迷宮の入口と、揺らめく影
錆の浮いた鉄の門扉の奥にある、朽ちかけた一軒家が迷宮の入り口だ。
フウライは執事から預かった鍵を使うと、重い音を立てて扉を開く。
「迷宮の入り口って家の中にあるんだねぇ…」
感心したようにフウライはつぶやく。
「てっきり、洞窟とかそういうところかと思ってたよ。」
首を傾げつつ、迷宮に関する自分の知識を動員する。
「普通はそうだろうな。」
赤い鱗を煌めかせたドラゴがうなずく。
「あ、ここが特別なんだね。」
フウライはフッとドラゴに顔を向けて、満面の笑みを浮かべる。
「もとは霊廟だ。もっと立派な建物だったはずだが…」
ドラゴは聞いていた記憶と違うその家の外観に、瞳を揺らした。
「どうしてたんだろ。壊れて建て替えたとか?」
フウライは朽ち果てた家のノブに恐る恐る手をかける。
ギィィ
扉は魔物があげる小さな悲鳴のような音をたてて開いた。
その奥から流れ出た、埃っぽく湿った空気が二人を包む。
「うわ、なんか変なにおいだね。」
フウライは顔をしかめ、まつわりついたものに身を震わせる。
「死の匂いがするな。
霊廟のではなく、もっと禍々しいものだ。」
ドラゴは顔をしかめ、吐き捨てるように言い放つ。
ギシ
手入れのされていない、不安定な床に足を置く。
見渡せばところどころ蜘蛛の巣の張った壁、窓からさす光には埃の舞う姿が映し出されている。
正面の壁に見えるのは、登り階段…なのだろう。
そして床に穿たれた四角い穴。だが、壁の階段から手前の方に下りる階段が続き、その穴に吸い込まれていた。
入ることはできる。出ることはできない。
階段の横の壁にはそんな言葉が殴り書きされていた。
「これ、どうやって降りるんだろ。
穴に落ちちゃうよね。それに、なんであっち側に階段があるんだろ?」
「普通の階段なら、こっち側から降りるよね?」
フウライはドラゴと階段を交互に見やりながら階段を指さす。
「だから迷宮なんだろう。」
なんでもない、ということのようにドラゴが答える。
「おおお!そうなんだ!
そっか、入り口から始まってるんだねぇ!」
フウライは目を見開くとそれを細め、やはりドラゴと階段を見る。
「上に続く階段があるけど、ここ平屋だったよねぇ?」
フウライは首をかしげる。
天井裏へ行くのかとも思ったが、そんなに高くもなかったはずだ。
「行ってみるか?」
少しからかうような口調でフウライの顔を覗き込むと、乗れとばかりに背中を向ける。
「大丈夫かなぁ。」
フウライは口ではそう言いつつも、ドラゴの背中に乗り込んだ。
ドラゴは控えめに翼を動かし、そのまま登り階段を通る。
数分後、入口の穴の前に、呆然と立つフウライと面白そうに笑うドラゴの姿があった。
「…?え?」
フウライは、体を右に、左に向けてあたりを確認する。
「登り階段は、入り口に戻る道なんだろうな。」
ドラゴは笑いながら階段の方にあごをしゃくった。
「なんだよぅ。
出ることもできるじゃんか。」
フウライは口をとがらせる。
「入ってもないということなんだろう。」
ドラゴはしたり顔でうなずいている。
「ちぇ。じゃあ下だね。」
フウライは暗い階段を覗き込みながらも、吹き上げる空気をよけるように顔をそむける。
「そうだな。」
ドラゴはフウライに背中を向けると、フウライはその背中に乗る。
ふわりと床を離れると、四角の暗闇に吸い込まれていった。
――しばらくして
二人は階段を下りた先に立っていた。
少し広めの石造りの廊下、ぼんやりとともる灯に照らされて左右には扉が揺らめいている。
「赦しの灰ってどこにあるんだろ。」
フウライはふ、と疑問を口にする。
「赦しの灰は、呪ったやつの灰だ。」
ドラゴが説明してくれるが、いかんせん赤だった。言葉が足りない。
「呪ったやつの灰…?
命をかけて呪うんだったよね?」
その言葉を受けて、混乱するフウライ。
ドラゴはため息を一つつくと、ふわりと白い毛皮をまとう。
「呪ったやつはそのままアンデッドになるのよ。
そのアンデッドを業火で燃やすか、安らぎの魔法をかけると灰になるってわけ。」
白ドラゴの丁寧な説明に、フウライも目を輝かせた。
「それが赦しの灰なんだね。」
フウライはなるほど、とうなずきながら腕組みする。
「業火か安らぎの魔法だから、武器を使う冒険者では無理ね。
逆にアンデッドに攻撃されて死ぬとアンデッドになるのよねえ。」
白ドラゴは面倒くさい、とばかりに両手を上げた。
「アンデッドがいっぱいいるってこと?
呪った本人をどうやって見分けるんだろ。」
「それに、冒険者たちはそのこと、知ってたのかな。」
フウライは眉尻を下げてドラゴに顔を向ける。
「本人以外のアンデッドは、燃やしても灰が残らないのよ。
冒険者たちは…知らなかったでしょうね。」
「…執事もね。」
白ドラゴは付け足すように言うと、首を振る。
おそらくは、迷宮に赦しの灰がある、ということだけ伝わっていたのだろう。
「花はどうやって持ってきたんだろ。」
フウライはさらに疑問を深める。
「協力者がいたんでしょうね。」
白ドラゴはその問いをあっさり解決すると
「行きましょうか。」
歩を先に進めつつ、赤い鱗をまとう。
その目の先には、人影がゆらめいているのが見える。
フウライは小走りでそのあとを追いかけた。




