【3章 10話】 むかしむかしあるところに
落語の演目『粗忽長屋』が幕を引き、俺達に落語をけしかけた生き残りの1人に話を聞く為、誰も来ないであろう橋の下に引きずるまでは良かったのだが、まさかの人物に声を掛けられたので、質問どころではなくなった。
それは骸骨である。
「おい七べえ、おらがこの姿で踊ってやるから、それで金を稼げ」
足の先から頭の天辺まで、肉の一切れすら残っていない標本のような骸骨が俺に話しかけている。
『野晒し』の時も骸骨を相手にしたが、見た目は普通の人であった。どうやら最低限のリアリティすら放棄したようだ。
「七べえではありませんよ」
「何言ってやがる。俺が七べえの顔を見間違えるものか。どうせ貧乏をしているんだろ? だったら話は早いじゃねえか」
「考えさせてくれませんか」
「まあいいだろう。少し待ってやる」
骸骨はそう言うと腕を組むのだが、肉の無い体が慣れていないのか腕の固定に手間取っている。
骸骨が踊りで金を稼げと言うシチュエーション。状況はギャグのようであるが、全くもって笑えない。
何故ならそんな落語の噺は記憶に無いからだ。
これは良くない。今までは落語を知っていたからこそ、対策を考えられた。知らなければ後手に回るしかなくなる。
このまま骸骨の噺に乗れば、罠に飛び込むのと同義だ。そうなれば、また犠牲者が出るのは確実だ。
回避するには今の段階で噺から抜け出す必要がある。
どうしたものかと考えていると、安長が骸骨に話しかけた。
「少し話を聞いてもいいかしら?」
「なんだい、ねえちゃん。悪いが今は忙しいんだ」
「お手数はお掛けしません。短い質問です」
「それならいいだろう」
「ありがとうございます。あなたはどなたでしょうか?」
「俺か? 俺は六べえだ」
「では六べえさん。あなたが彼を七べえだと言う根拠はなんでしょうか?」
「根拠だって! さっき言った通りだ。この顔を間違える訳はねえ」
「顔ですか。それでしたら六べえさんの勘違いにも説明がつきますね。彼は七べえさんではありませんよ。ただの空似です。きっと『1年も経った』ので、間違えたのでしょう」
「間違えただって? この町で似た顔の奴がいるものか」
「それがいるのです。ほらここに」
安長は重要参考人として連れてきた、俺そっくりの男を突き出した。その顔は俺の顔とそっくりだ。
骸骨がその男の顔を覗き込むと、安長が俺の耳元で「逃げますよ」と囁いた。
大胆な作戦だが、今はこれに乗るしかない。
浦島に視線を送ると、浦島は指を3本立てた。その指の1本が曲げる。どうやらカウントダウンが始まったようだ。
2本目が、そして最後の1本が曲げられた瞬間、俺たち3人は骸骨と男を残して走り出した。
骸骨は顔を上げて手を伸ばし、足を前に出すが男に躓いて転んでしまった。骸骨に覆いかぶされた状態の男も身動きが取れないでいる。
今が絶好のチャンスだ。
わき目も振らずに走り、小さな公園にたどり着いた。息を切らせながら振り返ると、骸骨や男の姿はどこにもない。
どうやら逃げ切れたようだ。
だけど、とんでもなく疲れた。体力不足を実感する。クラスメイトは馬鹿みたいな身体能力を持っている。現に安長と浦島は一切の息の乱れも無い。
体力を付けないといけないと前から思っているけど、インドア派の俺には外で運動するのが辛い。
今は体力を回復させるべく、遠慮なくベンチに座らせてもらう。
「安長は骸骨が仕掛けてきた落語を知っていたのか?」
「落語としては知りません。だけど、昔話としてなら心当たりがありました」
「昔話か……、昔話だって!」
「はい。たぶんですけど、『おどるがいごつ』という昔話が元になっていると思われます」
「それはやり過ぎだろ。昔話まで出てこられたら、俺では対処のしようが無い。悪いけど安長に頼らせてもらうよ」
