合同会合2
カシウム城――大会議室。
ネリ・シュミッツは静かに書類を閉じ、ゆっくりと会議卓を見渡した。
「では次の報告に移ります」
場の空気が少しだけ引き締まる。
ネリは落ち着いた声で続けた。
「今回、王都での騒乱において――シャイン傭兵団の働きは、極めて目覚ましいものでした」
ネリは一呼吸置き、次の言葉を告げる。
「その功績に対する褒賞として、王家は一つの決定を下しました」
一瞬の静寂。
「王都の闇、スラム地区をシャイン傭兵団が治めることになりました」
ざわり――大会議室に小さな波が広がる。
「もっとも、これは特区扱いとなります。そして――」
ネリはゆっくりと言葉を区切った。
「この事実を知っているのは、ごく限られた貴族のみです。利権、専横、そして外部からの介入。それらを避けるためです」
王都のスラム。
そこは長年、王家でさえ手を焼いてきた場所だった。
どれだけ掃討しても、また生まれる。浄化が不可能に近い場所。
ネリが静かに言う。
「以上が報告となります。何か質問はございますか?」
すると、すぐに手が挙がった。
クリフだった。
フーベルトが頷く。
「どうぞ」
クリフは椅子に少し深く腰掛けたまま言った。
「まあ、治めるって言ってもな、君臨はすれど統治はしない」
肩をすくめる。
「スラムで生きてる連中は、スラムのやり方で生きてる。だから統治はしねえ。あいつらに任せる」
会議卓の向こうで、ネリが小さく頷く。
クリフは指を立てた。
「あそこには二十四……二十五くらいの一家がある。そいつらはもう全部、俺たちの傘下だ」
会議室が静まり返る。
クリフは淡々と続けた。
「絶対とは言えねえが、裏切る可能性は低い」
そして少し身を乗り出した。
「万が一、裏切った場合は情報屋たちに、ブランゲル侯爵家に報告しろって言ってある」
侯爵がゆっくり頷く。
クリフはさらに続けた。
「その時だが、報告してきた情報屋に、百金貨の報酬を渡してくれないか?」
一瞬、会議室の空気が止まる。
百金貨、一般人なら人生が変わる額だ。
クリフは軽く手を振った。
「もちろん、後で返す」
それを聞いて、ブランゲル侯爵は小さく笑った。
「よかろう」
そして言う。
「報告が来た場合、チョウコ町にいるお前たちへ知らせればよいのだな?」
クリフが頷く。
「ああ、よろしく頼む」
今度はライアンが手を挙げた。
「念のため聞くぞクリフ?裏切りが起きた場合、その二十四、五の一家にはどうなるか言ってあるんだろうな?」
クリフは即答した。
「当然だ」
ワーレンが隣にいるベガに聞く。
「なぁベガ?スラムの一家たちが、シャイン傭兵団の傘下になってるってことは……」
ベガが肩をすくめる。
「ご想像の通りだ…俺は万が一もねえと見てる」
ザックがニヤリと笑った。
「裏切った時はよ、俺が一人残らず殺ってやるよ」
軽い口調だった。だがその言葉に嘘はない。
デリーが口笛を吹く。
「ヒュ~ッ!おっかねえな!」
「まったくだ!」
団員たちが頷き、周囲から笑いが起きる。
だがそれは冗談ではなかった。この男たちは――本当にやる。
それを理解しているからこそ、スラムの一家たちも従ったのだ。
その様子を見ていたマリウスが、深く息を吐いた。
「……はぁ」
そして父を見る。
「父上、このこと知っていたんですよね?」
デシャン・ド・ホルダー男爵は、にやりと笑った。
「まあな、驚いただろ?」
その後ろの席では、マリウスの配下である元王家監察官――モーガン・エステベスとキャシー・ネイサンが、完全に呆然としていた。
王都のスラム——それは王家でさえ、長年手を焼いていた問題だった。
だが、彼等はたった一ヶ月足らず、王都に滞在しただけで、スラムを掌握していた
内戦の危機を止めながら。
しかも人数は、クリフ。ケイト。ザック。フレッド。ユキヒョウ。ベガ。わずか六人。
モーガンが小さく呟く。
「……信じられない」
キャシーも言葉を失っていた。
王家でも出来なかったことを、この傭兵たちは、平然とやってのけたのだ。
大会議室にいる者たちは改めて理解していた。
シャイン傭兵団——王都の裏側すら動かせる集団なのだと。
王都の闇スラムをシャイン傭兵団が掌握しているという話が出たあと、会議室の空気はまだざわつきを残していた。驚愕。困惑。そして、ある種の畏れ。
だが、その様子を見て――一人だけ、内心で愉快そうに笑っている男がいた。
エリクソン・ブランゲルである。
腕を組み、椅子の背に体を預けながら、彼は会議室をぐるりと見回していた。
(くくくっ……)
口元がわずかに歪む。
(驚いてる驚いてる!だがよぉ……)
エリクソンは心の中で続けた。
(これくらいで驚いてちゃ、まだまだ甘いぜっ!)
