【1章 1話】ツチノコ調査開始!
≪1年目 5月≫
入学式から早1か月、昨日でゴールデンウィークが終わり陰鬱な気分で俺は登校している。
ゴールデンウィーク中はクラスメイトに殆ど会わなかった。気楽な精神状態で羽を伸ばせたような気がする。
もっとも、ここ1か月で起こった面倒ごとは予想していたよりもずっと少なく、オリエンテーションで嫌がらせを指揮した者達の残党が、性懲りも無く手を変えて挑んできただけである。
どれもこれもが些事に過ぎず、語るのも面倒だ。
クラスメイトは一般的な学生と同様に真面目に授業を受けているけど、違う部分もある。
それは明確な友人グループが存在せず、部活に入る者は1人もいなかった。
かく言う俺も部活には入っていないし、友人と呼べるのは【人造人間】のフューレぐらいのものである。
多少の肩透かし感はあるものの、平和に3年間が過ごせるのなら願ったり叶ったりである。
これからも平和でありますようにと願いながら、通学路の傍にある神社の前を歩いていると、知らない女子2人組の口から気になるワードが飛び出した。
「ねえねえ、おばあちゃんが多田篠公園でツチノコを見たんだって!」
多田篠公園とは、高校から歩いて20分ほどの場所にあり、敷地面積が100ヘクタールを超える広さを持つ公園である。
家から近いこともあって、ゴールデンウィーク中には何度も足を運んだ。太く大きな原生林が幾本も立ち並ぶ姿は迫力があり、野生生物の姿を見かけることもあった。
この公園の町の喧騒から隔離されたような静けさが気に入っている。
「聞いたよ、私も聞いた! 私は弟から。それでどんなだったの?」
「すぐにいなくなったから、あんまり見られなかったらしいんだけど、姿はこれそのままだったらしいの」
そう言うと片方の女子が携帯電話をもう片方に見せた。
俺はその2人組の肩越しに画面を覗き見ると、ツチノコと言えばこの姿だろうと頭に浮かぶそれであった。
ツチノコとは頭や皮膚は蛇であるが、体の長さは蛇にしては短く、胴体は異様にふくらんでいる。一見すると蛇の亜種にも思えるが、その俊敏性と芋虫のような前進方法から、異形の生物として考えられている。
これらの情報は目撃情報しかなく、捕獲されて研究されているという話を聞かない。
ツチノコはいわゆる【UMA】と分類される未確認生物だ。
どこかの市町村では賞金が掛かられているとも聞く。
だがツチノコはあくまでもUMAである。
ネス湖のネッシーやネパールの獣人イエティ等と同じで、この星に未開の何かが残っていてほしいという、人類の夢と欲求が生み出した幻想なのであろう。
彼女たちはそんなツチノコで盛り上がっている。
俺はUMAに対して目を輝かせて話している2人組を横目に早歩きで学校に向かった。
「フューレ! ツチノコの話は聞いているか?」
教室に到着するなり鞄を肩から降ろすこともせずに、俺の後ろの席のフューレに聞いた。
すでに登校している幾人かのクラスメイトが、俺の声に反応して目線をこちらに向ける。
「おはよう委員長。今日は朝から元気だね」
「あ、ああ。おはよう」
はしゃぎ過ぎた自分が少し恥ずかしくなってきた。気を紛らわせる為に教室内を見渡すと、【サイボーグ】のジアッゾ、【宇宙の管理人】のタンラ、【能力者】の野条、【妖怪】の鞍馬、【呪いの人形】の阿字ヶ峰、【金持ち】のヘンリーの6人がそこにいた。苦笑いが自然と浮かぶ。
仕方が無いだろ。UMAなんてものはどうしようもなく冒険心をくすぐるものだ。
そのUMAが近所の公園で発見されたのだ。興奮せずにはいられない。
「委員長、おはよう」
背後から挨拶をされて、振り返って見るとそこにはケイの姿があった。
「おはよう。今日はいつもよりも早いな」
「そうね」
ケイはそう言うと何事も無かったかのように自分の席に歩いていく。
「そう言えば、委員長とケイさんはいつの間にか仲良くなっているよね。オリエンテーションの時は睨まれていたのにね」
「いろいろあったんだよ。それよりもツチノコだ」
「それなら僕も聞いたよ。確かゴールデンウィークに入る少し前から噂にはなっていたよね。最近テレビでよくその名を聞くと思ったら、まさかこの町にもいるとはね」
フューレと出会ってからの1ヶ月で驚かされたことがある。それはフューレがテレビっ子だということだ。家に帰ると取りあえずテレビの電源を入れるらしい。
