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光を求めて  作者: kotupon


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再会8

 ライアン隊に割り当てられた大部屋は、すでに灯りが落とされ、最小限のランプだけが淡く揺れていた。木の梁と石壁に囲まれた室内は広いが、今は誰も騒ぐ気分ではなく、夜気と同じ重さの沈黙が満ちている。


 簡易寝台が壁際に並び、革鎧や武具はまとめて脇に置かれていた。

いつもなら軽口の一つも飛び交うはずの空間だが、今夜は違った。


 ナトカイは寝台の端に腰掛け、両手を膝の上で組み、じっと床を見つめていた。

 誰に促されたわけでもない。ただ、眠ることができなかった。


 ――二千金貨。

 頭の中で、その数字が何度も反響する。


 商人として数字には慣れている。

金貨の重さも価値も、誰よりも理解しているつもりだった。

それだけに、あの場で交わされた会話は、まるで別世界の出来事のようだった。


 (……僕は、一体何をやってきたんだ)

 胸の奥が、じわりと痛む。


 エイト商会の名を背負い、交渉の席につき、利き酒の才を買われ、期待されてきた。

その期待に応えようと、失敗しないように、弱みを見せないように、ずっと気を張ってきた。


 (ちゃんとしなきゃいけない。失敗したら終わりだ……)

 そう思い続けるほど、酒が必要になっていった。


 最初は一杯でよかった。

次第に二杯、三杯と増え、それでも頭が冴えている日は「自分は大丈夫だ」と思えた。

だが、ある一線を越えると、何もかもが曖昧になり、記憶が途切れる。


 目が覚めたときには、何かを失っている。


 今回は――すべてだった。

 護衛も、荷も、契約書も、信用も。


 (……商人失格だ)

 喉の奥が詰まり、唾を飲み込む。


 その沈黙を、誰も破らない。


 ライアン隊の面々は、それぞれ思い思いの場所で腰を下ろし、武具の手入れをする者、壁に背を預けて腕を組む者、寝台に横になり天井を見つめる者――誰もが、ナトカイの言葉を待っていた。


 ルドヴィカもまた、少し離れた寝台に腰掛け、ナトカイの背中を静かに見守っている。

 叱責も慰めもない。ただ、逃げ場を塞がない距離だった。


 やがて、ナトカイは絞り出すように口を開いた。


「……僕は、怖かったんだと思う」

 かすれた声だった。

「商会の期待も、取引先の目も……全部。失敗したら、全部が終わる気がして」


 誰かが息を吸う音がしたが、遮る者はいない。


「酒を飲んでる間だけは……考えなくて済んだ。強くなった気がして、何でもできる気がした。でも……」

 言葉が途切れ、拳が握り締められる。

「結局、逃げてただけだ」


 長い沈黙。


 最初に声をかけたのは、ニールセンだった。

「逃げたことがねえ奴なんて、そうそういねえさ」


 ぶっきらぼうだが、突き放す響きではない。

「俺たちだって、戦場で酒に手を伸ばした夜は山ほどある…怖くて、逃げ出したくて…」


 ライアンは腕を組んだまま、しばらく黙っていたが、やがて低い声で言った。

「ナトカイ。お前は弱い」


 一瞬、空気が張り詰める。


「だがな」  

ライアンは視線を逸らさず、続けた。

「弱いってのは、終わりじゃねえ。弱さを自覚した奴は、強くなれる」


 ルドヴィカが、静かに言葉を重ねる。

「あなたは、才能があるわ。それは間違いない…でも、全部を一人で背負う必要はなかったのよ…気づけなかった私たちにも非があるわ…どこかで、あなたなら大丈夫、やってくれる、そんな思いがあなたを追い込んでしまった…」