シャイン傭兵団の底は、こんなものではない。
(……見ものだな、うはは)
完全に楽しんでいた。
その様子を、侯爵家の席からエリジェ・ブランゲル夫人がちらりと見た。
そして、軽くため息をつく。
「……あの子は、すぐに顔に出るのよねぇ」
呆れ半分、微笑半分といった声音だった。
ジェイソンも苦笑しながら言う。
「ええ、考えていることが、手に取るように分かりますね」
そのやり取りを聞いたブランゲル侯爵は、腕を組みながら低く言った。
「……あやつは、謀には向かん」
そして、どこか諦めたような顔で続ける。
「今に始まったことではない」
侯爵家の三人は小さく笑った。
一方――アデルハイト・バウアーは、まだ完全には立ち直れていなかった。
王都のスラムを掌握。それをたった数人で成し遂げたという事実は、さすがに想定外だった。
(……なんという連中だ)
ようやく思考を整理し、アデルハイトは挙手した。
フーベルトがすぐに気付く。
「アデルハイト殿、どうぞ」
アデルハイトは姿勢を正して言った。
「シャイン傭兵団は、何やら新しい料理を開発したと伺っております。つきましては、そのレシピの交渉を今この場でお願いしたいと思います」
会議室が少しざわつく。
「軍の士気にも関わります故に」
兵にとって食事は極めて重要だ。
その時――今度はマリウスが挙手した。
フーベルトが頷く。
「マリウス殿、どうぞ」
マリウスは真剣な顔で言った。
「同意します」
そして続ける。
「我がホルダー家にも、交渉する機会を、ぜひともお願い致します」
デシャン男爵が横で腕を組みながらニヤリと笑う。
その様子を見ていたブランゲル侯爵が低く唸る。
「ふむ……この場で交渉か……?」
そして視線をゆっくり動かしシマを見る。
「さて、どうする?」
大会議室の視線がシマへ集まる。
「俺に聞くなよ」
軽く顎をしゃくる。
「エイラとミーナが良ければいいんじゃね?」
エイラとミーナは顔を見合わせた。
一瞬だけ視線を交わし、小さく頷いた。
エイラが落ち着いた声で言う。
「私たちは構いませんわ」
その言葉にブランゲル侯爵が頷いた。
「うむ」
そしてマリウスに視線を向ける。
「ホルダー家も交渉の席に着くがよい」
マリウスはすぐに頭を下げた。
「ありがとうございます。ブランゲル様」
その時、フレッドがぽつりと言った。
「礼を言うことか?」
皆が彼を見る。
フレッドは腕を組みながら言う。
「誰に売るかなんて、そいつの勝手だろ?いいものなら売れる。悪いものなら買わねえ。元々そんなもんだろ?」
その言葉を聞いた瞬間――ブランゲル侯爵が大きく笑った。
「わははは!フレッドの言う通りだな!」
確かにその通りだった。
商売とは本来そういうものだ。
ノエルが静かに言った。
「ただ、そうはいかないのが、世の中なのよ」
ロイドも頷く。
「革新的なもの…あるいは軍事に関わるものなら、なおさらね」
新しい技術。新しい食料。新しい武器。
それらはすぐに政治の問題になる。独占。圧力。利権争い。
フレッドは少し首を傾げた。
「そんなもんか?」
ノエルが微笑む。
「そんなものよ」
一瞬の静寂。
そして――会議室に笑いが広がった。
緊張していた空気が、少しだけ柔らいでいく。
その時――一人、静かに手が挙がる。
