昼食
昼食が始まると同時に、広間はまるで宴のような賑わいに包まれていた。
テーブルのあちこちから笑い声が上がり、皿が運ばれ、酒杯が交わされる。
先ほどまで国家の行く末を左右するような議論をしていた空気はすっかり消え、今はただ料理の香りと人々の声が広間を満たしていた。
湯気を立てる水炊き鍋。
香ばしい匂いを放つ焼きそば。
黄金色の唐揚げと天ぷら。
あるテーブルでは、ベガがパンを手に取りながら言った。
「ほら、見てみろ」
焼きそばをフォークで持ち上げる。
「パンに……こうして焼きそばをはさんで食べると美味いぞ」
パンを割り、そこに焼きそばをたっぷり挟む。
簡単な即席のサンドだった。
その様子を見ていたアデルハイトが試しに同じように挟んで食べてみる。
「……!」
思わず目を見開いた。
「本当だ……美味しい」
ソースの香ばしさとパンの甘みが妙に合う。
想像以上の相性だった。
同じテーブルには、エリクソン、ザック、フレッド、ベガ、ベルンハルト、デリー、ドナルドが座っている。
フレッドは鍋から鶏肉を取りながらエリクソンに声をかけた。
「エリクソン!」
湯気の立つ椀を指差す。
「鍋食ってみろよ!」
満面の笑みで言う。
「めっちゃ美味いぜ!」
ザックはエールを豪快に飲み干しながら頷いた。
「寒い日には特にな!」
「違いない!」
デリーも笑いながら杯を掲げる。
「身体が温まる!」
冬の夜などに食べれば、これ以上ない料理だろう。
一方、ホルダー男爵家のテーブルでは、また別の盛り上がりがあった。
そこにはヤコブとユキヒョウの姿もあった。
ユキヒョウが天ぷらを一つ摘まみながら言う。
「マリウス君」
少しだけ塩を振る。
「この天ぷらに少々、塩をかけて食べるといいよ」
皿を差し出す。
「素材そのものの美味しさがよく分かる」
マリウスが頷きながら食べてみる——確かに美味い。
その横でヤコブが山菜の天ぷらを口に運んだ。
「うむ……」
ゆっくり頷く。
「白ワインにもよく合う」
さらに衣を見て感心する。
「そしてこの衣…カリッとしておる」
感心した様子で言った。
「さすがはコーチン嬢じゃな」
ユキヒョウが笑う。
「天ぷらだけは、素人が料理しても中々上手くできないんだよ」
その横でデシャンが芋の天ぷらを食べていた。
「ほう!」
満足そうに言う。
「エールにも合うな!」
その隣ではキャシーが少し驚いた表情をしていた。
「私……これ好きかも……!」
どうやら天ぷらをかなり気に入ったようだった。
別のテーブルでは、より賑やかな光景が広がっていた。
サーシャ、ロイド、トーマス、ノエル、オスカー、メグ、ティア。
そこにエリカの侍女たち――バルバラ、ベティーナ、ヘルガも加わっている。
ベティーナが焼きそばを口に運びながら言った。
「やっぱり焼きそばは最高だわ!」
嬉しそうに笑う。
「この匂いが堪らなく食欲をそそるのよねえ」
その横ではヘルガが無言だった。
ただひたすら唐揚げを食べている。
唐揚げ、果実酒、パン…そしてまた唐揚げ。
完全にそれを繰り返していた。
バルバラが呆れたように言う。
「あなた……唐揚げのことになると目が変わるわね」
ヘルガは真顔で答えた。
「……唐揚げは至高」
そしてまた食べ始める。
その様子にテーブルの全員が笑った。
だが笑っているサーシャたちやトーマスも、実はとんでもない量を食べていた。
皿がどんどん空になっていく。
さらに別のテーブル。
そこにはクリフ、ケイト、エイラ、ミーナ、ダルソン、マーク、コーチン。
そして侍女アンネとコリンナ。
さらにスレイニ族のヤンとルボシュも座っていた。
エイラがヤンに尋ねる。
「ヤンさん」
鍋を見ながら言う。
「スレイニ族にはこういった鍋料理はあるのかしら?」
ヤンは少し考えて答えた。
「似たような料理はありますね」
だがすぐに首を傾げる。
「ただ……」
もう一口食べる。
「なんだか味の深みが全然違いますね」
それを聞いたクリフが思わず言いかけた。
「出汁を――」
しかし途中で口を止めた。
「あっ、余計なことは言わねえほうがいいな。危ねー危ねー」
ヤンは笑った。
「あはは、聞かなかったことにします」
その横でルボシュが天ぷらを食べていた。
「それにしても、この……天ぷら?美味いですね!」
ケイトが少し笑いながら聞く。
「このこともハンさんに報告するんでしょう?」
ルボシュは真面目に答えた。
