【2.5章 1話】 宇宙の始まり
《リアナの姉弟喧嘩 翌日》
俺は当たり前のように学校へ行き、授業に出席した。
夏休みの宿題について説明をしていた気がするけど、ほとんど寝ていたので聞いていない。
仕方がないだろ。
解散したのは今日の早朝である。睡眠時間は約1時間、元気に授業を受けろというのは、人間である俺の弱さをなめた発言だ。
昨日の騒動に巻き込まれた中で、今日出席していないのは【第2王女】の【リアナ】だけだ。他の普通ではない3人は平然と授業を受けていた。
1人は【人造人間】である【フューレ】、1人は【サイボーグ】の【ジアッゾ】、そして自分を【ダークマター】と言い張っている【キャレット】。
フューレ以外は体力の概念があるかも不明だ。本当にうらやましい。
だけど授業で寝続けた結果、今の俺は快調だ。
もう放課後なのでその力を授業に向けられないのは残念だ。お昼ごろには体力が回復していたような気はするが、本当に残念に思う。
というわけで俺は足取り軽く下校をしている。
フューレと別れて1人で夕食の食材を買うために、スーパーマーケットの【ミリストロセンター】に来ていた。
今日はどんな料理でも作れる気がする! 気力が満ち満ちている。
料理への情熱をたぎらせて生鮮食品のコーナーを歩いていると、真っ黒なドレスにショートヘアの女性が目についた。その背中には見覚えがあるが確信は無い。少しずつ近づいて横顔を盗み見る。
まるで変質者のような行動だが、そのおかげで誰かがわかった。
「ミリアナさん、でしたよね」
女性は振り返ると眉をわずかに上げた。
「あら? 相山様ではないですか。どうなさいましたか?」
【ミリアナ】さんはリアナの【侍女】である。昨日の姉弟喧嘩の時にお世話になった。
「買い物です。ミリアナさんも買い物のようですね」
ミリアナさんの買い物かごの中には、色とりどりの野菜が整然と並んでいる。
「はい、夕食の調達に伺いました」
「リアナの方はどうですか? 今日は学校に来ていませんでしたけど」
「体調に問題はありません。本日は弟君であるダリア様の後処理で動かれておりました」
問題があるとすれば精神面か。リアナは弟に殺意を向けられて、実際に殺されかけた。平常心ではないだろう。電話で愚痴でも聞いてやらないとな。
だけど今話を聞きたいのはミリアナさんだ。結局、ミリアナさんがどんな人物なのか知るだけの時間は無かった。だからミリアナさんに興味がある。
そう前向きに思えるのも、俺の元気が溢れているからだろう。いつもなら、面倒だから挨拶だけ済ませて帰っているところだ。
「買い物しながらで大丈夫なので、少し話しませんか」
「私とですか?」
「はい。そちらの世界が気になりますし、何よりもこうして会ったのは縁がある証拠です。親睦を深めましょう。荷物運びますよ」
まるで俺はナンパをしているようじゃないか。それに気が付いたら顔がほてり始める。勢いの恐ろしさを、身をもって体験する結果となってしまった。
俺の心情を知ってか、ミリアナさんは柔らかい笑みを見せると頭を恭しく下げた。
「承知しました。私でよければお付き合いさせていただきます」
俺とミリアナさんは横並びで、世間話を絡めた近況を話しながら歩く。
その話の中で知ったことだけど、どうやらリアナの弟のダリアは近々地球を離れる予定らしい。
これで当分の間、リアナ関係の厄介ごとは無いだろうとミリアナさんは言った。
この国に迷惑はかけ無いから安心してくれとも言われたけど、世界観が違い過ぎるので本当に安心しても大丈夫なのか疑問だ。
次があるのなら、ぜひ俺が見ていないところで解決してもらいたい。これ以上は勘弁してくれ。
「フューレ様とキャレット様がいらっしゃらないので、本国とのリアルタイムなやり取りが出来ないのは不便ではありましたが、どうにか無事に終わりました」
「そうですか。フューレとキャレットなら、頼めば力を貸しくれると思いますよ」
「それは恐れ多い。お2人とも、私どもからしたら天上のごとき方々ですから」
「フューレは英雄なんですね」
「はい。それはもう。私の国で知らない者がいないほどの英雄ですから」
「キャレットも有名なのなんですか」
「これは不確定な情報ですので真に受けないでいただきたいのですが、キャレット様の力と特性を見るに、私の国に伝わる神話に登場する神の可能性があります」
神!
