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光を求めて  作者: kotupon


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失敗から学ぶ?!

 アパパ宿、酒場兼食堂。


「……お前、悪い顔をしてるぞ」

 じっとシマを見据え、ライアンが低く言う。

「何を企んでやがる?」


「想像しただけで、な」

 シマは肩をすくめるように答え、すぐに言葉を切った。

「おっと、これ以上は秘密だ。ただし——お前らにも、ちゃんと恩恵はあるぞ」


 その含みのある言い方に、数名が微妙に視線を交わす。


『料理の味の違いも分かるんだろ?』

 先ほどの言葉が、思い浮かぶ。


 (……新しい料理ね)

 エイラは即座に察した。


 (シマのことだから、新作の料理を思いついたんじゃないかしら?)

 ミーナも同じ結論に辿り着く。


 シャイン傭兵団の幹部たち——シマが“前世の記憶”を持っていることを知る面々も、ほぼ同時に思い至った。料理、香辛料、味覚。シマの発想は、たいていそこから妙な方向へ跳ねる。


 ライアンもまた、確証はないが、何となく察していた。


「ナトカイに無茶な要求をするつもりはねえ」

 シマは今度は真面目な声で言う。

「身の安全も最大限配慮する。元・鉄の掟傭兵団とは旧知の仲だろ?」


 ナトカイが小さく頷く。


「チョウコ町の生活にも、すぐ慣れると思うぜ」

 その言葉は、脅しでも命令でもなかった。あくまで“提案”だった。


「……返答は、すぐにはできないわ」

 ルドヴィカが慎重に言う。

「ダミアンたちと相談してからじゃないと」


「まあ、そうだろうな」

 シマは素直に頷く。

「ただ——少しは肩の荷が軽くなったろ?」


 ルドヴィカは一瞬目を伏せ、それから小さく息を吐いた。

「……ええ。そうね。感謝するわ」


 張り詰めていた空気が、ほんのわずか緩む。


「……なぁ、シマ」

 沈黙を破ったのはニールセンだった。

「こいつが酔いつぶれるまで飲んじまうのって、何か原因があるのか?」


 シマは即答しなかった。

 ナトカイを一瞥し、言葉を選ぶ。

「アルコール依存症、だな……あくまで俺の推測だが」

 シマは続ける。

「ナトカイは、気が弱い男なんじゃねえか?」


 誰も口を挟まない。


「今まで、エイト商会のためにずっと気を張って、無理をしてきた。期待に応えようとして、失敗できねぇって思い詰めて……」

 シマの視線は責めるものではなかった。

「で、酒に逃げてた。そんな感じがする」


 ナトカイは何も言えず、ただ俯いた。


「……思い当たる節が、ありすぎるわ」

 ルドヴィカが静かに言った。


 「……結局のところだ」

 ぽつりと、しかしはっきりとシマが言った。

その声は低く、感情を押し殺したようでいて、不思議とよく通る。

「ナトカイの本質を見抜けなかった。これは……ダミアンのミスだな」


 責めるような響きはなかった。

ただ起きてしまった事実を、事実として卓上に置いただけだ。

その淡々とした口調が、かえって場の空気を引き締める。


「酒販や仕入れはさせずに、利き酒だけをやらせていればよかったのかもね」

 ノエルが静かに続ける。

「……そうは言っても、もう後の祭りだけど」


「失敗から学ぶことは、いくらでもあるさ」

 シマは肩をすくめ、視線を伏せたナトカイから一度外す。

「いい経験になったと思えば、無駄にはならねえ。痛みを伴う分、忘れにくいしな」


「……そうね」

 ルドヴィカは小さく頷き、しばし考え込むように視線を彷徨わせたあと、ふと首を傾げた。

「ところで、“アルコール依存症”って何?」


 その問いに、シマは一瞬、完全に動きを止めた。

 ——しまった。

 顔にありありとそう書いてある。

ここが異世界であり、酒はあってもそれを病理として分類する学術的概念が存在しないことを、うっかり失念していたのだ。


 その様子を、サーシャたちが見逃すはずもない。

「……やっぱり、シマってどこかヌケてるわよね」


 誰かが小声でそう呟き、堪えきれない苦笑が静かに、しかし確実に広がっていく。

 責めるでもなく、呆れるでもなく、ただ長い付き合いだからこその反応だった。


「……まあ、簡単に言えばだ」

 シマは咳払いをひとつしてから、言葉を選ぶように説明を始める。

「酒の飲み方、飲む量、飲むタイミング、飲む状況……そういうもんを、自分の意思でコントロールできなくなった状態のことだ」


 自然と、皆の視線がナトカイへと集まる。


 俯いたままの彼は、何も言わない。

まさに今の彼の姿が、その説明を裏付けている。


「ふぅん……アルコール依存症、ねぇ」

 ルドヴィカは少し意味ありげに微笑み、探るような視線をシマに向ける。

「どこでそんな言葉を知ったのか、聞きたいところではあるけれど……あえて、詮索はしないわ」

 彼女はダミアンから、シマたちが“深淵の森育ち”だと聞かされている。


「……ハハ」

 シマは乾いた笑いを漏らし、それ以上の説明を避けるように視線を逸らす。


 そのときだった——ギィ。

 アパパ宿の扉が、きしむ音を立てながら静かに開く。


 夜気とともに姿を現したのは、クリフ、ルーカス、そしてキリングスたちだった。


「ケイトが中々帰ってこねえから……」

 クリフは頭を掻き、視線を泳がせながら、少し照れたように言った。


「俺はビルギットをな。それからマヌエラも」

 ルーカスが続ける。

「マックスの奴にも、『俺の嫁さんを頼むぞ』って言われてるしな」


「あなた、私たちは今日はここに泊まるわ」

 アマーリエが、キリングスに告げる。

「フォルカーとシュテファンは、もう寝ているの」


 その一連のやり取りの途中で、クリフたちは気づいた。

 ———シマ。ロイド。オスカー。アル。


 思いもよらぬ顔ぶれが揃っていることに、自然と目線が集まる。

その視線の動きに、シマたちもすぐ気づいた。


 次の瞬間、彼らは一斉に同じ動きをした。


「シィーッ!」

 人差し指を口元に立て、声なき声で訴える。


 二階では、子供たちが眠っている。

起こすわけにはいかない——それは、この場にいる全員が即座に理解した。

交わされる視線と、音を殺した微かな笑いだけが残り、アパパ宿の夜は、深く穏やかに更けていった。


 シマは改めて背筋を伸ばした。

椅子に深く腰掛け直し、周囲を一度見渡してから、クリフ、ケイト、そしてユキヒョウへと視線を向ける。その目には、冗談や軽口ではない、団長としての確かな重みが宿っていた。