「もちろんです」
するとダルソンが笑いながら言う。
「そうなると、スレイニ族の交易隊はまた揉めるんじゃねえか?」
ヤンが即答した。
「確実に揉めるでしょうね」
その言葉に一同が笑った。
そして侯爵家の席。
そこにはブランゲル侯爵、エリジェ、ジェイソン、エリカ。
さらにシマとジトーの頭の上に仔狼アルが座っている。
シマがエリジェに尋ねた。
「どうだ?口に合うか?」
エリジェは嬉しそうに微笑んだ。
「美味しいわ!」
次々と具材を食べる。
「キノコもお野菜も……鶏肉も!身体の内側から温まるのもいいわね」
ジトーが頷く。
「冬に食ったらさらに美味いぜ。しかも鍋料理はこれだけじゃねえ」
ジェイソンがすぐに言った。
「ぜひ聞きたいところだけど」
苦笑する。
「交渉はまだだからね」
シマも笑った。
「ああ、そうだな。気に入ったか?」
エリジェは迷わず答えた。
「ええ!とても」
それを聞いたブランゲル侯爵がジェイソンを見る。
「ジェイソン頼んだぞ」
「……エイラ嬢、ミーナ嬢を相手にするのは一筋縄ではいかないんですよ」
ジェイソンはため息をつく。
その言葉に一同が笑った。
その時だった、エリカがふと思い出したように言う。
「ねえシマ?そう言えば冷えたお酒の製法は?」
シマが「あっ」と声を上げた。
「もらってくる」
そう言って席を立ち、ミーナのいるテーブルへ向かう。
ミーナはすぐに紙を二枚取り出し、シマに手渡す。
冷えた酒の製法――その秘密が書かれた紙だった。
シマは、紙を二枚手にしてホルダー男爵家のテーブルへ向かった。
マリウスの前まで来ると、その紙を差し出した。
「ほら」
簡単な調子で言う。
「これ」
マリウスが受け取る。
「……?」
目を通した瞬間、表情が変わった。
「これは……」
シマが肩をすくめる。
「冷えた酒の製法だ、身内、信用できる者たちになら教えてもいいぞ」
その言葉に周囲の視線が一斉に集まった。
マリウスが思わず聞き返す。
「いいのかい?!」
だがシマはあっさり言った。
「ああ、製法と言っても、そんな大それたものじゃねえ。ちょっと考えれば思いつくものだ」
その言葉にユキヒョウが笑った。
「いやいや、その“ちょっと”が常人には思いつかないものだよ」
ヤコブも頷く。
「うむ、確かにそうじゃ」
シマは笑いながら言った。
「まあ、美味いものはみんなで共有した方がいいだろ?」
ヤコブがすぐに乗った。
「酒飲みには特にじゃな」
それを聞いたカールスルーエが笑う。
「さすがはヤコブさんだ!わかってる!」
杯を掲げる。
テーブルに笑いが広がった。
しばらくするとシマが少し真面目な顔になる。
「そうそう、今日の会合が終わったら、デシャンとマリウスは残ってくれ話がある」
さらにヤコブを見る。
「ヤコブも残ってくれ」
ヤコブはすぐに頷いた。
「わかったぞい」
その様子を見てシマは満足そうに言った。
「んじゃ、食事を楽しんでくれ」
軽く手を振る。
そう言って自分の席へ戻っていく。
シマが侯爵家のテーブルへ戻る。
ブランゲル侯爵の前まで来ると、もう一枚の紙を差し出した。
「ブランゲル」
紙を渡す。
「これに書いてある」
ブランゲルが受け取り、目を通す。
エリジェも横から覗き込んだ。
シマが言う。
「マリウスにも言ったが、身内と信用できる者たちには教えてもいい」
エリジェが少し困ったように微笑む。
「あなた、責任重大ね?」
ブランゲルはゆっくり頷いた。
「うむ」
だがシマは肩をすくめた。
「そんなに深刻に考える必要はないぞ」
一同がシマを見る。
シマは淡々と言った。
「秘密なんてものはいずれバレる」
誰も否定できない言葉だった。
「だから徐々に広めていく分には構わねえ、俺はそう思っている」
その話を聞いていたジトーが笑う。
「そうなるとブランゲル……ジェイソンの腕の見せ所だな?」
ブランゲルは深くため息をついた。
「領主としてか……情勢、状況、穀物の生産量それによって変わっていくな……」
そして天井を見上げた。
「俺は、いつになったら休めるのだ?」
その瞬間、シマが言った。
「ジェイソン次第じゃね?」
即答だった。
ジェイソンが思わず顔をしかめる。
「……」
そして苦笑する。
「そんな軽く言わないでくれ」
周囲が一斉に笑った。
「ははは!」
「それもそうだ!」
その笑いが少し落ち着いた頃、シマが再び口を開いた。
今度は少し真面目な声だった。
