領軍もな、まだ三分の一にも満たしていないのだ……」
その言葉には、誇張は一切なかった。むしろ控えめですらある。
現状、侯爵家ですら供給が追いついていない。
それほどまでに、この装備は“価値がある”という証でもあった。
「ブランゲル様、我らは一蓮托生のはずではないですか」
すかさず口を挟んだのはデシャン・ド・ホルダー男爵。
声音は穏やかだが、言葉の芯は強い。
「……言うではないか」
ブランゲルが口の端をわずかに吊り上げる。
「倅が頑張っておりますので」
「ほう……父親としては黙っていられない、というわけか」
「ええ、まあ」
そのやり取りに、あちこちからくすくすと笑いが漏れた。
張り詰めた空気が、ほんの少し和らぐ。
マリウスは軽く咳払いをして姿勢を正した。
「コホン……父の言葉はさておき、真剣に申し上げております。我がリーガム領軍としても、あの装備はどうしても必要です」
その眼差しは真っ直ぐだった。若さゆえの勢いではない。
領主となる覚悟を背負った者の視線だ。
それを受け、ジェイソンがエイラへと視線を向ける。
「エイラ嬢、増産の見込みは?」
問いは簡潔。しかし、その裏にある期待は大きい。
エイラは一瞬だけ考え、そして首を横に振った。
「いえ、残念ながら今でも手一杯です。現状でも人手、資材、工程、すべてが限界に近い状態です。これ以上の増産は品質の低下を招く可能性が高いでしょう」
理路整然とした説明に、誰も反論できない。
「……そうか」
ジェイソンが静かに息を吐く。
「……技術、工程を私たちが買い取ってはどうかしら?」
柔らかい声音でありながら、場の空気を一変させる一言。エリジェ夫人である。
ざわり、と空気が揺れた。
それはつまり——製造そのものを侯爵家側に移す提案。
合理的だ。だが同時に、極めて踏み込んだ提案でもある。
ミーナがすぐに応じた。
「エリジェ様、それはできません」
きっぱりとした否定。
「エイト商会と共同開発、共同販売の契約がありますので」
その一言で、すべてが決まる。
契約——それは絶対だ。
「……なるほど、そう簡単にはいかないというわけね」
エリジェは軽く微笑みながらも、それ以上は踏み込まなかった。
理解しているのだ。商いにおいて契約がどれほど重いものかを。
再び沈黙。
誰もが次の手を探る中——「んじゃ、マリウスたちはエイト商会から売ってもらえばいいじゃねえか」
あまりにも自然に、あまりにも簡単にザックが言った。
——静寂。
「……あっ」
誰かが小さく声を漏らす。
「……なるほど」
ジェイソンが額に手を当てる。
「……あっさり解決したね」
オスカーが苦笑する。
「うん……」
メグが小さく頷いた。
「ちょうどいい事にルドヴィカさんたちが滞在しているし」
単純な話だ。あまりにも単純すぎて、誰も最初に思いつかなかっただけで。
ザックが鼻を鳴らす。
「回りくどいことしねえで、売ってるとこから買えばいい。それだけの話だ」
「……実に君らしい結論だな」
ジェイソンが苦笑する。
「だろ?」
再び、笑いが広がる。
重かった議題は、思いもよらぬ形で決着を迎えた。
だが——その裏で、いくつもの流れが確かに動き始めていた。
ホルダー男爵家とエイト商会の新たな交渉。
供給網の拡張。そして、シャイン傭兵団を中心とした“繋がり”の強化。
一見些細なやり取りのようでいて、それは確実に未来へと繋がる一手だった。
会議室の空気は、先ほどまでとは違う意味で熱を帯びていた。




