【1章 最終話】 ケイはその時、夜空を見た
瞼を開けるとそこには文庫本のカバーと、夜空に輝く月があった。
背中には硬く冷たい感触があるけど、頭の下には柔らかく温かい物が敷かれている。
今の私は特殊スーツを装着しているので、首の高さが丁度良い。お腹辺りにはブレザーのような物が掛けられているので少し暖かい。スーツは意外と冷えるのよ。
視線を動かすと誰もいない公園が見える。見知った物の配置に、見知った歩道。多田篠公園だ。
どうやら私は多田篠公園のベンチで膝枕をされているようだ。
では誰が?
目の前の文庫本に手を伸ばして指で移動させると、その向こうのカッターシャツ姿の委員長と目が合った。
「委員長だったのね。きっしょ」
「ケイ、目を覚ましたか」
そう私に微笑みかける委員長を見ていると、何故か心が落ち着いてくる。
「どういう状況か説明をしてくれないかしら」
「どう説明したらいいのか」
委員長が口をへの字に曲げ、頭を掻いて必死に考えている。そんな困った表情はとても愛おしくて、ずっとでも見ていたくなる。
「警察の榊さんって覚えているか?」
「覚えているわ。ゴールデンウィークに出会った、何考えているのからない人でしょ」
「その榊さんとひと悶着あったんだけど、その間にケイの仲間は全員いなくなっていた」
「榊さんにでも捕まったの?」
「それは無い。榊さんと俺との間で約束が交わされたこともあって、ケイの仲間が逃げ出すのを見逃したらしい。
どこにいったのかも知らないらしい。
だから、気絶したケイをどこに連れていけば良いのかわからなかった。病院に預けるわけにはいかないだろ。だからこうして公園でケイの目が覚めるのを待っていたんだ。
ケイを置いていくとか酷いよな」
「個よりも全。それが私の国では当たり前。だから彼らは当然のことをしたまでよ。それよりも何時間もご苦労様」
「そうだな。足が痺れて来た」
「そう。それなら、もう少しこのままでいるわ」
委員長が苦笑いを浮かべている。
表情がころころと変わる楽しい人。委員長の性格も含めて私の世界では珍しいタイプの人。
委員長といる時は、マージエリイ夫人といる時と同じぐらい落ち着くし、マージエリイ夫人といる時より楽しいと感じる。
「どうして敵である私を、こうして友達みたいに扱ってくれるの」
「敵と思っていないからだよ」
「どうして? 殺し合いをしたのに」
「ケイにその気が無かったんだろ」
「それはどうかしらね」
「ケイが呼び出したUMAへの指示は、本当は声を出さなくても可能なんじゃないか。
指示を出すとき、髪が光っていた。だけど指示を出していない時も髪が光っていた。ケイは次の攻撃が危ないと、俺たちに知らせていたんじゃないか」
委員長の目敏さには驚かされる。それだけ私を見て、私を知る為に考えてくれたのだろう。
「ねえ、私に何か聞きたいことがあるんじゃないの」
私は委員長に何も話していない。委員長は私の歴史を何も知らない。だから私は彼に知ってほしいと考えてしまう。でも私は私のことを話してはいけない。
「事情があるんだろ。話したくなった時に聞かせてくれたらいい。それまで待つよ」
本当に卑怯な人。待つよりも追いかける方が力を使う。
それでも私は追いかけなければならない。だってこの世界は私の世界じゃない。私はイレギュラーな存在。そんな私を先に追いかけてきてくれたのは、委員長なのだから。
委員長が私を信じて追いかけてきてくれた。ゴールデンウィークの時からずっと。
「持たれるとか、気持ち悪い。だから話してあげる」
「ありがとう。その前に普通に座って話さないか。痺れてきたんだけど」
「頬が痛いのだけど」
「えっと、ケイの世界とこの世界は別物なのか?」
「そうよ。私の世界の委員長の世界はまったく違う歴史を歩んでいる。
異世界というやつね。少しだけ歴史を教えてあげるわ。
私の世界は4年前まで戦争をしていたの。その戦争で人類の70パーセントが死んだ。さすがの人類も馬鹿じゃない。惨事を見た人々は条約を交わしたの。
国内の治安維持を目的とした武器以外の全てを破棄して、武器の所持を制限した。
この条約のおかげで、世界から武器のほとんどが破棄された。でも最近まで戦争をしていた国同士よ。お互いを信用しなかった。