「今日の会合が終わったら話がある」
そして名前を挙げていく。
「ブランゲル、エリジェ、ジェイソン、エリクソン」
さらに続ける。
「フーベルトさん、ルーファスさん、ネリ、アデルハイトは残ってくれ」
その時、エリカが小さく聞いた。
「……あのことを話すのね?」
シマは静かに頷いた。
「ああ」
そして言う。
「俺たちは一蓮托生だからな主要な者たちには、話した方がいいと思ってな」
その瞬間。
「キュウ~……」
アルが不満そうに鳴いた。ジトーの頭の上だった。
シマが笑う。
「悪い悪い、アルも残ってくれ」
するとアルが元気よく鳴いた。
「キュウ!」
その様子を見て、周囲からまた笑いが起きた。
だが同時に――シマが言った「話」。
それがただ事ではないことを、その場にいた者たちは薄々感じ始めていた。
宴のように続いていた昼食も、そろそろ終盤へと差しかかっていた。
焼きそばの皿はほとんど空になり、唐揚げの山もずいぶん低くなっている。
天ぷらも次々と食べ尽くされ、残っているのは鍋だけだった。
だが、その鍋もただの鍋ではない。
鍋の中では、鶏肉、キノコ、野菜、山菜など、さまざまな食材から溶け出した旨みがスープに溶け込んでいた。長く煮込まれたことで、透き通ったはずのスープは、今や深いコクを持つ黄金色に変わっている。
そして、その鍋を囲む者たちの間で、ある言葉が自然と広がっていた。
「シメはどうする?」
その答えは、すでに決まっている。
「乾麵持って来て下さい!」
コーチンの指示で、炊事係たちが乾麺を持って走り回っていた。
乾麺を鍋に入れる。
「厨房で温め直します!」
誰かが鍋を持ち上げる。
すると、自然と列ができ始めた。
鍋を持った者たちが厨房へ向かう。
厨房では再び火にかけ、麺を煮る。
湯気が立ち、麺がスープを吸っていく。
やがて麺がほどよくほぐれ、柔らかくなったところで鍋を持って戻る。
その途中で声が飛ぶ。
「転ぶんじゃねえぞ!」
「慌てるな!」
「こぼしたら泣くぞ!」
厨房から大広間へ戻る通路は、ちょっとした緊張感に包まれていた。
だが無事に運ばれた鍋は、再びテーブルの中央に置かれる。
その鍋の中には――ラーメン。
鶏肉、キノコ、野菜、山菜。
それらすべての旨みが溶け込んだスープ。
そこに乾麺が加わり、最高の一杯が出来上がっていた。
ザックが椀を手に取りながら言う。
「鍋の最後はやっぱりこれじゃねえとな!」
豪快に麺をすすった。
「うめえ!」
その声に、周囲からも同じような声が上がる。
「これはやばい!」
「スープが違う!」
「旨みが全部入ってる!」
麺をすすりながら、皆が感心していた。
その様子を見ながら、アデルハイトが静かに呟いた。
「……なるほど、鍋を囲むとはこういうことか」
その隣でエリクソンが頷く。
「アデルハイト団長」
ラーメンをすすりながら言う。
「これは兵士たちの結束も強くなりそうですね」
同じ鍋を囲み、同じ料理を分け合う。
それは食事以上の意味を持つ。
アデルハイトも頷いた。
「ああ、ぜひ軍でも採用したい料理だ」
少し笑う。
「普段の食事でもな」
その言葉を聞いたエリクソンが言った。
「兄上に頑張ってもらいましょう」
それを聞いてドナルドが苦笑した。
「エリクソン様、他人事みたいに言いますなあ」
エリクソンは即答した。
「俺には交渉事は無理だからな」
まるで悪びれた様子もない。
その言葉に周囲が笑う。
一方――ホルダー男爵家のテーブルでも、ほぼ同じ光景が広がっていた。
こちらでも鍋のシメに乾麺を入れたラーメンが作られている。
マリウスが静かに麺をすすっていた。
「……」
ゆっくり味わう。
「これは……」
間違いなく美味い。
その横でデシャンが言った。
「マリウス、お前に任せたぞ。なるべく安い金額でレシピを手に入れてくれ」
すでに考えているのはそこだった。
マリウスは苦笑しながら答えた。
「……最善を尽くします」
するとユキヒョウが楽しそうに笑った。
「ふふふ…エイラ嬢、ミーナ嬢は手強いからね。健闘を祈るよ、マリウス君」
ヤコブも愉快そうに言った。
「ほっほ、どうなるか見ものじゃのう」
焼きそば。唐揚げ。天ぷら。鍋。
これらはすべて――価値のある料理。
そしてその価値を巡って、次に始まるのは——交渉。
昼食が終われば。
再び大会議室に戻り――レシピを巡る交渉戦が始まるのだった。




