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光を求めて  作者: kotupon


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502/532

戦術会議?!

城塞都市の喧騒から一歩引いた場所にある、アパパ宿。

時刻は夕方前、夕餉には少し早い時間帯だというのに、店内の一角には妙に張り詰めた空気が漂っていた。


テーブルを囲んでいるのは男三人。

ザック、フレッド、そしてテオだ。

彼らは今、真剣そのものの表情で肘をつき、酒杯にも口をつけず、地図、メモを広げていた。


そう、相談内容は――娼館。


「……悩むな……」

頭を抱えるようにザックが呻く。

「候補は絞っちゃいるが、決め手がねえ」


「城塞都市の歓楽街は広すぎるよ……」

テオは地図を見下ろしながら肩を落とす。

「俺は初めて来る場所で、いきなり最適解を選べって言われても無理があるって」


「それでもだ」

フレッドは親指で顎をこすり、妙に自信ありげに言った。

「俺は一応、五件までは絞ってるぜ」


「俺もそのくらいだな。今日のところは、だが」

ザックも頷く。


昼間この三人は、入念な情報収集をしていた。

聞き込み、店から出てくる客の表情観察、噂話の精査。

まるで諜報活動のような熱量だった。


「なあ……」

テオが遠慮がちに切り出す。

「“美人局”って店…客を見送ってたお姉さん、美人だったよな?客の表情も、かなり満足げに見えたけど……?」


「ああ、あそこな」

フレッドは即答だった。

「候補の中に入ってるぞ」


「俺もチェック済みだ」

ザックがうんうんと頷く。

「あそこは対応が丁寧だって評判もある」


テオは感心したように目を輝かせる。

(なるほど……娼館にも“格”と“流儀”があるのか……)


「……ただな」

ザックが急に声を潜める。

「俺はここも捨てがたいと思ってる」


彼が指差した先のメモには、でかでかと書かれていた文字。


――『熟女』

「噂じゃ満足度ナンバーワンだとよ」


フレッドがニヤリと笑う。

「一度ハマると戻れねえって話だ」


「聞き込みでも言ってたな」

テオが真面目な顔で補足する。

「お姉さんたちの年齢は少し高めらしいけど、間違いないって」


「だろ?」

ザックは腕を組む。

「経験値ってのは、侮れねえ」


「さて……」

フレッドがテーブルを軽く叩く。

「どこを攻めるか、だな?」


三人同時に唸り声を上げ、再び地図とメモに視線を落とす。

その様子は、どう見ても戦術会議そのものだった。


――が。


その少し離れた席から、冷ややかな視線が突き刺さっていることに、彼らはまったく気づいていなかった。


視線の主は、テオの家族、母ヘラ、姉リタ、父ベン。――カウラス一家。

ヘラは腕を組み、口元をひくりと引きつらせている。

リタは呆れと怒りの中間のような表情で、深いため息。

そして父ベンはというと――(……俺も行きたい)という欲望が、顔にありありと出ていた。


「よくもまあ……」

隣の席からアンが呆れたように言う。

「私たちがいる前で、堂々とこんな話が出来るわね」


「……ある意味、凄いわよね」

イライザが遠い目をする。

「ここまで清々しいと、怒る気も失せるわ」


ザックたちは、まったく気づかずに続ける。


「いやー、テオは、まだまだ初心者だからな」

「一生モノのトラウマとか洒落にならねえからな」

「だからこそ、慎重にだ」


ヘラのこめかみがピクッと動いた。

(……この子は誰の子だったかしら)


幸いだったのは、子どもたち――エバンス、アニー、ウエンス、ミライが、父親たちに連れられて観光に出ていて、この場にいなかったことだ。

もし居合わせていたら、この場は間違いなく阿鼻叫喚になっていただろう。


「……ねえ」

リタが小声で母に囁く。

「止めなくていいの?」


「……止めても無駄よ…行くに決まってるわ」

ヘラは疲れたように首を振った。


父ベンは、そっとザックたちのメモを覗き込み――ヘラに思いきり足を踏まれた。

「いったぁ!?」


こうして、アパパ宿の一角では、真剣すぎる男三人の“戦略会議”と、それを見守る(という名の監視をする)家族たちの、奇妙で騒がしい夕方が、静かに――いや、まったく静かではなく――過ぎていくのだった。



アパパ宿の扉が、ぎい、と音を立てて開かれた。

外の夕暮れの光と一緒に、どっと人の気配が流れ込む。

サーシャを先頭に、エイラ、ミーナ、ノエル、リズたちが公演のリハーサルを終えて戻ってきたところだった。髪は少し乱れ、額にはうっすら汗。それでも表情は引き締まり、充実感が滲んでいる。


