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光を求めて  作者: kotupon


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合同会合3

ラーメンの試食の準備が整うと、広い会議室の一角に静かな期待が広がっていた。

貴族、軍人、傭兵、侍女、執事――それぞれが興味深そうにその様子を見守っている。


マリウスは父デシャンの横に立ち、小声で言った。

「父上……よく見ていてください」


その目は真剣だった。

「あれは、今までの常識を覆す料理です」


デシャン・ド・ホルダー男爵は腕を組みながら低く唸る。

「……それほどの料理というわけだな」


カートの上には――木椀が二つ。

椀の中には、湯気を立てる熱い湯と乾麺が入っていた。

熱が逃げないよう、上には丁寧に羊皮紙が被せられている。

湯気が紙の隙間からゆらゆらと立ち上る。


しばらくして、ジトーが紙をめくった。

「よし」


麺の状態を見て言う。

「もう、そろそろいいだろう」


紙で小分けされた包みを取り出した。

一包を木椀へと入れる。

さらさらと落ちる粉。

次の瞬間、湯の中でそれが溶け、香りがふわりと立ち上がった。


ジトーはフォークを手に取り、椀の中をゆっくりとかき混ぜる。

麺がほぐれ、スープが均一に混ざっていく。


数回かき混ぜたあと、ジトーは椀を見て言った。

「出来上がりだ」


そして周囲を見回す。

「誰が試食する?」


それを聞いたアデルハイトが驚いた声を出した。

「……もうできたのか?」


わずか数分。

料理としては信じられない速さだった。


その時、次席執事長ルーファスが一歩前に出た。

「ブランゲル様、私が試食いたします」


さらにネリも手を挙げる。

「私も」


二人は椀を受け取った。

まずネリが、そっと椀を顔に近づける、ふわりと立ち上る香り。

魚醬をベースとした濃厚な旨みの香りが、湯気と共に広がった。


「……いい香りですね」

思わずそう言葉が漏れる。


隣でルーファスも頷いた。

二人はフォークで麺を持ち上げる。

柔らかく、しかし崩れない麺。


そして静かに口へ運ぶ……数秒。


ルーファスが言った。

「……普通に美味しいですな」

その声には、素直な感心が混ざっていた。


ネリも頷く。

「ええ、これは……美味しいですね」


だが、その時、エリカが手を振って言った。

「違う違うのよ!」


全員の視線が彼女へ向く。


「このラーメンって料理はね、音を立てて食べるのよ」

エリカは実演するように言う。

「こう……啜るように」


ルーファスは少し戸惑いながら頷いた。

「…畏まりました」


そして麺を持ち上げる。

「ズッ……ズゾッ……」


音を立てて麺を啜る。

「……こんな感じでよろしいでしょうか?」


エリカが満面の笑みで言う。

「そうそう!いい感じよルーファス!スープも飲んでみて!」


二人はスープも口にする。

魚醬の旨み。温かさ。飲むほどに身体が温まっていく。


やがて――二人は椀を置いた。

スープ一滴残らず、完食した。


ルーファスが静かに言う。

「美味でございました」


ネリも頷く。

「身体も温かくなりますね」


シマがブランゲル侯爵へ向き直る。

「チョウコ町ではな、麺と一緒に干し肉、クズ野菜、天ぷら、カツ、香草、野菜、そういうのを好きなように入れて食うんだ。自分好みにアレンジしてな」


クリフも口を挟む。

「焼いた魚の身もいいぞ」


団員たちが一斉に頷く。

「うんうん」

「それも美味い!」


さらにユキヒョウが言った。

「胡椒も適量に入れると美味しいですよ」


またもや団員たちが頷く。


その時、シャロンが思い出したように言った。

「そういえばね、リンゴとレモンを入れたラーメンをライアンに食べさせてみたの」


会議室が一瞬静かになる。


シャロンは続ける。

「そしたら、すっごく美味しかったって言ってくれたわ!」


フレッドが思わず言った。

「……う、噓だろ」


顔をしかめる。

「どう想像しても合わねえ気がする」


ザックも腕を組んで言う。

「無理矢理食わされたんだろ?」


シャロンがすぐ反論した。

「そんなことするわけないでしょ!」


そして横にいるライアンを見る。

「ねっ、ライアン?」


突然話を振られたライアンは一瞬固まった。

「あ、ああ……」


そして無理やり笑う。

「……う、美味かったよ」


その額には――うっすらと脂汗が滲んでいた。


それを見た団員たちは一瞬で察する。

(ああ……そういうことか)


