003. 適応する体
ー新宿異空間第10級1番
通称、新宿ダンジョン。そこは、国内でも最大規模と推測されるダンジョンである。当然、内包する魔力濃度もとても高い。
その魔力濃度が、拓斗の全身を打ち付ける。拓斗の魔力適正はE級。その適正ダンジョンは異空間第1級の1階層程度である。ここは異空間第10級、約10倍の魔力がのしかかる。
拓斗はすぐに悪寒と冷や汗、吐き気を覚えた。立っていられないほどであり、地面にうずくまった。
幸いここは、異空間(ダンジョン入り口)すぐそばである。めったには魔物はやってこない。それでも通行人(来るかどうかわからないが)の邪魔にならないように、匍匐前進でゆっくりと異空間から離れる。10mほど離れたところで、回復体位をとった。
「ぜぇ まず・・・は、・・・なれる・・・とこからだ」
リングデバイスを時折確認しながら、意識を失ったり朦朧としたりしながら、過ごした。
途中、冒険者パーティーに声を掛けられ、運ばれそうになったが、虚勢をなんとかはって回復したように見せかけた。それからは休んでるだけに見えるように、寝袋を敷いて、休憩中を装った。
★☆★☆★
1日、2日と時が過ぎていく。
(すこし慣れてきたけど、このままじゃ改善の兆しがない)
拓斗は、意識を強く持ち、体の異変を無視するように努め始めた。
ダンジョンに入って7日。拓斗は、やっと動けるまでに自分をコントロールできるようになっていた。
:あ、起きてる。
bot:ゆっくりしていってね。
視聴者数:3
どうやら、視聴者が、この1週間にもわたる寝配信に居ついたようである。とんだ暇人リスナーだ。
「動けるようになったので、ダンジョンを探索します。」
:がんば
「ありがとうございます」
広げた野営装備をマジックバッグに片付け、背負う。長剣と短剣を携え、背筋を伸ばす。
視界が広がる。
新宿ダンジョン。それは、ダンジョンを超え、人間社会の喧騒から離れた別世界だった。地球では自然があふれるという表現があるが、それとは異なる。地球の自然界は、生物にあふれている、いやあふれすぎていると言っても過言ではない。この別世界は、細かな細部はそぎ落とされ、必要十分の植物が配置され、まるできれいな風景を構築したかのようだ。
実際、魔学に基づく調査研究では、ダンジョンに差はあれど、その基本は魔力の循環によってダンジョンが構築されていることが分かっている。つまり、地球のような生物による物質の循環で世界が構築されているのではなく、物質に宿る魔力が生物を生かし、生物は魔力を扱って物質を移動させているということである。
要するに、綺麗すぎる風景ということだった。
草は魔力の風でなびき、人が作ったであろう道が続く。ところどころに木が生え、魔物らしき影が通り過ぎる。視界の奥の方には、次のフィールドである森、山が見える。
拓斗は、一歩を踏み出す。足が地面を掴み、体が前に進む。2歩、3歩とゆっくりゆっくり進む。魔力の力場が拓斗の体を押し戻す。魔力適性が低い拓斗にとって、この濃く高い魔力を持つ空気は必然的に抵抗を持つ。歩みが遅いのはそのためであった。
「なれるところから」
拓斗は、異空間付近を散歩した。何度も何度も。
途中、ストレッチや筋トレ、素振りを行い、体を整えた。
食事は、レーションを少しだけ。水は口の中を湿らせる程度。
いつしか、異空間を通る冒険者に挨拶されるようになった。
そんな生活が1カ月ほど続いた。
★☆★☆★
:おは
「おはよう」
:おはよー
拓斗は、起きてきたリスナーに挨拶を返した。ここ最近の日課になっていた。視聴者数は相変わらず3人程度。時々、追加で冷やかしが来る程度である。
準備を終え、精神を統一する。
「よしっ 今日から本格的に探索します。」
:お ついに
:がんば
少ないコメントを横目に、拓斗は異空間から離れていく。魔力の抵抗も体の拒否反応も、いまでは慣れたものだ。
異空間から200mほどのところでスライムを見つけた。緑色だ。草を食べたあとらしい。そーっと近づいて、長剣で一突き。
切っ先は、魔核の横をスルリとすり抜け、スライムを倒した。
素早く、長剣を抜いてスライムの体液を飛ばす。
スライムごとき、なんてことはない。
:楽勝で草
「ちょっと剣が強いかも」
:いいやつ?
