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高校生活は異世界人に囲まれて  作者: 出水 彰
第3章 真景落語舞台
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【3章 11話】 ネズミの浄土

 真っ直ぐに続く住宅街。


 遠くには多田篠公園の森が見える。


 ゴールデンウィーク中に自称ミュージシャンを名乗るアルバイト店員が、金を盗んだコンビニが近くにある筈だが、彼はまだコンビニで働いているのだろうか。


 今はそんなどうでもいい奴の心配をしている場合ではない。


 多田篠公園まであと少しだ。これで好転してくれると助かるのだが。

 

 品川と出会った公園から、まだ敵の攻撃は受けていない。煌々と街灯が照り付ける一本道ならば、敵も迂闊に近づけないだろうと思ってこの道を選んだのは、正解だったかもしれない。


 あの店員がいないコンビニの横を通り過ぎ、家と家の間に空き地が見え始めた頃、異常が突然襲い掛かってきた。


 電灯が一斉に光を失い、辺り一面が暗闇と化した。正確には家のカーテン越しの光はあるのだが、急激な暗転に目が追い付かない。


「来たぞ!」


 俺は叫びながら右隣を歩いていた安長の手を掴む。それと同時に左手をザラザラとした動物の手のような何かに捕まれた。


 咄嗟にその手を払いのけた瞬間、暗闇が消し飛び、眩い光と共に想像もしていなかった光景が目の前に広がった。


 臼と杵で餅をつく巨大なネズミ。その奥には古風で豪華な日本家屋が立っている。日本家は高い生垣に囲まれている。どうやら俺はネズミの家の庭にいるようだ。


 とても長い縁側の傍には砂利が敷き詰められ、縁側の奥は襖が締められている。その襖には水墨画が描かれている。

 そこには池から飛び跳ねる鯉や、空を飛ぶ無数の雀といった、動物たちの一瞬の輝きが躍動感を持って描かれている。


 どこからかコーンという、ししおどしの音が聞こえてくる。

 

 通常時ならば縁側にでも座って、ネズミの餅つきを眺めていたいところであるが、今はそんな場合じゃない。


「みんなは……、どうやら俺と安長だけがここへ連れて来られたようだな」


 このネズミの庭にいるのは、ネズミを除くと俺と安長だけである。浦島や品川の姿は無い。


「想像になりますが、私は予期せぬ客なのではないでしょうか。委員長さんに捕まれたから、私もここに来られたと思います」


「それはどういう……」


 安長は何かを知っているようだったので聞こうと思ったが、背後から足音が聞こえたので振り返ると、腰の曲がったお爺さんそこにはいた。


 お爺さんはニヤリと笑みを浮かべると、「にゃおーん」と叫んだ。


 その声に反応して、餅をついていたネズミは「猫が来た! 逃げろー!」と大声を出すと、襖の奥から慌ただしい足音と共に大量のネズミが這い出てきた。


 そこにいた全てのネズミ達は、散り散りに生垣の隙間から外に飛び出していく。

 ネズミが家屋の敷地の外に出るたびに、空間全体の灯りが徐々に薄くなっていき、遂には完全な暗闇へと変わった。


 呼吸音や葉が擦れる音、ししおどしの音がより鮮明に聞こえてくる。

 

 知らない物語だ。

 反射的に安長を握る手に力が入る。


「心配の必要はありませんよ。これは昔話『ネズミの浄土』です。

 善良なお爺さんはネズミの住処から贈り物を持ち帰り、それを見ていた欲張りなお爺さんはネズミの住処で猫の真似をしてネズミを追い出した。

 

 全てを持ち帰ろうとしますが、灯り消えてしまい帰り道が分からなくなる。

 そんな物語になります。ですから帰り道が分からないだけで、閉ざされた訳ではありません」


「この暗闇の中で帰り道を見つければいいのか。でもどうやって?」


「はい。暗闇であったとしても、水がある限り私の目は塞げません。ネズミさんには申し訳ありませんが、利用させてもらいます」


 突然に破裂音が響き渡る。

 

 今度は何だ!


 驚きのあまり身をすくめてしまうと、その背中を抱きかかえられ、耳元から安長の声が聞こえてくる。


「私に身を任せて、目を閉じてください。必ずここから委員長を連れ出します」


 背中に当たる柔らかい感触を味わいながら目を閉じると、川のせせらぎのような音が聞こえてくる。その音に耳を傾けていると、夢の中のような浮遊感を受ける。


「目を開けても大丈夫ですよ」


 安長に言われた通り目を開けると、そこは多田篠公園に続く住宅街だった。前方には浦島と品川の背中が見える。


「無事に戻れたようだな。ありがとう安長。助かったよ」


「いえいえ、私に出来ることをしただけですから」


 俺たちの声に気が付いたようで、浦島が振り返る。


「どこに行っていたんだ。心配したじゃないか」


「物語に引き込まれていたんだ。安長のおかげで簡単に戻って来られたから良かったものの、かなり危ない状況だった。

 これから更に敵の攻撃が激しくなると思う。悪いんだけどよろしく頼むよ」


 敵は直接殺せる物語で攻めてこなかった。それは俺とクラスメイトを分断させる目的か、それとも時間を稼ぐ為なのか、もしくは時間が掛かっても殺せれば良いという考えなのかは分からない。

