【2.5章 2話】 戦いのゴングが鳴る
ミリアナさんに案内された店は、カフェというよりも町の喫茶店といった雰囲気の場所である。
コーヒーの香りが漂う店内には、使い込まれた木製で濃い茶色の机や椅子が並べられ、端には観葉植物が置かれている。
オレンジ色の電灯に照らされたそこは、俺が生まれるよりもずっと前で時間が止まっているような錯覚を起こさせる。
必要以上に沈み込む椅子の対面に座ったミリアナさんが頼んだのは、その名の通りカップルパフェであった。あまりにも堂々と言うので初めは気にならなかったけど、時間が経つにつれて、商品名の恥ずかしさに苦笑いが出る。
数分後、そのカップルパフェが机に置かれたときの衝撃たるや、手に持っていたコップを落としそうになったほどだ。
カップルカフェは顔ほどの大きさのある透明の器に盛られている。
底にはバニラアイスが敷かれ、その上にはクリームと様々な果物と並々に盛られている。これを普通のカップルが食べきれるのだろうか。
俺は不可能であるが、美味しそうではある。
パフェがミリアナさんの顔が完全に隠す。姿勢を正してパフェの向こう側に見えるミリアナさんは、舌なめずりをしていた。
「これ、1人で食べきれるのか?」
「この程度であれば造作もありません。しかし、相山様をただ待たせるのは申し訳ありませんので、相山様もお食べになってください」
「ミリアナさんが食べたくて注文した物です。俺は遠慮しておきます」
「私は食の探究者として、食べられさえすれば問題ありません。それに2人で食べたほうが美味しいと思いますので」
ミリアナさんがスプーンを差し出してきたので、俺はそれを受け取った。
「ではお言葉に甘えて、いただきます」
「はい。アイスが溶けてしまう前に、いただきましょうか」
ミリアナさんが1口目に手を出したので、俺も後に続いて食べ始めた。
食べ始めて10分ほど経った。
気持ち悪い……。もう食えない……。
ミリアナさんは超ハイスペースだ。つられてしまった。
クリームやアイスは想像していたよりもずっと胃を圧迫し、果物という固形物も合わさり既に立つのも辛いほどに腹がいっぱいだ。
晩御飯を食べられそうにない。
苦しんでいる俺の前ではミリアナさんが、美しい姿勢と食べ方でパフェを減らしている。ミリアナさんの凄いところはまさにこの美しさにある。
傍で見ていても大食いの汚さを一切感じない。その優雅な姿は見ていても飽きないから、俺はミリアナさんの食事風景を眺めている。
パフェが8割ほど減った時、来店を知らせる鐘の音が聞こえてきた。
視線を上げて入口を見ると、そこには丸々と太った燕尾服を着た男が立っていた。その男は俺の方を見て口角を上げると、切り揃えられた口ひげを触りながら歩いてくる。
そして燕尾服の男は俺たちの机の前に立つと、ミリアナさんを見下ろした。
「これはこれは、ミリアナさんではありませんか。探しましたよ。フフッ、清白クイーンと呼んだ方がお好みかな」
ミリアナの動きが止まった。
というか誰だ? 嫌な予感しかしないんだけど……。
「デート、を邪魔しましたかな。フフッ、清白クイーンにもそのような相手がいたとは驚きです。我々から逃げ回っている間に、恋に現を抜かしていたとはね。フフッ」
「私に何か用ですか? 【ペンギン伯爵】」
え! 清白クイーン? ペンギン伯爵? 何が始まったんだ?
いつの間にか店内の全ての視線がこちらに向いている。その視線は一様に変な人を見るものではなく、興奮と共に固唾をのんでいるといった風だ。
俺だけわかってないの? 誰か説明してくれ。
「簡単な話ですよ。我々の世界を荒らすだけ荒らして、その姿を消した。あなたには迷惑をしているのですよ」
「それはあなたが抱く自尊心の問題です。私には興味がありません」
「だけど始めたのなら終わらせる必要がある。恋によって一線を退いた。そう吹聴して終わらせても、こちらとしても問題は無いのです」
「彼は私の友人です。そのような関係ではありません」
「人はより強烈なものを真実とする。友人と恋人、どちらを人々は受け取るでしょうかねえ。フフッ」
「彼を巻き込むことは許しません」
「ではあなたがすべきことを何ですか。座して1人でパフェを食べることですか」
ミリアナさんは俺を一瞥した後、黙ってペンギン伯爵を見上げた。その目は先程までの優しさは消え、殺意のような鋭いものへと変わっていた。
とてもではないが、俺が口出しをできる状況ではない。
何が起ころうとしているんだ。リアナに連絡を取った方が良いのか?