 彼女は少しだけ微笑む。

「今夜は……こうして誰かが隣にいる。それだけで、前よりずっとまともな状況だと思わない?」


 ナトカイは、ゆっくりと顔を上げた。


 見慣れた傭兵たちの顔。

 厳つくも、疲れていても、今は誰一人として彼を見下していない。


「……ありがとう」

 震えた声だったが、確かに届いた。

「今すぐ、どうにかできるとは言いきれないけど…でも……逃げずに、やってみます」


 ライアンは小さく鼻を鳴らす。

「それで十分だ。今夜は寝ろ。明日は観光だ」


「酒は?」と誰かが半分冗談で聞く。


「少しだけだ」  

ライアンは即答した。


 小さな笑いが、部屋に広がる。


 ナトカイは、ようやく寝台に身を横たえた。

 胸の奥に残る重さは消えていない。それでも、今夜は――独りではなかった。

 ランプの灯が揺れ、大部屋は静かに眠りへと沈んでいった。



翌朝のカシウム城。

広間に人が集まりきった、その瞬間だった。

ざわめきの質が、はっきりと変わった。


「……おい」

最初に声を上げたのは、ワーレン隊のコルネリウスだった。


視線が一斉に動く。

そして次の瞬間、誰かが叫んだ。

「シマだ!」


その名が合図になったかのように、空気が弾けた。

「ロイドもいるぞ!オスカーもだ!」


一気に距離が詰まり、いくつもの声が重なる。

次々と肩を叩かれ、背中を叩かれ、腕を引かれる。


シマは一瞬だけ目を細め、そして大きく息を吐いた。

「……全員、無事そうで何よりだ」


それだけでよかった。

それだけで、胸の奥に溜まっていたものが、少し軽くなる。


再会の喜びは、決して大げさな抱擁や涙ではなかった。

荒っぽい言葉、乱暴な笑い、遠慮のない距離感。

それが何よりも、この場に集まった者たちの関係を物語っていた。


そんな中で、ふと空気が揺らぐ。

「……ん?」

「誰だ、その仔?」

誰かの視線が、シマの足元に向いた。


首を傾げてつぶらな赤い瞳で見上げるアルがいた。


シマは一歩前に出る。

「紹介する。アルだ。俺たちの新しい家族だ」


アルは一瞬戸惑い、キュウ!と鳴く。

そしてアルは、その輪の中に――迎え入れらた…それはもう盛大に。



カシウム城内どこか落ち着いた空気に包まれていた。

厚い石壁の回廊を進む一行を先導するのは、次席執事長ルーファスと数名の使用人たちだ。

足音が高い天井に反響し、城という場所が持つ重みを否応なく意識させる。


「こちらが図書室でございます」

重厚な扉が開かれた瞬間、乾いた紙と革表紙の匂いがふわりと漂った。

壁一面を覆う書架、その奥にもさらに続く棚。

年代も分野も異なる書物が整然と並び、静謐な空気の中に知の蓄積が息づいている。


「……ふむう」

思わず声を漏らしたのはヤコブだった。

口元を引き締めようとしているのに、どうしても頬が緩み、二ヤついた表情を抑えきれていない。

「さすがは侯爵家ですなぁ。これほどの蔵書があるとは……」


次に案内された資料室では、古地図や契約文書、地方史の記録が厳重に保管されており、書斎室に至っては、写本や研究に最適な机と採光が整えられていた。


「写本をなさるのでしたら、こちらの書斎室がよろしいでしょう。後ほど、必要な紙と道具をお届けいたします」

淡々とした口調でそう告げるルーファス。


「ヤコブさん、嬉しそうですね」

隣でマリウスが微笑むと、ヤコブは隠すのを諦めたように小さく笑った。

「ほっほ……学者から見れば、ここは夢のような場所ですからのう。これほどの環境で写本ができるなど、なかなか巡り合えるものではありませんぞ」


その様子を、シマは腕を組みながら眺めていた。

集まっている顔ぶれは多い。

ジトー、クリフ、ロイド、トーマス、オスカー、ユキヒョウ。

そしてギャラが率いる灰の爪隊に、ルーカス隊、デリー隊、マックス隊……もっとも、マックス本人の姿はない。


――昨夜のことだ。

アパパ宿にマヌエラを迎えに来なかったマックスは、深夜まで延々と続く説教を受けていたのだ。


「いや、ちょっと飲み過ぎて……」

情けない言い訳は、当然のように通じなかった。


「クリフさんも、キリングスも、ルーカスも!ちゃんと迎えに来てくれたというのに!」

怒りと羞恥をない交ぜにした声で、マヌエラはまくし立てる。

「私、恥ずかしくて言い出せなかったのよ!」


そして最後に、ぴしゃりと宣告が下った。

「罰として、明日は一日劇場の警備をしなさい!」


その結果、マックスはこの城に姿を見せていない。


一方、城内にはさらに多くの隊が集結していた。

キーファー隊、ドナルド隊、マーク隊、デシンス隊、ダルソン隊、キリングス隊、リットウ隊、ワーレン隊、ベガ隊――広い書斎室も、人の気配で満ちている。