料理が苦手な妻。だが一生懸命作ってくれた料理。

それを不味いとは言えない夫、典型的な夫婦の構図だった。


シャロンは満足そうに胸を張る。

「ほら見なさい!」


クリフが苦笑しながら言う。

「……まあ、本人たちがそれでいいんなら、とやかくは言わねえが」


会議室から小さな笑いが漏れる。


その空気の中で、ケイトが静かに言って、エリジェへ向き直る。

「そうね……エリジェ様、ラーメンには、これといった形はないんです」


少し間を置く。

「自分好みの自分だけのラーメンを探す。それもまた楽しいんですよ」


エリジェ・ブランゲル夫人が楽しそうに笑った。

「いいわね!」


彼女は手を軽く合わせる。

「楽しそうだわ!」


しかしその表情は、知的な輝きが宿っていた。

エリジェはゆっくりと続ける。

「……でも、それだけじゃないわ、そうでしょうエイラ?」


会議室の視線がエイラへと集まる。

エイラは静かに挙手した。


フーベルトが頷く。

「エイラ様どうぞ」


エイラは椅子から少し身を乗り出し、落ち着いた声で話し始めた。

「エリジェ様のおっしゃる通りです」


そして会議室をゆっくりと見渡す。

「ここにいる皆様なら、すでにお気づきになられているでしょう」


その声は穏やかだったが、確信に満ちていた。

「これは――単なる料理の話ではありません」


会議室が静まり返る。


「自由、工夫、そして――自分だけの味を作る楽しさ」


そして結論を言った。

「それこそが、この料理の魅力なのです」


数人が静かに頷く。


だがエイラの話はそれで終わらなかった。

「そしてもう一つ、非常に重要な点があります」


彼女は木椀を軽く示す。

「この料理は極めて手軽に食することができます」


その言葉に、軍関係者たちの視線が鋭くなる。


「料理人がいなくても成立します」

エイラは続けた。

「軍、行商人、旅人、移動をする者たちにとって、非常に重宝されるでしょう」


するとすぐに反応したのはアデルハイトだった。

彼は腕を組み、深く頷く。

「その通りだ」


そして言う。

「行軍中であれば炊事兵の負担が激減する。薪も水も使用量が抑えられる。鍋ひとつで済む」


そして静かに続けた。

「また、兵士たちにとっては温かい食事ほど嬉しいものはない」


寒い夜。疲れ切った身体。

その時に出される温かい食事。

それは何よりの救いになる。


その時、エリクソンが口を開いた。

「アデルハイト団長」


軽く身を乗り出す。

「士気も上がります。疲労が溜まった兵でも、これなら喜ぶでしょう。病人も減る可能性があります。輸送部隊も楽になるのではないでしょうか?」


食料の軽量化。保存性。補給効率。

軍事的な意味は極めて大きい。


アデルハイトはゆっくり頷いた。

「それもまた、あるだろう」


彼らの目はすでに、料理ではなく軍事物資としてそれを見ていた。


その時、再び手が挙がる。

マリウスだった。


フーベルトが頷く。

「マリウス殿どうぞ」


マリウスは慎重に言葉を選びながら話す。

「乾麺そして粉末スープ」


そしてエイラを見る。

「保存についてですが常温で長期保存が可能、湿気にさえ気を付ければ…数ヶ月、環境次第では一年以上持つのではないか……と、エイラ嬢が予想していると聞きました…真偽のほどはどうなのでしょうか?」