「王都での件だが……本当によくやってくれた」

 低く、落ち着いた声。

しかし、その一言には心からの評価が込められている。

「これ以上ない成果だ。正直、文句のつけようがねえ」


 思わず瞬きをしたクリフ。少し照れたように視線を逸らすケイト。

 ユキヒョウは静かに微笑んだ。


その反応を見て、シマはわずかに口角を上げる。

「ベガにも、そう伝えてくれ」

 短い指示だったが、それは同時に信頼と労いの証でもあった。

名を出されたベガの顔を思い浮かべ、クリフは小さく頷く。


「それとだ」

 シマは一息置き、今度は男衆の方へと視線を移した。

「明日、男連中はカシウム城に来い。それぞれ、声をかけておいてくれ。写本作りをするぞ」


 その言葉に、場の空気が一瞬ざわつく。

 写本作り――それが何を意味するか、この場にいる者たちは理解していた。

 知識を残す作業であり、子供たちや次の世代に繋げるための、大切で根気のいる仕事だ。


「無理強いはするなよ」

 付け加えられた一言はシマらしい配慮だった。


「団長、俺らは城塞都市を観光してきてもいいですか?」

 マリア隊の団員の一人が尋ねる。


「好きにしてて構わねえ」

 迷いのない即答。


 その一言をきっかけに、幾人かが顔を見合わせ、声を潜めて囁き合う。

「まだまだ回ってねえところがあるからな……」

「市場も、裏通りも気になるしな」

 そんな小声が、あちこちから漏れ聞こえてくる。


 その様子を眺めながら、ライアンが言った。

「シマ、俺はこいつ――ナトカイの面倒を見てる」


 その言葉に、名を呼ばれたナトカイはびくりと肩を揺らし、思わず顔を上げる。

しかし、すぐに視線を落とし、膝の上で指を組んだ。

自分が話題にされていることへの居心地の悪さと、それでも誰かが気にかけてくれているという事実が、胸の内で複雑に絡み合っている。


「君たちも、気晴らしに観光でもしてくればいいじゃないか」

 ユキヒョウが、柔らかな口調で場を和ませるように言った。


「そうだな……宿の中でくすぶってても、気が滅入るだけだしな」

 シマも同意するように頷く。

「酒も、少しなら飲ませても大丈夫だと思うぞ。お前らもいるし……要は、重圧を与えないことだ」


 そう言ってから、シマはちらりとエイラを見る。

「金はエイラからもらってくれ」


「了解」

 エイラは短く応じる。


「俺たちライアン隊も、明日は観光だな」

 ニールセンが肩を回しながら言い、ナトカイの方を見て続ける。

「いつまでも落ち込んでても仕方ねえぞ。」


「そうね、私も行くわ」

 ルドヴィカが穏やかに微笑む。

「色々と見て回りたいし、買い物もしたいもの。荷物持ちの男たちも……たくさんいるしね」


「俺たちを荷物持ち扱いかよ」

 すかさず、ライアン隊の団員が突っ込む。


 それに応えるように、酒場には声を押し殺した笑いが広がった。


 その少し離れた場所で、ロイドがリズに問うていた。

「公演についてだけど……何か手伝えることはあるかい?」


「大丈夫よ」

 リズは即座に首を振る。

「劇場関係者の方々が、全面的に手伝ってくれてるから」


「こっちが萎縮しちゃうくらい、甲斐甲斐しく世話をしてくれるの」

 メグが苦笑混じりに付け加える。


「それだけ、今回の公演に期待してくれてるのはありがたいんですけど……」

 ティアが言葉を濁すと


「ちょっとね? 度を越してるわ」

 メリンダが肩をすくめ、皆の笑いを誘った。


「照明とかの調整は、どうしてるの?」

 オスカーが実務的な視点で尋ねる。


「それも、劇場の人たちが全部やってくれるわ」