だけど兵器は作れない。そこで生み出されたのが、委員長たちと戦った生物よ。私たちはそれを、後代亜生物と呼んでいるの」
「なるほど。戦闘力を持っていても生物は兵器に含まれないか」
「もし他国に知られたとしても、私たちはあくまでも新種の生物を生み出しているという建前で逃げるつもりなの。
そしてある時、私の国で大事件が起きた。生物研究施設が爆発したの。更に問題だったのが、粉みじんになった研究施設には後代亜生物の死体、その欠片すら見つからない個体が幾つもいたの。
当然、国家を上げて秘密裏に探索された。その結果、後代亜生物の行き先が判明したの。委員長の住むこの世界よ」
「じゃあ俺たちがUMAと言っている生物は、ケイの世界で生み出された生物だったのか」
「かなりの数がようよ。
だからこの世界で後代亜生物を捕獲するための部隊が発足された。その中でもお粗末な部隊がこの世界の人に見つかって、メンインブラックなんて呼ばれて都市伝説になったわ」
「ケイの世界、なんとなくわかった。とんでもない世界なんだな」
「私はそうは思っていなかったわ。あなたと学生をするまでは」
知らなければ幸福である。
より良いものを見なければ、たとえ泥の中で生活していても幸福に感じる。もし私が入学していなければ、委員長と会っていなければ、今を幸せだと思い込んで使いつぶされていたかもしれない。
それでも私はあなたに会ってしまった。1人でいたくないと感じてしまった。
「ところで、ケイの髪が青くなっていたけど、あれは皆そうなのか?」
「髪ね……。私の名前はケイじゃないの。ケイはコードネームよ。私が国で呼ばれている名は被験者102号よ」
委員長の眉間にしわが寄った。もし委員長が私の名前に心を痛めてくれているのなら、嬉しく思う。
「後代亜生物にはブリーダーが必要なのよ。
だけどそう簡単に躾が出来る生物じゃない。
ある時、後代亜生物を操れる因子が人体の中に発見された。だけどその因子はごく稀にしか現れない。
そこで私達みたいな親のいない子供達の中から、因子を持つ者を集めて、その因子を強化する実験が行われた。
そして強化が成功した者の1人が私よ。髪が青くなるのは強化された特徴よ。私は普通の人間じゃないのよ。帰る場所もあそこしかない」
だから私はあの国に背く行動は取れない。たとえ委員長の善意が向けられたとしても、その手を取るわけにはいかない。
強化された子供が今後どうなるかわからない。迷惑は掛けられない。
「普通かどうかで言うと、ケイは普通だぞ」
「どこがよ」
「1年6組のクラスメイトを思い出してみろ。それが難しいなら今日戦った人を思い出せ。妖怪に幽霊に、全てを見透かそうとしてくる霊能者。
普通じゃないっていうのは、あんな人達のことだ。正直に言うと、どう付き合っていけば良いのかわからなさ過ぎて疲れる。ケイといる方が楽だよ」
委員長が渇いた笑いを出す。
そうか。委員長はあんな連中の先頭に立って、まとめないといけない。それはとんでもなく大変なことだと簡単に想像が出来る。
奴らをまとめる委員長の広い懐にとって、私はそれほど負担でもないのかもしれない。私を受け入れてくれるかもしれない。
「ねえ。委員長」
「どうした?」
「もし今後、私が私の世界から追われることがあったら助けてくれる?」
委員長は腕を組んで「そうだな」と言って考えているようだ。その実直さが私は嬉しい。真剣に考えてくれているのがわかるからだ。
「俺に未来視の力は無い。だから絶対とは言えない。
もし俺が死んでいたら、もしケイの声が届かなかったら、俺には何もできない。
だけどもしケイの声が俺に届いたのだとしたら、俺は助けに行く。俺1人じゃ無理でも、俺は普通じゃない知り合いが多い。
何とかするさ。それに、折角こうして知り合ったんだ。そんな相手が不幸になって欲しくない」
委員長ならそう言ってくれると思っていた。だけどこうして直接聞くのはとても心が躍る。
私は自分の人差し指を自分の唇に乗せると、その指を委員長の唇に重ねた。
「約束よ」
私は学校に入れて良かった。私に居場所が出来たのだから。
だから今はこの幸せを抱きしめて、星と月が煌めく夜空と、可愛らしく戸惑っている愛しい委員長を見ていたい。
きっと委員長は足が痺れて苦しいと思うけど、これは私が委員長にする初めてのわがままだ。