会議室の空気が一瞬止まる。

次の瞬間、大会議室がざわめいた。


「な……」「一年以上だと?」

「そんな馬鹿な」「乾物でもそこまで……」


しかし、シャイン傭兵団とマリウスの側近である面々は平然としている。

真偽のほどは定かではないが話は知っている。


ざわめきの中、誰かが呟いた。

「……じょ、常識を逸している……!」


その瞬間——ドンッ。

重い音が響いた。

ブランゲル侯爵が机を叩いたのだ。


「静まれぃ!」

低く、だが圧倒的な声。

その一言で、ざわめいていた大会議室は、瞬時に静まり返った。


その沈黙の中で、ゆっくりと口を開いたのは――シマだった。

「……綺麗に密封されていれば、という条件なら」


彼は静かな声で言う。

「一年以上は持つ」


その言葉に、再び小さなどよめきが起きそうになる。

しかし今度は誰も声を荒げなかった。


シマは続ける。

「さっきの乾麺だが」

彼は先ほど試食に使われた木椀を顎で示す。

「軽く包装された状態なら、六ヶ月は持つ」


さらに付け加える。

「それ以上の期間が過ぎた物は念のため食べない方がいい。食中毒の危険があるからな」


食中毒と言う言葉の意味を完全には理解していない。

だが“危険”という響きには敏感だった。


その時、シマはふとエイラの方を見た。

「……さっきの乾麺、いつ作ったんだ?」


エイラは少し考え、答えた。

「一ヶ月前よ」


その言葉を聞いて、シマはあっさり頷く。

「それなら、全く問題ねえな」


そのやり取りを聞いていたルーファスが、思わず声を上げた。

「い、一ヶ月前ですか?!」

普段冷静沈着な次席執事長にしては珍しい反応だった。


彼は恐る恐る聞く。

「だ、大丈夫でしょうか……?」


するとすぐ横から、声が飛んだ。フレッドだ。

「だ~いじょうぶだって!」


腕を組み、シマを指差す。

「こいつがそう言ってんなら間違いねえよ」

完全な信頼だった。


ルーファスは少し戸惑いながらも頷く。

「そ、そうですか……」


そしてマリウスが静かに言った。

「なるほど」


腕を組み、考え込む。

「…六ヶ月を目安にすればいいわけだね?」


シマが軽く頷いた。

「そういうことだ」


そのやり取りを聞いていたジェイソンが、ゆっくり手を挙げた。


フーベルトがすぐに応じる。

「ジェイソン様どうぞ」


ジェイソンは少し困ったような笑みを浮かべて言った。

「実はね、さっきから気になっていたんだけど」


彼は指を二本立てる。

「密封そして食中毒、言葉の響きから何となく想像はできるんだけど」


首を傾げる。

「具体的にはどういう意味なのかな?」


会議室の数人が頷いた。確かに聞き慣れない言葉だ。


シマは椅子の背に少しもたれながら答えた。

「簡単に説明すればだな」


彼は指で空気を囲むような仕草をする。

「密封ってのは空気が入らないようにすることだ」


その言葉に、数人のブランゲルが「ほう」と小さく声を漏らす。


シマは続けた。

「それによって劣化…つまり物が悪くなるのを」


少し考えながら言葉を選ぶ。

「……遅らせる効果がある」


そしてもう一つの言葉について説明する。

「食中毒ってのは、ものを食べた後に発熱、腹痛、下痢、嘔吐、そういう症状のことだ」


その説明を聞いて、大会議室の数人が思わず顔をしかめる。

経験者もいるのだろう。


ジェイソンは顎に手を当てて考え込んだ。

「……なるほど」


そしてゆっくり言う。

「興味深いね…君は一体どこでそんな言葉を知ったんだい?」

その問いは純粋な興味からだった。


会議室の何人かは同じ疑問を持っていた。


シマは軽く鼻で笑う。

「ふっ、それ以上の詮索はなしだ」


肩をすくめる。

「話が進まなくなる」


その時、すっと声が入った。エリカだった。


「ジェイソンお兄様」

優雅に微笑む。

「人にはそれぞれ、言えない秘密が一つや二つあります」


そして優しく言った。

「詮索するのは無粋ですわ」


そしてジェイソンが肩をすくめて笑った。


「おっと」

両手を軽く上げる。

「これは一本取られたよ」


会議室から笑いが起きた。


「確かに!」


「その通りだ!」


「詮索は野暮だな!」


空気が一気に柔らぐ。


だが――何人かの者は思っていた。

この男、シマ。

料理。軍事。政治。

そして聞いたたこともない知識。

そのすべてを、まるで当然のように扱う。


(……何者なんだ)

そんな疑問を胸に抱きながら。


カシウム城の大会議は、なおも続いていくのだった。

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