「……ザックとフレッドは?」

クリフがぽつりと呟いた問いに、シマは肩をすくめた。

「情報収集だそうだ。娼館のな」


「だろうな」

呆れたようにベガが言う。


ほどなくして、その二人は姿を見せた。


「シマ、金くれ」

臆面もなく言うフレッドに、シマは即答する。

「全部エイラに渡した。エイラからもらってくれ」


「お前ら、また昼間から娼館に行くつもりか?」

ジトーの問いに、ザックは当然のように胸を張る。

「当たり前だろ?」


「今、エイラたちはリハーサル中だから。邪魔しないように、夕方にアパパ宿に行った方がいいね」

ロイドの冷静な助言に、ザックは舌打ちをする。

「チッ…しゃーねえ……それまでは情報収集に徹するか……?」


「テオの奴も連れて行こうぜ」

フレッドが続ける。

「あいつの意見も、少しは取り入れてやらねえとな」


「おう、そうだな」

ザックは周囲を見渡し、にやりと笑う。

「なあ、この中に娼館に行った奴はいねえのか?」


数名の団員が、声を潜めて情報を提供する。

それを聞いたザックは満足そうに頷いた。

「参考にするぜ!」


そう言い残し、フレッドと肩を並べて意気揚々とカシウム城を後にする。

残された面々は、呆れと苦笑を交えながらも、それぞれの役割へと意識を戻していく。



カシウム城の書斎室と図書室、資料室、その間を行き交う人の流れは、最初こそ雑然としていた。

だが、それはほんの一瞬だった。


「――まず、写本に回る連中はこっちだ」

シマの声が通る。

「ヤコブ、マリウス、あと数名。書斎室を拠点にする。大人向けの蔵書は内容を見てから運べ。無闇に数を増やすな」


「了解じゃ」

ヤコブは抑えきれない笑みを浮かべながらも、即座に頭を切り替える。

学者としての顔だった。


「子供向けの蔵書は別だ。読み物、寓話、基礎的な歴史、簡単な地理――難しすぎるものは除け」

ジトーと数隊が呼ばれ、頷く。


「古地図、地方史、戦史は一まとめに。書き写す優先度は後で決めるが、まずは全部確保だ」


「生態学、生物学、動植物の記録はこっちだね?」

ロイドが確認する。


「ああ。鉱物学、建築学、医学書も同じ隊でまとめて運べ。重いが価値は高い。雑に扱うなよ」


指示は短く、だが的確だった。

誰が聞いても迷いようがなく、無駄がない。


気がつけば、写本担当、運搬担当、分類担当が自然に分かれ、侯爵家の蔵書は次々と「用途別」に整理されていく。


「……相変わらずだな」

ギャラガが小さく呟く。

「頭の中で全部見えてやがる」


「だから団長なんだろ」

そんな声が、どこか誇らしげに混じった。


一通りの流れを確認すると、シマはふと視線を動かした。

「――ベガ隊、ちょっと来い」


呼ばれたベガ隊が歩み寄る。


「城塞都市の中にミウオ商会がいるはずだ。護衛してる“未知アンノウン傭兵団”を探してほしい」


「敵か?」


「違う違う!…所在確認だけでいい。泊まってる宿が分かれば十分だ」


その横でジトーが口を挟んだ。

未知アンノウン傭兵団は、今の依頼が終わったらチョウコ町に来ることになってる」


「シャイン傭兵団の傘下に入るのか?」

ベガが率直に聞く。


ロイドが首を振った。

「いえ。彼らは冒険者だそうです。ただ、冒険者という言葉自体に馴染みがなくて傭兵団を名乗っているだけで」


「俺たちが支援する形で、チョウコ町に来てもらう予定だ」

シマが続ける。


「……話が見えねえな」

ベルンハルトが肩をすくめる。

「まあいいさ。訳は後で聞かせてくれるんだろ?」


「ああ。全員揃った時にな。女性陣も含めてだ」

トーマスの言葉に、場の空気が少し和らぐ。


「で――」

シマが急に言い出した。

「金、必要だよな。誰か持ってねえか?」


一瞬、静まり返る。


「……お前、少しくらい手元に残しておけよ」

呆れたように言いながら、クリフが懐に手を入れた。


「ほら」

ベガに差し出されたのは、ずしりとした袋。

「十金貨だ。使え」


「何も有り金全部、エイラ嬢に渡すことはなかろうに」

ヤコブが苦笑する。


「傭兵団の団長が、全く金を持ってないって……」

マリウスも呆れ半分、笑い半分だ。

「シマらしいなぁ」


一同が笑った。


最後に、シマはオスカーを見る。

「さて、オスカー?」


「うん」

オスカーは静かに頷いた。

「会ってくるよ。両親に」


その言葉に、からかう者はいなかった。


カシウム城の中で、知識と人と、そして過去と未来が、静かに動き始めていた。

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