「200万はした あと魔導回路もつけてあるし」
:そこそこか
魔物素材で作られたオーダーメイド品ほどではないが、約一ヶ月にわたってダンジョンにいたことで、大分魔力が馴染んでるのかもしれない。
「この調子でどんどんいこう」
スライムの残骸は放置して(今は使いようがないし、素材を売るつもりもなかった)、探索を続ける。
「取り敢えず、食える魔物を倒さなきゃ」
ホーンラビットを探す。この新宿ダンジョンで出やすい魔物だ。他には、オオスズメ、ウルフ、ワームなどがいるという話だ。ホーンラビットはなかでも、食べやすい魔物として有名である。
:いないね
「異空間近くだからかも、もっと奥に行こう」
異空間からも、森(次のフィールド)からも遠ざかるようにして探索する。冒険者があまり来ないところまでくると、草は種類を変え、腰ほどの草がまばらに群生していた。
このフィールドにおける草は、なんの取柄もないただの草である。薬草、毒草、そんなものはないといった風に、何の害もない。だが、その魔力保持量は高く、魔力適正が低い拓斗にとっては吐き気を催すものである。
ーガサッ
聞きなれない音に、拓斗は身を固める。
ーカサカサ
:なんかいる?
ドローンに向かって、方向を示し頷く。様子を見ながら長剣を構える。
ーバサッ
腰丈の草をかき分けて、草原に影が拓斗に向かって一直線に飛び出してくる。
:うさぎ!
拓斗はゆっくり半身になり、体の芯をずらす。うさぎの額についた角が空を貫く。同時に、拓斗の右手にある長剣がうさぎの首を掬いあげる。
ホーンラビットは、魔力障壁を展開し、直剣に乗っかかるようにして飛び抜ける。
スライムのように一発とはいかなかったようだ。
ホーンラビットが反転し、拓斗が対峙する。再び、ホーンラビットが地を蹴る。
(今度は一点突破だ)
拓斗は、狙いを首筋に定め、直剣を突き刺す。直剣は魔力障壁を突き抜け、その首筋に切っ先が入る。そのまま、ホーンラビットの横腹を切り裂き、刃が抜けた。鮮血が舞う。
:GG
「ありがとう」
ホーンラビットは綺麗に着地できずに、地面を転がった。拓斗は、早歩きで向かい、首を落とした。血があふれ出る。
魔物はその特性上、魔核で魔力を蓄え制御する。そのため、地球上の動物の小脳にあたる部分に魔核があることが多い。心臓部には、生体を維持する心臓がある。魔物によっては、魔晶石という魔力を蓄えるだけの器官があり、魔核と一体にあったり、心臓近くにあったりする。
拓斗は、いささか雑になってしまった獲物を持ち上げ、見晴らしの良い草原エリアに戻ってきた。
新宿ダンジョン1階層の草原フィールドには水場がいくつかあるが、近場にはない。拓斗は、ここらで解体の準備を始めた。
とりあえず、ホーンラビットをさかさまに持ち上げて、血をしたらせる。ほどほどに血が落ち切ったところで、解体用のナイフで皮を剥ぐ。マジックバッグから出刃包丁、解体用まな板、折り畳みテーブルを出して、ホーンラビットの肉を丁寧に切り分けた。
頭部からは角を削りだし、後頭部から魔核を取り出す。
解体を終えたところで、不要な部位を草場の影に置いておく。冒険者としてはマナーが悪いが、地上に帰るつもりはないのだ。捨て置くしかない。マジックバッグの肥やしにしても、後々困るだけだ。
拓斗は、異空間まで戻ってきた。ダンジョンでの初のご飯タイムだ。
:めしめし
:ホーンラビットってうまいって聞いたことないけど
「低ランクの魔物は、魔力適応訓練食として重宝されてるけど、それだけだね」
バーナーを用意して、串に刺したホーンラビットの肉を焼く。
「いただきます」
:いったれ
:食レポはよ
ほぼ1か月振りの肉である。勢いよく頬張りついた。肉をかみしめる。不思議と拒否反応は出なかった。だが、肉がもつ魔力の膜が、拓斗の噛む力に抵抗する。
「硬い、肉が固いんじゃなくて、魔力が」
拓斗のもつ魔力適正では、まだホーンラビットの肉を容易に突破することができなかった。それでも、肉を噛みきり、飲み込む。
:どう?
「ん~ 血の味しかしない」
:草
拓斗はそれでも食べる。魔力適正を上げなければ、意味がないのだ。
その日は片づけて、そうそうに眠った。
魔力は巡る。魔力を受け付けなかった細胞に徐々に魔力が堆積していく。
少しずつ、拓斗の身は魔力に適応していった。




