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高校生活は異世界人に囲まれて  作者: 出水 彰
第3章 真景落語舞台
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【3章 12話】 鰍沢

 廊下を抜けて部屋の中に入ってみると、意外にも生活感はそこかしこにあった。


 テーブルに置かれたスナック菓子の袋はセロハンテープで封がされ、ソファーの上には数着のシャツがたたまれて積まれている。

 キッチンの水切りには皿が2枚とコップが1個置かれている。


 他にも調味料が満タンでは無かったり、ゴミ袋に空のペットボトルが入っていたりと、罠に嵌める為に緊急で作ったとは思えない光景があった。


 部屋はここだけではなくもう1部屋あるようだが、下まで届く長いカーテンに阻まれて中は見えない。


「私の家じゃないけど、ソファーで座っていたら? 立っているのは疲れるでしょ」


 女性はソファーの背もたれを数回叩き、俺に座れと言う合図を送るとキッチンの方へ向かっていく。その先にはコンロがあり、その上に鍋が置かれている。

 

 俺はソファーには座らずその女性を観察する。女性の背中で良くは見えないけど、コンロのスイッチを何度も押しているようだ。火が付かないのだろう。

 

 女性は諦めたのか、スイッチを押すのを止めてじっとコンロを見ている。少してから俺の方へ振り返る。


「ねえ、10円玉を持っていない?」


「10円玉ですか」と財布をポケットから抜いて中を見る。


「ありますよ。何に使うんですか?」


「ちょっとね。悪いけど借りても良いかな?」と女性は近づいてくるので、「どうぞ」と10円玉を指でつまんで差し出した。

 女性はその10円玉を掴むと、再びキッチンに戻った。

 

 やはり女性の背中で何をしているのか見えないけど、今度は火をつけることに成功したようだ。


「勝手に人の家の物を使うのは気が引けるんだけど、大した材料じゃないから許されるよね」


 女性はそう言いながら壁にかかっていた緑色のお玉を取ると、鍋の中をかき混ぜる。それが2分ほど続いた後、女性は水切りからコップを取り出し、鍋で煮詰めていた液体を注ぎ込んだ。


「外は寒かったでしょ。玉子酒よ。飲んだら温まるわ」


 女性はコップを持って俺の方へ少し大回りをして向かってきた。そしてカーテンを背にして止まると、コップを俺に差し出した。


「さあ、飲んで。玉子酒よ」


 女性は口角を上げた.


 やはりおかしい。女性は1口も味見をした様子が無い。

 見ず知らずの相手に味見もせずに料理を出すものだろうか?


 吹雪の中、入った家で玉子酒を振る舞われる。これは……、記憶にある!


「結構です。『鰍沢』ですよね。あなたは俺に『鰍沢』を仕掛けてきているのですよね」


 女性の眉がピクリと動いた。


「何を言っているのかしら。冗談は良いから飲みなさい。人の好意には報いるものよ」


「好意であるならば受け取ります。これは悪意です」


「御託は良いから飲みなさい。心配ないわ」


 女性は玉子酒が入ったコップを少しずつ近づけてくる。その手を押し返そうとするが、女性の力が想像以上に強く、じりじりと距離を縮められる。


「飲みませんよ」


「大丈夫よ。何も悪い物は入っていない」


「それならあなたが飲んでください」


 女性は突然に力を弱めて後ろに下がるから、押していた力の行き場を失い、その場に倒れてしまった。

 女性は俺に視線を合わせながら歩き出し、隣の部屋を仕切っているカーテンの前で止まった。


「それを待っていたの。ありがとう。それではこの玉子酒を頂くわ」


 女性は玉子酒を一気に飲み干す。

 

 しまった! 


 敵の狙いは俺に玉子酒を飲ませることでは無い。俺から飲めと言う言葉を引き出したかった。


 『鰍沢』とは落語である。

 旅人は吹雪で道に迷い、山の中に建つ1軒の家を見つける。

 その家には夫の帰りを待つ美女がいた。旅人は吹雪が去るまで泊めてくれないかと頼むと、その美女は快く承諾した。そして旅人は玉子酒を振る舞われるのだが、そこには毒が入っていた。美女の目的は旅人を殺して有り金を奪うことだった。


 毒を眠気だと勘違いした旅人は寝床で眠る。その間に美女は家を空ける。入れ違いに亭主が帰ってきて、玉子酒の残りを食べてしまう。

 苦しみ悶える亭主のもとに、美女が帰ってきて事情を説明する。

 旅人はことの次第を理解してなんとか家から脱出する。


 この噺では、初めに玉子酒を飲んだ旅人は助かる。つまりは目の前の女性は旅人役になろうとしたのだ。

 

 立ち上がって手を伸ばすが遅すぎた。

 女性は勝ち誇った表情で後ろに倒れると、カーテンがヒラリと揺れた。その先には布団が敷かれていた。

 

