【1章 10話】 交霊会!
全員が席に着いたところで、マージエリイ夫人が席を立って飲み物を取りに行った。
部屋の明かりは豆電球が1つ、カーテンの隙間から刺す一筋の光。部屋を観察しようにも光源が足りていない。
霊媒師は暗闇が好きなのだろうか。
席順としては、マージエリイ夫人から時計回りに俺、阿字ヶ峰、水引、鞍馬、フューレの順である。
俺とマージエリイ夫人とフューレの3人の席は肩が触れそうなほど近いが、他の3人は左右に余裕がある。
先程までは皆の顔は見えていなかったけど、少しずつではあるが目が慣れてきたので表情が分かる。楽しそうなフューレ、眉をひそめて周囲を観察している鞍馬、ピクリとも動かない水引、ソワソワと何かに怯えたような阿字ヶ峰だ。
「阿字ヶ峰、どうしたんだ?」
「どこに霊がいるかわからん。急に出てこられたらビックリするじゃろ」
呪いの人形として人々を脅かしている者の発言とは思えない。
「阿字ヶ峰と霊は同族みたいなものだろ。どうして怖いんだ?」
「気配が薄いからじゃ。お主だって突然声を掛けられたら怖いじゃろ。生者は生命力が気配を持つから察知できるんじゃが、死者にはそれが薄い。
幽霊が幽霊を驚かせることは滅多にないから、驚き慣れをしとらんのじゃ」
なるほど。阿字ヶ峰の弱点を1つ知った。
そんな無駄話をしていると、マージエリイ夫人がお盆を持って奥の部屋から顔を出した。
「お待たせ。紅茶よ。どうぞお飲みになって」
紅茶を全員に配り終えると、マージエリイ夫人は席について紅茶を1口飲んだ。
「紅茶は交霊会に欠かせない飲み物よ。参加者の心が落ち着くし、何よりも霊が好きな飲み物なの。
ほら、自分が好きな物と相手が好きな物が同じなら嬉しいでしょ。霊と良い関係を築くことが、質の高い交霊へと繋がるのよ」
マージエリイ夫人はこう言っているけど、敵かもしれない相手が出した飲み物に口を付けるのは抵抗がある。
だけどここ飲まないのは交霊会の参加者として失礼に当たるだろう。それにこの場には普通じゃない能力を持っているクラスメイト達がいる。俺に何かあってもどうにかしてくれるだろう。
紅茶を一飲みする。口の中に甘い味が広がる。紅茶を飲む習慣が無いから、品種の一切は分からない。
ただ1つ感じたのは、俺は紅茶が苦手だということだ。
体に一切の異常は感じないけど、気分が少しばかり落ち込んだ。
「交霊会を始める前に少しだけお話しましょう。だから皆について聞かせてくれないかしら。5人はお友達?」
「友達と言うかクラスメイトです」
「あら、そうだったのね。そちらのお嬢さんも?」
マージエリイ夫人は阿字ヶ峰を見る。
言われてみると、阿字ヶ峰が小さな女の子の姿をしている。俺は彼女が呪いの人形だと知っているから疑問は無いけど、知らなければ違和感でしかない。
これは失敗した。
「阿字ヶ峰は優秀なんです。飛び級というやつです」
「それは立派ね。何歳になの?」
本当は数百歳なのだけど、それは言えない。何歳と言えばいいのだろうと阿字ヶ峰を見ると、彼女は口を開いた。
「7歳じゃ。こいつらとは一回り下になるってうわああああぁ」
阿字ヶ峰がマージエリイ夫人の方を指差した。何事かとマージエリイ夫人の方を見ると、彼女の脇腹辺りに青白い手が一瞬だけ見えて机の下に消えていった。
マージエリイ夫人は両手で紅茶のカップを持っているので彼女の物でもない。勿論、フューレも紅茶を飲んでいるので、フューレの物でもない。
机の下を覗き込んでもそこには何もない。
「来たようね。今日は早かったわ」
マージエリイ夫人が紅茶をお盆の上に置くと立ち上がった。
「交霊会を始めようと思うのだけど、紅茶を下げても宜しいかしら?」
マージエリイ夫人は全員分のカップをお盆で回収すると、窓の近くの机の上に置いた。その流れでカーテンを完全に閉めると、外からの光の一切が遮断された。
そして透明なキャンドルスタンドの蝋燭に火を点けると、豆電球の明かりを消した。