その様子を見て、酒場の隅で地図と杯を前にしていたザックが、椅子にだらしなく座ったまま口を開いた。

「……やっと帰ってきたか」

待ちくたびれた、とばかりに大きく伸びをする。


その隣でフレッドが、いかにも当然の顔で立ち上がり、エイラに手を差し出した。

「待ちくたびれたぜ。よし、エイラ。金くれ」


一瞬、宿の空気が凍った。


「……またお前ら、娼館か?」

低く呆れた声を出したのはギャラガだった。

その隣には妻のアンジュ、そして幼い娘シンジュ。

アンジュはその言葉を聞いた瞬間、シンジュを抱き寄せ、何も言わずにさっと距離を取る。

その動きがあまりに素早く、手慣れていて、逆に哀愁を誘った。


「おい…」

今度はトーマスが眉をひそめる。

「ここにはメリンダもいるんだぞ」


「わ、悪い……」

素直に謝るギャラガ。


フレッドは一瞬たじろぎ、視線を泳がせる。

「……って、なんでそこでメリンダの名前が出てくるんだよ……?」


メリンダは肩をすくめ、小さくため息をついた。

「いいわよ。どうせ何を言っても聞かないし」


エイラは無言で革袋を取り出し、金貨を一枚、指でつまんで差し出した。

その音が、やけに大きく響く。

「……はい。一金貨」


「……たったこれだけ?」

フレッドが信じられないという顔をする。

「こんなんじゃ朝までハッスル出来ねえぞ? 三人分だぞ!」


「そうだそうだ」

ザックもすかさず便乗する。


「嫌なら返してもらうわよ」

エイラは表情一つ変えずに言った。


「いや、それは駄目だ!」

フレッドは即座に金貨を握りしめ、背中に隠す。

あまりの速さに、誰もツッコミを入れられなかった。


そこへ、涼しい声が割り込む。


「地下格闘技?そこで資金を増やしてくればいいじゃない」

ミーナだった。


次の瞬間――「その手があった!」

ザックとフレッドが、見事なまでに同時に手をポンと叩いた。

「お前、天才か!」

「さすがミーナ!」


ロイドが静かに言う。

「……だけど、いいかい? 十分に気をつけること。怪我なく戻ってくるんだよ?」


「だ~いじょうぶだって!」

フレッドは豪快に笑う。

「俺たちが戦いにおいて油断するわけねえだろ」


「心配しすぎだぜ、ロイド」

ザックも肩をすくめる。


そのやり取りを見ながら、ギャラガは内心で思う。

(……そもそも、こいつらに勝てる奴なんているのか?)


