湿原のかくれんぼ
緩やかな斜面の頂上は、水辺の植物が生い茂る湿原が広がっていた。
「あっ!すごくでっかい木が生えてるよ!
…んん?見たことないなぁ。あれ、なんていう木だろ?」
フウライは湿原に足を踏み入れると、乾いた中央の広場にたたずむ大きな木を指さした。
「フウライ、気を付けろ。」
その問いには答えず、ドラゴは険しい表情でフウライの後ろに目線を送る。
「え?何?なんで…」
フウライは聞き返す間もなく、服の裾をつい、と引かれた気がして後ろを振り向く。
「おにいちゃん!」
想像より下の方から可愛らしい声がして、再びフウライの服の裾が引かれた。
フウライが顔を下に向けると、そこには4,5歳の子供がちょこんと立っている。
さらに可愛らしい手はフウライの裾に伸びていた。
その子供の後ろには、同じくらいの子供が何人か控えている。
「ねえねえ、何してるの?」
フウライと目が合うと、にっこりと笑う。
「あ、僕たちはねぇ…」
その様子に緊張を解いたフウライがそういってかがもうとしたとき、ドラゴは二人をつなぐ鎖を引いた。
「おわっ、何?どうしたの?」
フウライはよろめきつつドラゴに近づき、子供とドラゴ、と交互に目線を移しながら、口をとがらせる。
「あまり近づきすぎるな。
…そもそも、こんなところに子供がいると思うか?」
渋い顔をしながら、フウライに顔を近づけてそう言った後、彼を隠すように立ちはだかる。
フウライははっとしながらドラゴの影に身を隠した。
「ねぇ…かくれんぼしようよ…。
宝石、探してるんでしょ。見つけたいでしょ。」
先ほどの可愛らしい様子とはがらりと変わり、裂けたように笑う口元、挑発しているかのような上目遣い。
「いいだろう。」
フウライが答えるより前に、ドラゴが答えると子供たちは嬉しそうに散っていった。
「か、かくれんぼで見つかるのかな?そんなことある?」
フウライは子供らしきものの言葉に疑問を投げかける。
「いずれにせよ、始末せねばならんからな。」
ドラゴはフン、と鼻を鳴らすとフウライに背を向けて乗るように促した。
子供のようなものはそれぞれ逃げた先で、とぷん、と湿原に消えていく。
「ひえっ。何あれ…」
フウライはその様子に目を丸くし、同時に肌を粟立てながらもドラゴの背に乗り込む。
子供のようなものが消えた湿原は、不気味な静けさだけが残っていた。
それまで吹いていた風もぴたりと止まっている。フウライの背中を嫌な汗が流れ落ちていく。
「待ち伏せするんだろう。足を引いて土の中に引きずり込むのだ。」
ドラゴはフウライに答えると、翼をゆっくり羽ばたかせた。
「つ、土の中。」
フウライは少し体をのけぞらせながら、恐ろし気な魔物にそれ以上の言葉を失った。
湿原とはいえ、人が歩けるぐらいには硬さもある。その中に引きずり込むとなると…
フウライは首を振り、それ以上考えるのをやめることにした。
「さあ、出てこい。」
ドラゴは子供のようなものが消えたあたりを、尻尾で叩きつける。
湿原の一部が盛り上がり、子供のような形の何かが転がり出てきた。
手のようなもので尻尾につかみかかろうとする前に、その尻尾の先がその体を貫く。
それは形を保つことができなくなったかのように崩れ去っていった。
「ドラゴ、なんか残ってる。」
崩れ去ったモノから出てきた黒い靄に気づいたフウライは、それを指さした。
「ああ。そうだな。だが、あれは後だ。」
ドラゴはそう言うと、次のモノへと羽ばたく。
「消えた場所、よく覚えてるね。僕全然覚えてないや。」
次から次へと始末していくドラゴに、フウライは強さより記憶力に感心していた。
「取りこぼすと面倒だからな。…あと一体だ。」
ドラゴの返答は記憶力の答えにはなっていないが、フウライは感心したようにうなづく。
最後の一体を始末すると、その黒い靄に今まで始末したモノの黒い靄がゆっくりと集まってきた。
黒い靄は大きな渦を作り、そのうち一点に集約されていく。
――そうして、姿を現したのは
巨大なガマガエルだ――
「うわ、すっごくでっかいカエルだね!」
人間型以外の魔物にはそこまで恐ろしさを感じていないらしいフウライが、それでも見たことのない大きさのカエルに目を丸くする。
「…クサっ。」
フウライは思わず手で顔の下半分を覆う。
ガマガエルの体にまとわりついた、ぬめぬめとした紫の粘液が異臭を放っている。
「あれ、毒かな?」
フウライが不安げにドラゴに問いかける。毒ならばあの粘液に触れてはまずいことになる。
「いや、臭いだけだ。だが、戦意は喪失するかもしれんな。」
ドラゴが言うと間を置かず、ガマガエルがその粘液をまとわりつかせた舌をベロリと勢いよく伸ばす。
その攻撃をふわりとよけると、勢いよく火を放った。
ガマガエルを覆う紫の粘液は、シュルリと固まっていき――
ころり、と紫の石が転げ落ちた。
「え、あれ?あれがそう?」
フウライは、あれだったら嫌だな、におうんだろうか…そんなことをかんがえながら、よく見ようと体をそちらに乗り出した。
「いや、あれではない。」
ドラゴは翼でフウライの視界を遮ると、ガマガエル本体を尻尾で下からたたき上げる。
空中に浮いたところで勢いよく火を放つと、ガマガエルは火の中で灰となって消えていき、同時に紫の石もぼぅっと影を残して消えていった。
「あの石、偽物だったんだ…。
あ、カエル、なんでたたき上げたの?そのまま火で燃やすのはダメなの?」
フウライは石が偽物だったことにほっとしつつも、カエルの始末方法に疑問を投げかける。
「あれは空中で攻撃しないと消えんのだ。湿原から何かしら得てるんだろう。
飛び上がるのを待つのも面倒だったからな。」
ドラゴはフウライを下ろすと、首を回して戦闘で緊張した体をほぐした。
「あんな魔物がいるなんて。世界は広いんだね…」
フウライは自分が知っている世界が平和だったことを思い知ったようだった。
「あれは、人間の欲や嫉妬が固まってできた魔物だ。
自分が得られなかったものを、他人が得るのが嫌なんだろう。
あれだけ大きかったということは…相当な人間がここで命を落としたということだ。
また生まれるだろうが、まぁまだ先だな。」
――人間のあさましさよ
ドラゴは先代の言葉を思い出しながら、そんな風に魔物を説明する。
「またそんな感じなんだね…」
フウライはそんなドラゴの言葉にうなだれる。
「一部の人間の話だ。フウライのような欲のないものだっているだろう。」
ドラゴは翼を広げながら弁解し、フウライの顔を覗き込む。
「僕もそこそこ欲はあるけど…。ありがと!」
ふふ、と笑うフウライは、ドラゴの気づかいに心が温まったのだった。
「さ、探しに行くぞ。」
気を取り直したらしいドラゴは、大きな木の方へと歩き出した。
「あ、そうだった。」
戦闘が終わったところで、紫の石のことが頭から飛んでしまっていたフウライは慌ててそのあとに続いたのだった。