「しまった」


 だが逆に考えると俺は美女の役になった。それならばこの家から出られる。

 急いで玄関に行きドアを押すと、嘘のようにすんなりと開いた。外の吹雪は弱くなっている。出ても良いものなのだろうか。まだ『鰍沢』は終わっていない。


 ここで終わらせないと大切な場面で再開されて、手の下しようが無くなるのではないか。


 どうするか。取りあえずこの場から逃げるか。


 『鰍沢』の対処に悩んでいると、吹雪の中に人影が見える。その方向から「委員長! どこにいる!」という浦島の声が聞こえて来た。


 良かった。浦島は無事だ。


 今は『鰍沢』という不安材料はあるけど、一旦合流して作戦を立てるべきだな。

 

「こっちだ」


 声のする方へ走っていくと、人影が2人に増えた。だが3人に増えることは無く、浦島と品川に合流した。


「無事だったか。あれ? 委員長は1人か?」


「ああ1人だ。それよりも安長の姿が見えないけど」


「安長は委員長を探して先に行ってしまった。合流していないのなら、委員長の次は安長が迷子か。一難去ってまた一難だ」


「そうだな……」

 

 俺と入れ替わるように安長がいなくなった。嫌な予感がする。


「一緒に来てくれ。怪しい家を見つけたんだ」


 浦島と品川を連れて、『鰍沢』の舞台になっている家の前に戻ってきた。ドアノブを回すと簡単に扉が開く。


 中を覗き込むと、旅人役になった女性が眠る部屋に入ろうとすると安長の姿があった。


「待て! 安長」


 安長を止めようと家に体を入れた瞬間、扉は俺を押し込むように勢いよく閉じ、その力に負けて転ばされた。


「しまった」


 中から扉を開けようにもビクともしないし、どうやら外からも同様のようだ。外から扉を叩く音だけが聞こえてくる。


「委員長さんとやっと会えましたが、良くない状況のようですね」


「とんでもなく悪い。実は……」


 安長に何が起こっているのか、そして『鰍沢』について説明する。


「分かりました。私達はここに閉じ込められた。残る役は夫婦ということですね。フフフ、委員長と夫婦ですか。少し恥ずかしいですが、ワクワクしてしまいます」


 安長は嬉しそうに笑っている。


「そんな場合じゃない。なんとかしてここを脱出する方法を探さないと。ここ以外に出口が無いか探してみるか」


「それならば既に済ませています。ここ以外に3か所の出口があります。私tと委員長が入った扉がそれぞれ2か所、もう1か所は女性が寝ている部屋にありますが。残念ながら中から開けられないようです」


「出られないとなると、ここで助けを待つしかないのか」


「他にもここを出る方法があります。委員長さんも分かっていますよね」


「だめだ。それは出来ない」


「問題ありません。私が夫役になり玉子酒を飲めば、委員長さんは妻役となりここから出られます。

私にとって死は怖いものではありません。私にとっての死は休眠期間ですから。仮に失敗したとしても、何百年後かに生まれ変わります」


「そうだとしても、俺は割り切れない」


「私は委員長さんを守りたい。だから私が委員長を外に出します。敵が用意した部屋で、外との連絡手段が無い状況で留まるのは危険です」


「それでも何かがある筈だ」


「委員長さん。年長者として言わせてもらいますね。あなたの役割を全うしなさい。私が慕うあなたならば、きっと困難を乗り越えらます」


 俺には役割がある。ここで座して敵が見逃してくれるのを待つことでは無い。前に進み、敵を乗り越えることだ。

 分かっているけど……。


 安長は両手で俺の手を包み込むようにして握る。


「私はあなたを信じます」


 安長の暖かさが手を通して伝わってくる。それはまるで俺の全てを肯定し、そして背中を押してくれるような温かさがある。

 決断する勇気が湧いてくる。


「悪い。頼むよ」


「承りました」


 安長は微笑みながら手を放し、腕をキッチンの方に伸ばすと、鍋の中から黄色の球体が浮かび上がる。その球体は俺達の方へ向かってきて、安長の手の上で静止した。

 

「玉子酒です。私が飲んだらすぐにここを出て、ケイさんの家に向かってください」


「分かった」


「よろしくお願いしますね」


「最後に聞いても良いか。どうして俺を慕ってくれているんだ。何かをした記憶が無いんだけど」


「過去に私と委員長は会っています」


「またそれか。阿字ヶ峰にも言われたよ。何があったんだ?」


「フフフ、そうですね。またお会いした時、記憶があればお話をしましょう」


 安長はそう言うと、空中に浮かぶ玉子酒を口に入れた。


 そして安長はその場に倒れ込み、同時に入口の扉が開いた。

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