俺は携帯電話を握りしめて、ミリアナさんのじっと見る。
「いいでしょう。私が蒔いた種と言うのなら、私が全てを燃やし尽くしてあげましょう。ペンギン伯爵。あなたに、いやあなた達に【フードバトル】を申し込みます」
「よろしい!! フフッ、面白くなってきました」
ペンギン伯爵は満面の笑みで何度も両手を叩く。
フードバトルはテレビで見たことがある。単純に食べ物を沢山食べた者が勝つという競技だ。
「その勝気な態度。フフッ、それでこそ清白クイーンです。では我々フートバトル四天王全員に勝負を申し込むと判断しても、よろしいでしょうか」
「ええ。これ以上、探りを入れられるのは迷惑だから終わらせる」
「それは本当に素晴らしい。幸運にもフートバトル四天王の全員がこの町に集結しております。フフッ、幸運です」
「あなたが噂を広めたのでしょ。私がこの町にいると」
「過程などはどうでもいいのです。重要なのは結果。四天王が全員この町にいるという結果。もっとも、たとえ四天王が集まっていたとしても、私があなたを倒してしまうのですがね。フフッ」
「あなた程度が大きく出たわね。妄想と現実の区別もついていないのね」
「弱者の現実は常に辛い方になるものです。
私があなたの戦意を丸のみにして差し上げますよ。フフッ、ではあなたが挑戦者であるのなら、ルールは我々が決めさせてもらいます。よろしいかな?」
「問題はありません。後で自分に不利な状況であったと、騒がれても面倒ですから」
「言葉を吐くのは得意のようだ。フードバトルのルールを言います。時間は……、面倒なので1時間後でどうでしょうか?」
「問題ありません」
「フフッ、では1時間後。形式は大食い30分、食材はピザ、そして場所はイタリア料理店【ピッツァサルーテ】。いかがでしょうか?」
「その条件で受けます」
「フフッ、挑戦者の物言いとは思えませんが結果が全てです。あなたの苦しむ顔が今から楽しみです。では、1時間後にお会いしましょう」
ペンギン伯爵は口ひげを撫でると店を出ていった。ミリアナに喧嘩を売るためだけに、入店したようだ。
それよりもだ。
「話を聞かせてもらえませんか。サッパリです。ミリアナさんは清白クイーンと呼ばれていましたけど、あれは何ですか」
「巻き込んでしまい、申し訳ありません。フードバトルはご存じでしょうか」
「概要だけなら」
「私はフードバトルの競技者なのです。先程のペンギン伯爵はフードバトル四天王の一角です。残りの3人は【星洞町の8本ナイフ 聡】、【アッパー敬】、そして【ブラックホール 粕谷武史】と呼ばれ、全員がフードバトル界の中で知らぬものがいない程の強者です」
まずいぞ。話についていけない。
「えっと、ミリアナさんはフードバトルに頻繁に出場されているのですか?」
「はい。実はリアナ様の侍女としてこの星に来たものの、リアナ様が登校している間、私は暇なのです。リアナ様はご自分の事はご自分でなされる方ですから。
そこで暇をつぶすために、小さなフードバトルに数多く参加しておりました」
フードバトルは数多く開催されるほど、ポピュラーな競技のようだ。初めて知った。
「ミリアナさんはフードバトルで強いんですね」
「全戦全勝。いつしか私に【清白クイーン】という二つ名が付けられました。フードバトルでの二つ名は、強者にのみ許された特権。
私のもとに雑誌やテレビの取材依頼が来るようになったのですが、私はあくまでもリアナ様の従者。目立つ訳にはいきません。
ですから私はフードバトルからは引退しました。
そのつもりでしたが、一度付いてしまった二つ名からは、逃げられなかったようです。リアナ様に何と説明したらいいのか。
フードバトルに出ていると、リアナ様にはお伝えしていないのです」
リアナが話に出てから、ミリアナさんのパフェを食べるペースが落ちている。伝えるべきことを伝えなかったことで気が重くなる気持ちは、とても良くわかる。
それよりもフードバトルを前にして、パフェは食べきるつもりなのだろうか。
「リアナは良い人です。きっと許してくれますよ。それでも何かあれば、俺が間に立ちます。どうせなので今から聞いてみますか。心残りがあれば勝てません」
俺はミリアナさんの返事を聞かず、リアナに連絡を入れた。フードバトルに付き合うのは面倒なので、リアナに押し付けてやろうと思ったからだ。
だがそれを見透かされていたのか、リアナの返答は『私はプライベートまで縛るつもりはありません。何かしていると気が付いていましたし。だけど心配なので、今回の件は委員長が見てあげてくれないかしら』だった。
逃げられなくなった。