マージエリイ夫人はキャンドルスタンドを手に持って近づいてくる。そのスタンドを机の上に置くと、自身の席に座った。
部屋の中の唯一の光源である蝋燭の火がユラユラと揺れている。
「それでは全員の気持ちを合わせるために、右手を右隣の人の手の甲に置いてください。意識を1つに合わせます」
俺が右手をマージエリイ夫人の手の甲に乗せると、左手の甲に小さな手を乗せられた感触を得た。阿字ヶ峰の手である。
全員が真面目にマージエリイ夫人に従う。そうして6人で円を作る形になった。
「それでは交霊会を始めます」
マージエリイ夫人が蝋燭の火を、息を吐いて吹き消すと部屋は完全に暗闇と化した。
何も見えない。誰かの呼吸の音が聞こえる。阿字ヶ峰が指を僅かに動かしたのも、マージエリイ夫人が手を少しだけ浮かせたのも感じる。
お香の甘い匂いも強力になったような気がする。視覚が閉ざされたことで、他の感覚の鋭くなっていくようだ。
頭が冴えていく。
「こんにちは。こんにちは。もし私たちの話を聞いてくれるのなら、砂の上の針を動かしてもらえませんか」
マージエリイ夫人の声に続いて、前方から物を擦る音が聞こえる。おそらく天井から吊るされていた石が、砂の上を動いているのだろう。
「合図がありました。それではフューレさん。何か質問をしてみて」
「えっと、探し物をしています。どこにあるか教えてくれませんか」
とんでもなく曖昧な質問だ。さすがにこれでは答えようが無いだろう。
だが再び前方から物が擦れる音が聞こえる。あの質問内容で答えられるのなら、結果によっては交霊会を信じざるを得ない。
その音に意識を集中させていると突然、
「ぎゃあああ! な、なんじゃ。なんなんじゃ。何かが部屋に入って来たああああ!」
叫びながら俺の左手を握る阿字ヶ峰。更には鞍馬が座る方向から椅子を引く音が聞こえる。
まずい!
「みんな落ち着け。今は交霊会中だ」
マージエリイ夫人が立ち上がったようで、俺の右手から彼女の手がすり抜けていく。
「あ、いなくなった。すまん。取り乱した」
騒ぎが収まり安どのため息をついていると火が灯った。先程まで暗闇を見ていたので、その弱々しい火がとても眩しく感じる。
火はマッチのものだった。火を点けたのはマージエリイ夫人だ。
「騒ぎになってしまったわね。ごめんなさい、阿字ヶ峰さんを驚かせてしまって。今回の交霊会はここで中止にするわ」
マージエリイ夫人は火を蝋燭に燃え移らせると、キャンドルスタンドを持って立ち上がり、カーテンを開けた。
部屋に飛び込んでくるとても暖かい太陽の光を浴びると、安心感が生まれた。どうやら俺は暗闇の中で僅かながらも不安を覚えていたようだ。
そうだ。交霊の結果はどうなったのか。
器に敷き詰められた砂を見ると、何やら図形のようなものが描かれている。その図形は不格好な台形と、その中にバツ印が描かれている。
何を示しているんだ?
図形の意味を考えていると、マージエリイ夫人が机の傍に立つ。そして砂に描かれた図形を見ると、一瞬だけ眉根を寄せて図形を手で消してしまった。
「ごめんなさい。結果が出なかったようね。普段なら文字が出るのだけど、霊も驚いたみたいね」
確かに阿字ヶ峰がこれ以上ない程に驚いていた。正直に言うと面白かった。
これで交霊会が終わるのは残念だが、いい経験をさせてもらった。
暗闇の中で一心に霊を信じて言葉を待つ。この神秘的とも思える儀式に参加すると、懐疑論者も何かを感じるかもしれない。
「こちらこそ、すみませんでした。もし霊が来なくなったら、教えてください。手伝えることがあるかもしれません」
阿字ヶ峰なら霊の1体でも2体でも呼べるだろう。
「そうね。もしそうなったらお願いしようかしら」
そう言ってマージエリイ夫人は微笑む。
「それでは俺達はこの辺で失礼します」
「あら、もう帰ってしまうのね。残念だわ。フューレさん。交霊会はどうだったかしら?」
「は、はい。とても楽しかったです。ありがとうございました」
フューレが頭を下げた。
俺たちの交霊会はこれにて終了した。
探し物も見つかった。