また大物が出たな。確かに言われてみればキャレットがダークマターという宇宙の構成物質なのだとしたら、それはまさしく神と呼ばれる存在である。
キャレットはクラスに数人いる、訳が分からない存在の1人である。いつかは正体を知らなければならない。
だけど触らぬ神に祟りなしという言葉がある。3年もあるんだ。そのうちわかる時がくるだろう。
「神様と言われても話が大きすぎて対処のしようがない。フューレも併せて、俺は今まで通りに付き合っていきますよ」
こんな話をしている間に買い物を済ませて、俺は持参したマイバックに購入した野菜や食パンを押し込んだ。一方のミリアナさんは中ぐらいの大きさで透明のレジ袋を2つ、手から下げている。
「片方持ちましょうか?」
「心遣い感謝します。しかし問題ありません。きっと相山様よりも、私の方が力持ちですから」
ミリアナさんが微笑む。その表情を見ていると優しい気持ちになる、とても穏やかなものだ。
「それにあなたの優しさはクラスメイトのリアナ様に向けて下さい。私はあくまでも従者です」
「俺は第3太陽系出身者じゃないから、2人の違いはクラスメイトかそうでないかしかない。学校が終わればその違いも無くなります」
「相山様はお優しいですね。では、私が相山様のお力添えいただく必要が無いところをお見せします。こちらへ」
先行するミリアナはスーパーマーケットから退店すると、室外機の傍を通って人通りの少ない路地を進み、少し開けた空間で足を止めた。
周囲には俺とミリアナさん以外の気配すらない。
ミリアナさんが手を上げると、そこに普段フューレが物の出し入れをしているのに近い、白い円形の膜が浮かび上がる。
ミリアナさんはそこに購入した物を入れていき、両手が空になった。
「こういう訳です。フューレ様のものよりも、おそらくは低性能ではありますが、一時的な保管場所としては使用が出来ます」
「フューレの時も思いますけど、ずるいです」
「それでは相山様のお荷物も入れておきますか?」
「お言葉に甘えてお願いします」
「承知しました」
ミリアナさんは俺の買い物袋を掴み、光の膜の中に入れる。そして俺の目をじっと見る。
「お互いの両手が空いたことですし、お時間がありましたら私に付き合っていただけませんか」
荷物を運んでくれるんだ。快く付き合おう。それにしてもミリアナさんが俺に付き合わせる用事とは何だろう。見当がつかない。
「大丈夫ですよ。どこに行きます?」
「カフェです」
「カフェ、ですか」
「はい。実はそのカフェで以前から気になっているパフェがあるのですが。
残念にもカップル限定。リアナ様にお願いは出来ませんし、私にはこの国で知り合いはいません。ですので、相山様にお願いするしか方法がありません」
忘れていたけど、ミリアナさんは大食いだった。クラスメイト達ならパフェを食べているだけで騒動を引き寄せる可能性はあるが、ミリアナさんは大丈夫だろう。
カップル限定という単語には引っかかるけど、ミリアナさんがそう見られても良いのなら俺が反対する理由は無い。
「わかりました。それではお付き合いします」
「ありがとうございます」
ミリアナさんは深々と頭を下げた。
俺はこの時、大食いという分野を甘く見ていた。だから大食いという単語に付属しうるものを想像できなかった。