だがロイドは首を横に振らない。

「万が一、ということもあるからね」


その言葉の重みを引き継ぐように、サーシャが一歩前に出た。

視線は鋭く、声は静かだが、凍りつくような圧がある。

「それと……シャイン傭兵団の名を貶めるようなことは、するんじゃないわよ」


一瞬、場の空気が張り詰める。


「もし、そんなことをすれば……」

サーシャはそこで言葉を切り、微笑んだ。

「……わかってるわね?」


その先を口に出す必要はなかった。

彼女たちによる容赦ない私刑が待っていることは、誰の目にも明白だった。


「りょ、了解だ……」

フレッドの声が裏返る。


その様子を見て、リズがきっぱりと言った。

「お兄ちゃんは、ここで待っていなさい。いいわね?」


「は、はい……」

テオは背筋を伸ばして即答した。

地下格闘技――名ばかりで、実態は殺し合い。

普通の人間には刺激が強すぎる世界だ。


「なあに!」

フレッドが肩を回しながら言う。

「チャチャっと済ませて、すぐ戻ってくるからよ!」


「お前はな~んも心配することはねえ!」

ザックも胸を張る。


そう言い残し、二人は意気揚々と扉へ向かう。

扉が再び開き、夕闇の中へと姿を消していった。



都市の喧騒は、気づけば背後に溶けて消えていた。

瓦礫と鉄くずが無秩序に積み上げられた倉庫街の入口で、まるで結界を越えたかのように途切れる。

鼻腔をくすぐるのは、錆びた鉄と油、そして微かに混じる血の匂い。

ここが“まともな場所じゃない”と告げている。


その時だった。

倉庫の陰で、数人の男たちが右往左往しているのが目に入る。

怒鳴り声でもなく、威勢のいい喧騒でもない。

――完全に、うろたえている。


「あっ?!」

一人がこちらを見て目を剥いた。

「……ザックさんとフレッドさん?!」


次の瞬間、男は裏返った声で叫ぶ。

「お、おい! 親分に知らせろッ!!」

蜘蛛の子を散らすように男たちが走る。


鉄の扉が、内側から乱暴に開け放たれた。

「ざ、ザックさん! フレッドさん!」


転がるように飛び出してきたのは、ザックたちが“チョビ髭”と呼んでいる地下闘技場の元締めだった。

小柄な体躯に、脂ぎった額。口元のちょびっとした髭が情けなく震えている。


「た、助けてください! お願いします!」

地に膝をつかんで懇願する様は、普段の尊大な態度からは想像もつかない。


「事情を説明しろ」

ザックは腕を組み、完全に上から目線で言った。


「慌てるなよ」

フレッドがチョビ髭の背中をバンッと叩く。

「こういう時こそ冷静だ。息を整えろ」


「は、はい……」

チョビ髭は唾を飲み込み、震える声で言った。

「……な、中で……ば、化け物が……暴れて……もう、手が付けられません……」


必死に言葉を繋ぐ。

「鎖も……刃も……効かない……。お二方の力を……貸してもらえませんか?」


フレッドが顎を撫で、即座に本題に入った。

「で、いくらくれるんだ?」


「……五十金貨」


その数字が出た瞬間、ザックとフレッドの目が僅かに細くなる。

それだけ切羽詰まっている――そういうことだ。


ザックとフレッドは、顔を見合わせる。

ニヤリ。


「話が早くていい」

ザックが言う。


「悪くねえな」

フレッドも同意した。


チョビ髭は、縋るような目で何度も頭を下げる。

「ありがとうございます! こちらです!」


彼が先頭に立ち、奥へと急ぐ。

鉄の扉の向こう、石造りの階段が口を開けていた。

緩やかに、だが確実に深部へと誘う螺旋階段。

一段降りるごとに、音が増えていく。


最後の一段を踏み下ろした瞬間、視界が一気に開けた。――広大な地下闘技場。


円形に広がる観客席。

中央には、金網で囲まれた巨大なリング。

天井からは無数のランタンが垂れ下がり、橙色の光が不気味に揺れている。

だが、いつもの狂騒はない。


「いつになったら始まるんだ!?」

「金返せ!」

「ふざけるな!」

客たちは騒ぎ、困惑し、怒りを露わにしている。


必死に宥めるチョビ髭の部下たち。

「ま、間もなくだ!」

「もう少し待ってろ!」

裏社会特有の、荒っぽい言葉遣いで場を繋ごうとしていた。


チョビ髭はリング横を素通りし、選手通用口へと向かう。

さらに奥、さらに奥へと。


怒号と悲鳴が、壁越しに直接叩きつけられる。

そして――そこに、そいつはいた。


「……でけえな」

ザックが呟く。


ザックよりも二回りは大きい巨体。

異様に膨れ上がった筋肉。皮膚は傷だらけで、血と汗で光っている。


身体には、制御するためだろう鎖が何本も巻き付けられていた。

だが、その鎖は軋み、今にも引き千切られそうだ。


槍が刺さり。剣が突き立てられ。

頭の頂点には、一本の剣が食い込み、柄だけが無惨に揺れている。


それでも――そいつは止まらない。

狂ったように暴れ、吠え、鎖を引きちぎろうと身体を振る。

床は血に染まり、砕けた武器の破片が散乱していた。


その足元には、チョビ髭の部下たちであろう遺体がいくつも転がっている。

今なお、生き残った者たちが必死に止めようとし、次々に弾き飛ばされていた。


フレッドが口の端を吊り上げる。

「……なるほどな」

闘技場の奥深く、血と怒号が渦巻くその空間で、その表情だけがやけに落ち着いて見えた。


視線は、鎖を引きちぎらんばかりに暴れる“それ”に向けられている。


「で、殺っちゃっていいのか?」

あまりにも軽い口調だった。


二人の背後で、チョビ髭は喉を鳴らし、震える声を絞り出す。

「……お、お願いします……」

一瞬、言葉が詰まり、次の瞬間、覚悟を決めたように叫んだ。

「殺ってください……!」


その言葉が耳に届いた刹那――ザックは、もう動いていた。


助走も、溜めもない。

ただ一歩踏み込み、低く、鋭く、地を削るような蹴り。

狙いは両膝。

「――ッ!」


鈍い衝撃音が響き、巨体が大きく揺らぐ。

それは単なる下段蹴りだった。

だが、“規格外”の人間が放てば、結果は常識の範疇を遥かに超える。


暴れていた身体が、制御を失ったように崩れ落ちた。


その時にはもう、フレッドの手には二振りのグラディウスが握られていた。

いつ抜いたのか、誰にも分からない。

気づいた時には、彼はすでに間合いの内側にいた。


――三閃。


刃が走り、空気が裂ける。

一切の無駄も、躊躇もない。

ただ“終わらせる”ためだけの動き。


それは本当に、一瞬の出来事だった。


暴走していた存在は、完全に沈黙する。

もはや、そこに“化け物”は存在しない。


果たして、化け物とは何だったのか。

答えは、あえて口にするまでもない。


静寂が訪れる。

血と破壊の痕跡だけが残るその場で、ザックはゆっくりと振り返った。


そして――何事もなかったかのように、ニヤニヤと笑い、チョビ髭へと手を差し出す。

「約束だな」


フレッドも、同じく手を差し出した。

「五十金貨だ」


チョビ髭は、呆然としながらも、何度も何度も頷いた。

地下闘技場の奥深く。“仕事”は、あまりにも静かに、早く、そして確実に終わった。

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― 新着の感想 ―
圧倒的ですね。 周りの人にはあまりに一瞬の事で何が起きたか わからなかったのではないでしょうか? しかし前半の戦術会議という娼館選びから一転。 後半の戦闘シーンはカッコいいです。 この作品は読んでい…
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