 確実なのは数を打ってくる可能性が高い。


 俺1人での物語への対処は限界がある。

 

 だから絶対にクラスメイトの輪から離れないようにしないと。


 そして予想は的中した。

 多田篠公園に入るなり鬼婆に襲われ、大蛇と出会い、川に引きずり込まれそうになった。昔話と落語が代わる代わる襲い掛かってくる。


 どうにか1人の犠牲も無く回避し続けてはいるが、流石に俺の疲労はピークに近い。

 

 この現象を終わらせるのが先か、俺の体力が底をつくのが先か。


 そんな体力の無い俺に対する当てつけのように、季節感を完全に無視した猛吹雪に襲われる。

 1メートル先すら見えないほどの猛吹雪に視界を奪われる。夜ということもあり何も見えない。


「まずい! 安長! 浦島! 近くにいるか!」


 手を伸ばしても何も掴めないし、声を出しても帰ってこない。視界だけではなく聴覚さえも吹雪にかき消されているようだ。


 屈んで足元の雑草を引っこ抜き鼻に近づけると、新鮮な草の匂いがする


「ネズミの時とは違って、どこかに連れていかれた感じは無い。地面もさっきと同じ地面だと思う。動かずに待つか。それとも……、いや先に進もう。」


 あまりにも寒すぎる。俺の上着は半袖であり、肌に当たる雪がとにかく冷たく、ここで待っていても凍えて死んでしまう。


 それならば前進して少しでも吹雪が薄い場所を探すべきだ。


 俺は何度も多田篠公園に来ている。だから何となくだけど地図と物の配置は覚えている。真っ直ぐに進んでも障害となりそうな物といえば、木ぐらいの筈だ。

 手を前に出してすり足で進めば回避できるだろう。

 

 この雪が物語由来のものか、人為的な物なのかは分からないけど、手間のかかることをする。


 俺を殺す方法が直接では無く、物語で殺そうとするのは敵の矜持なのだろう。プライドの高さがうかがえる。


 敵の分析をしながら歩いていると、手が壁を捉えた。両手で壁を触り、体を近づける。その壁のおかげで吹雪が少しだけマシだ。視界も先程よりも良くなった。


「こんな場所に壁なんてあったか? 道を間違えたか?」


 壁に沿って歩くとドアノブのような物を発見した。


 ドアノブに手を掛けて力を入れると、すんなりとそれは回り、扉が開いて暖かい空気と炊き立ての米の匂いが漏れ出してきた。

 

 扉の向こう側を覗き込むと、そこは家のようである。玄関から続く廊下は明るく、その先には部屋が見える。

 外にいても寒いので、取りあえず家に入って扉を閉める。暖かい。

 

「ケイの家じゃないし、こんな場所に家なんかあったかな?」


 状況的に考えると物語を再現させる為に用意した家だろう。どの話かは分からないけど、長居はしない方が賢明だ。


 そう思い振り返って扉を開けようとするが、どうしても動かない。


「しまった……。はめられた」


 まんまと敵の罠にかかってしまった。


「どうしようか。先に進むか救助を待つか」


 次にすべき行動を考えていると、奥の部屋から若い女性が顔を出した。知らない女性だ。


「あら? 君はこの家の人? それとも私と同じように出られなくなったの?」


 女性は弱いカールがかかった茶髪で、ノースリーブのトップスを着て、デニムのスキニーパンツをはいている。そこらにいる普通の女性に見える。


「いえ、この家の人ではありません。ここはどこです?」


「私にも分からないの。公園を散歩していたら吹雪に襲われたの。びっくりしてこの家に入ったのだけど中からは開かない。次に誰かが入ってきたらドアが開くから、出られると思ったんだけど。

 閉めちゃったみたいね」


「すみません」


「仕方が無いわ。そこで立っていても疲れるでしょ。中に入って次の人が入ってくるまで、ゆっくりしていたら?」


 女性は柔和な笑顔を見せて手招きをする。


 一見すると巻き込まれただけの普通の女性に見える。だがおかしな点がある。女性は靴を履いていないのに、玄関には靴が無い。


 好意的に解釈すると入り口は別にあるとも考えられるが、そんな優しい状況ではないだろう。

 どちらにしてもこの女性と話さないことには、何も前に進まない。


 虎穴に入らずんば、というやつだ。覚悟を決めるしかない。


「では失礼します」


 俺は靴を履いたまま、廊下に足を踏み入れた。

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