「うふふ、委員長に頼ってもらえるのは嬉しいです」
昔話だって? 話が違うじゃないか。
物語と呼ばれるもの全てが実現できる可能性であるのなら、俺の知識ではお手上げだ。
「浦島には物語のジャンルで詳しいものは無いのか?」
「残念だけど俺は人が残した書物は読まないからね。俺はこう見えて長生きだから、実際に遭遇した出来事と物語の内容に符合があれば助けられる。
そうでないなら俺は唐変木だ。この騒動でも何の役にも立てていない。申し訳ない」
「謝る必要は無いよ。俺だって安長みたいな超能力を使える訳ではない。適材適所だ」
とは口では言ったものの、何かあって欲しかった。
そもそも浦島はどのような立場なのだろう。名前は明らかに昔話『浦島太郎』なのだけど、昔話担当は安長だろう。宇宙から何人も来ているから、昔話出身者が複数人いても不思議ではないとは言え、全てを話してくれているとは思えない。
秘密の詮索は普通の人間でも問題があるのに、秘密の塊のクラスメイトではもっと問題になりそうだし、絶対に面倒ごとに巻き込まれる。
これ以上は俺の気力が持たない。
どうしたものかと考えながら公園の入り口の方に目線を送ると、そこにはクラスメイトである品川が横顔を見せて歩いていた。
品川は首を横に振ると俺たちに気が付いたようで、足を止めて手を振るとこちらに向かってきた。
「奇遇だねえ。こりゃあ珍しい並びだ。偶然の井戸端会議とは思えねえ。こんな場所で雁首揃えて何をしているんだい? 問題ごとかい?」
「そうなんだ。大問題だ」
俺は品川に落語が現実になっていることや、そのターゲットはどうやら俺であること、そしてフューレが敵の罠にかかったことを説明した。
「そうかい……。それは難儀だねえ。力の無いあたしでも何か助けられるのなら、この身を持ってその助けとしたい。
袖摺り合うも多生の縁だ。会ったのはきっと偶然じゃない」
「ありがとう。ところで品川は他のクラスメイトと連絡する手段を持っているか?」
「残念ながら、あたしも交流が無いものだから、それは叶わねえ。すまねえな、委員長」
「品川もか。仕方が無いな。徒歩で向かうか」
「向かうってどこに向かうんでえ」
「多田篠公園だよ。クラスメイトの1人が住んでいるんだ」
「そうかい。では早速向かおうか」
「その前に、少し待ってくれ。こんな緊迫した状況で言いにくいんだけど、トイレに行かせてくれないか。居酒屋で行こうと思ったんだけど襲われてしまって、機会を逃していた」
近くに薄汚れたトイレがある。電灯の明かりは木で遮られていて、備え付けの明滅を繰り返す蛍光灯に、知らない昆虫が体当たりをしている。
恐怖体験の前振りとしては十分に機能を果たしている。
普段ならば絶対に近づかない。だが今は行くしかない。
「承知した。だけど襲われているのなら用心が必要だ。後ろで見守らせてはくれないか」
「ありがたいんだけど、1人で行くよ。後ろに立たれると出るものも出なくなる。別に危機感が無いわけではないよ。
もし物語を再現して俺達をどうにかしたいのなら、その為の人員が必要になる。だからこの公園に怪しい誰かが入らないか監視していてくれ。
もし異変があれば……」
足元に落ちていた石を拾い上げて、品川に見せる。
「この石を投げるか、大声を出すよ。浦島と安長もここで見張っていてくれないか?」
浦島と安長は頷いた。
「品川もそれで良いか?」
「あたしは委員長に従うさ。異常事態では石橋を叩いて渡るぐらいが丁度良い。くれぐれも注意してくれると、こちらも安心が出来るってもんだ」
「分かっているよ。少しでも異変があれば声を出す。それよりも、もう限界だ。待っていてくれ」
俺は一刻も早くにトイレに行く為に全力で走った。