 ミーナが頷く。

「細かい打ち合わせもしてるし、問題はないわ」


「リハーサル中も、領軍の方々が警備についてくれてるし」

 サーシャが続ける。

「だから、シマたちは本当に何もすることはないわ」


 その言葉を聞き、エイラは穏やかに微笑んだ。

「写本作り、頑張ってね。子供たちの為に」


 それぞれが、それぞれの役目と、明日の予定を胸に刻み込む。

 観光に出る者、城へ向かう者、宿に残る者――道は分かれていくが、不思議と不安はなかった。


 アパパ宿の夜は、静かに、しかし確かに次の一日へと向かって進んでいく――かに思われた。

 だが、その静けさの片隅で、どうしても溶け込めずに固まっている者たちがいた。

 カウラス一家、そしてベン一家である。


 彼らは酒場の一角に身を寄せ合い、つい先ほどまで交わされていた会話の余韻に、ただ呆然と身を置いていた。聞いたこともないような違約金の金額――二千金貨。

その途方もない数字を、まるで日常の延長のように「肩代わりしてもいい」と言い放ったシャイン傭兵団。


 商売の世界をかじったことのある者ですら、生涯で目にするかどうか分からない金額だ。

それが、この場では淡々と話し合われていた。


 理解が追いつかない。

 カウラス一家も、ベン一家も、問いを挟むことすらできず、ただ黙って成り行きを見守るしかなかった。言葉を失うとは、こういうことを言うのだろう。


 一方で、その視線に気づいていないわけではなかった。


 昼間のカシウム城での出来事に続き、今夜の一件。

結果的に、またしても衝撃を与えてしまった――そんな自覚が、シマ、ロイド、オスカーの三人にはあった。


 視線が合う。

 誰からともなく、小さく苦笑いがこぼれた。


「……やっちまったな」

 言葉にせずとも、互いの胸中は似たようなものだった。


 シマは気を取り直すように、ノエルとリズの方へ視線を向ける。

「悪いが、ここから先……任せてもいいか?」


 多くを語らなくても、何を指しているのかは伝わった。


「ええ、大丈夫よ」

 ノエルは即座に頷く。

「後は、私たちが何とかするわ」


 リズもまた、にこりと柔らかな笑みを浮かべる。

「説明役なら、任せて。こういうの、嫌いじゃないから」


 その言葉に、シマたちは小さく息を吐き、肩の力を抜いた。


 やがて、それぞれが夜の宿路へと散っていく。

 シマ、ロイド、オスカー、そしてすでに眠りに落ちているアルは、カシウム城へ向かう。


 クリフとケイト、ユキヒョウは、宿が建ち並ぶ一角へと足を向けた。

 夜風を受けながら、短い距離を静かに歩いていく。


 キリングスは、妻と子供たちをアパパ宿に残し、自身は「ザムエルの宿」へ戻ることを選んだ。

 子供たちの寝顔を一度だけ見て、そっと扉を閉める姿が印象的だった。


 ルーカスは、妻のビルギットとマヌエラを伴い「アパーパ宿」へ戻っていく。


 その道中、シマはクリフたちに、静かにナトカイのことを話した。


 酒に溺れがちなこと。

 商人としての才と、精神的な脆さ。

 そして、今回の違約金騒動の裏にある事情。


 夜道を歩きながら語られるその話は、決して軽いものではなかったが、クリフ、キリングス、ルーカスも、口を挟まずに耳を傾けていた。


「……なるほどな」

 やがてクリフが、短くそう呟く。

 それ以上の言葉は必要なかった。


 それぞれが、それぞれの場所へ帰っていく。

こうしてアパパ宿の夜は、表向きの静けさとは裏腹に、多くの思いと余韻を抱えたまま、一日を終える。

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