華都への誘いと、宝石職人
フウライは目の前に置かれた優しいはちみつとハーブの香りのする、温かいカップに手を添え、その中身にうつろな目を向けている。
よっぽど怖かったのね――
白ドラゴはその言葉を出すでもなく、安易にアンデッドに接近を許してしまったことを思い出しては臍を噛み、やはり目の前のカップに目を落とした。
「お待たせいたしました。」
屋敷の使用人が運んできたのは、香ばしい香りを立てるパンと白い湯気の立つ肉の赤ワイン煮。
温野菜のサラダも柔らかく煮込んであり、疲れた体のためによく考えられているようだった。
「わぁ!おいしそう!
お腹、空いてたんだよねぇ…」
フウライは置かれた料理をぐるりと見渡すと、目を輝かせる。
早速温野菜に取り掛かるフウライを見ると、
「お腹空いてただけだったのね…」
白ドラゴは小さな花の添えられた皿から果物をひとつぶ、優雅に手に取ると虚空を見ながら、そうつぶやいた。
「こんなの、食べたことないよ!」
フウライはスプーンですくった肉の柔らかさに驚き、目を見開く。
「時間をかけて煮込んでるものね。」
白ドラゴはふっと表情を緩めると、フウライに顔を向ける。
「うん、家ではさっと焼いたのばっかりだし…」
フウライはそういうと、肉を掬う手を止め、少しだけ表情を曇らせる。
家にいる年の近い姉のことを思い出したのだ。
いつかここを出て都会で暮らす、と言ってたっけ。
「みんな、どうしてるかな。」
フウライは自分でも気づかないうちに、口からそんな言葉が出てしまった。
「帰りたい?」
白ドラゴが問いかける。領主一家を見て家族が恋しくなっても仕方がないな、とも思っていたのだ。
「ううん、旅をつづけるよ。
多分、家にはもう戻らないんじゃないかな。
寄ることはあるかもしれないけど。」
フウライはそんな風にぽつぽつと話すと、改めて肉を掬い、口にいれるのだった。
「お待ちください!」
執事の声だ。なにやら、食堂の入り口が騒がしい。
フウライが目を向けると、小さな少女が満面の笑みをたたえながら、執事を振り切って駆け寄ってくる。
「お兄ちゃん!
助けてくれて、ありがとう!」
リボンたっぷりのドレスを着た小さな女の子は、フウライの横に来るときちんと淑女の礼を取る。
「あ、い、いや、えっと…
元気になってよかったね!」
フウライはあたふたと立ち上がると体勢を立て直し、ぺこりと頭を下げる。
「ふふ、そんなに慌ててはだめよ。」
母親が優雅に食堂に姿を現した。そのあとに領主が続く。
「ママ!」
少女はふわりとフウライに頭を下げると、母親の元へ急ぎ足で向かっていった。
「世話になった。
あなた方がいなければ、我々はこの世にいなかっただろう。」
領主は白ドラゴ、フウライの前に進み出ると頭を下げる。
「好きなだけこの屋敷に滞在していってくれ。
もちろん、きちんと礼もしよう。」
領主は執事に顔を向けると、執事は頭を下げつつ重そうな袋を差し出す。
「そ、そんなには。」
フウライは多すぎる報酬に、両手のひらを執事に向け、ひらひらと振った。
「当面の旅費がまかなえればいいです。
えと、このぐらいかな。」
フウライは執事もつ袋から、必要な旅費を取り出すと後ずさる。
白ドラゴはその旅費を受け取ると、いそいそとバッグにしまうのだった。
「欲がないんですなぁ。」
領主はいささかあきれたように言うと、破顔一笑する。
「ないわけじゃないんですけど…
過ぎたモノを持つと心が重いっていうか…」
フウライはそんなことをモゴモゴと口にする。
「心が重くなるのが欲がないってことよ。
欲はそんな思いすらかき消すんだから。」
白ドラゴが横から口をはさむ。領主はその言葉に深くうなづいた。
「ふうん…?」
わかったのかわからないのか、フウライは首をかしげたのだった。
―――
数日後、二人は町はずれにある食堂に揃って座っていた。
二人の前には職人風の女性が難しい顔をして、腕を組んでいる。
「それで、なんかの宝石が必要ってこと?」
白ドラゴはその女性に話を促す。
「そうなんです。どうしても必要なのです。」
華都からきた宝石職人と名乗るその女性は、手に入れなければならない宝石があるようだった。
「ここから少し離れた場所に、宝石の取れる山があるのです。
ですが、あいにく魔物が多くて。」
そこでしか取れない宝石を取ってきてほしい、という女性からの依頼だ。
「魔物…でも宝石かぁ…」
フウライはアンデッドを思い出したのか逡巡しているが、宝石を見たい気持ちも捨てられない。
「今度は大丈夫よ!」
白ドラゴは汚名返上の機会ととらえたのか、行く気満々である。
「成功した暁には、華都へご招待します。
一般人はなかなか入れないところなんですよ。」
女性はわが意を得たとばかりに畳みかける。
「それに…華都には帝都からの学者もよく来るんです。
彼らの願いを聞けば、帝都へ入れるかもしれません。」
少し声を落とし、二人にぐっと顔を近づける。
「帝都…!」
フウライは目を輝かせ、白ドラゴに顔を向ける。
その目を見て白ドラゴはゆっくりとうなづくのだった。