ミーナだった。
フーベルトがすぐに気付く。
「ミーナ様、どうぞ」
ミーナは落ち着いた様子で言った。
「先ずは――現物を見ていただきたいと思います」
会議室の視線が集まる。
「今すぐご用意できる料理はラーメンです」
するとジトーが横から口を挟んだ。
「そうだな」
腕を組みながらミーナを見る。
「乾麺と粉末スープは用意してあるんだろ?」
ミーナが頷く。
「ええ、持って来てあるわ」
「なら、作るか」
そして周囲を見回す。
「二杯だけでいいか?昼時にはまだ早ぇし」
試食ならそれで十分だろう。
シマがフーベルトに声を掛けた。
「フーベルトさん、熱い湯を用意してください。できれば沸騰したてのを」
「それと器を二つとフォークを二つ、器は……」
両手で丸く示す。
「これくらいのやつで」
フーベルトはすぐに頭を下げた。
「畏まりました」
シマはブランゲル侯爵を見る。
「それと、厨房を借りたい」
侯爵は即答した。
「好きに使ってくれ、材料もな」
シマは頷き、振り向いき短く命じた。
「コーチン、頼む。ティア、リットウ隊、補助に回れ」
「了解!」
するとコーチンが確認してきた。
「シマ団長、料理は何品出しますか?それと量はどのくらい作りますか?」
その瞬間――団員たちが一斉に騒ぎ始めた。
「焼そばは外せねぇだろ!?」「唐揚げもだな!」「天ぷら!」
「鍋もいいんじゃね?」「俺はハンバーガーが食いたいな!」
すると別の団員がすぐ突っ込む。
「馬鹿!それはもう、こっちにもあるじゃねえか!」
「まだブランゲル様たちが知らない料理じゃなきゃ意味ねぇだろ!」
会議室の一角が、完全に酒場のような騒ぎになった。
その様子を見ながら、エイラが軽くため息をついた。
そして静かにまとめる。
「……では、四品にしましょう。焼そば、唐揚げ、天ぷら、それと鍋」
そしてブランゲル侯爵へ向き直った。
「ブランゲル様、試食も兼ねて昼食はそれらにしたいと思いますが、いかがでしょうか?」
侯爵は一瞬だけ考え――すぐに頷いた。
「うむ!」
そしてどこか嬉しそうに笑う。
「いいぞ!」
彼にとってはすべて未知の料理だが、さっきから騒いでいる団員たちの顔。
あの嬉しそうな表情を見れば分かる。
(間違いなく……美味いのだろう)
そう確信していた。
エイラはコーチンに向き直る。
「コーチンさん、この場にいる全員分の量をお願いします」
するとトーマスが大きく笑った。
「余るくらいが丁度いいだろう!なあに、残れば俺が平らげてやるよ!」
するとフレッドがすぐ叫んだ。
「おいおい!俺たちもいるってことを忘れるなよ!」
そしてブランゲル侯爵に向かって言う。
「ブランゲル!ついでに酒も頼むぜ!」
すぐさまオスカーがツッコむ。
「昼食の後も会議は続くんだよ……飲み過ぎないようにね」
そのやり取りに、侯爵が豪快に笑った。
「わははは!良いだろう。用意しよう!」
ミーナがコーチンに声をかける。
「コーチンさん、ミテランさんたちには、教えないでください。まだ、レシピを買い取ってもらったわけではないのだから」
ジェイソンが吹き出した。
「はは……徹底してるなぁ」
会議室のあちこちから笑いが漏れる。
「確かに!」
「商売だもんな!」
「そりゃそうだ!」
団員たちも笑う。