「そんなに前から話があったのか。知らなかった」
「ところでツチノコって何なの? そんなに変わった生物なの?」
フューレはまん丸の目をパチクリさせると、俺を見上げながら首を傾げた。こうしてフューレの顔を見ていると、男ではなく男装した可愛らしい女の子に見えて来る。
俺はそんな思考を断ち切るように窓の外に目をやった。
「UMAの一種だな」
「UMA? 種族の名前?」
「種族の名前じゃなくて総称だ。俺も詳しくは知らないんだ。
目撃情報はあるけど、捕獲はされていない。言うなれば伝説上のいきものをUMAと呼んだりする」
「そうなんだ。どんないきものなの?」
「それは…わからん。残念だけど俺はそういう方面には疎くて。だけど興味だけはある。だから本当にこの町にいるのなら、見てみたいんだ。一緒に探しに行かないか」
「うん、いいよ」
フューレは即答すると笑顔を俺に向ける。
「あっさり決まったな」
「僕は委員長が行きたい場所なら、どんなところでもついて行くつもりだよ。もし委員長が1人で行くと言っても僕はついて行くからね」
「それは頼もしいな。ところでフューレはこの町で発見されたツチノコについて、何か知っていることは有るか?」
「僕が小耳に挟んだのは、自然が残っている場所に目撃情報が集中している。その中でも多いのは多田篠公園だね」
「多田篠公園か…。フューレは今日の放課後は空いているか?」
「勿論空いているよ。今日から動くつもりなんだね」
「善は急げとも言うし、何よりもゆっくりとしていたら逃げてしまうかもしれない。俺のわがままに付き合ってくれるか」
「勿論だよ。そうだ! 折角だから僕たちのチーム名を決めない? 未知の何かを探す時、人はチーム名を決める事で士気を高めるだろ」
「チーム名か…」
確かにチーム名があった方がまとまりを感じられるし、何よりもかっこいい。俺は腕を組んで過去のデータベースから使えそうな名前を引っ張り出す。
「決めた。ツチノコ調査班だ!」
「ツチノコ調査班か。普通だね」
「それがいいんじゃないか。こういうのは単純な名前をつけるのがセオリーなんだよ」
「そ、そうなんだね。委員長が納得しているのなら口は挟まないよ。頑張ろうね」
「ツチノコ調査班、今日の放課後、15時45分から活動開始だ。さあ冒険の旅に出よう」
こうしてたった2人の調査班は結成された。
俺にとってツチノコを探すという行為は、単純な思い付きであり暇つぶしであったのだが、この行為によって困難を招き入れてしまうことになる。
もし未来で今日という日を振り返ることがあるのなら、一言で表現する最も的確な言葉は1つしか無い。
『分岐点』
これ以外の選択肢はあり得ない
何故なら今日の出来事は、クラスメイトの世界に巻き込まれる切っ掛けとなるからだ。
放課後
俺達ツチノコ調査班が真っ先に向かう場所は、学校と多田篠公園の中間地点に建つスーパーマーケット、【ミリストロセンター】である。
ちなみに、俺とフューレの家もその近辺にあり、学校から徒歩で20分といったところだ。
「ねえ、何か買うの?」
ツチノコ調査班がスーパーマーケットに向かって歩いていると、フューレが俺に質問をした。
それはあまりにも簡単な質問である。
「フューレは何か勘違いをしているのではないか。俺はこう見えて本気なんだ。だったらまず俺達がすべきなのは装備集めだ。
アミとかカゴとか、あとは軍手も欲しいな。素手で捕まえられるほど、ツチノコは甘くは無い。
ツチノコは毒を持っているらしい。用心をしないと」
「装備って言うのなら、制服は大丈夫なの? 動きにくいし汚れると思うのだけど。せめてジャージに着替えたらいいんじゃない?」
フューレがとても痛いところを突いてきた。フューレの言葉には何も間違ったところは無い。一時解散してから動きやすい服装に着替えて、再度集合するのが得策かな。
だけど解散はしたくないな。
「言われてみれば…、その通りだな」
ぐうの音も出ないので、俺は無口になってスーパーマーケットに向かう。
そしてしばらく歩くと、フューレは俺の前に立って顔を覗き込んでくる。
「もしかして委員長は、こういう冒険? みたいなのが好きなのかな? 楽しい行事の前の子供みたいに待ちきれないのかな? それとも…、もしかすると面倒臭がり?」
やはりフューレは俺に対する観察眼が優れているらしい。つい苦笑いが出てしまう。
「残念ながらそのどっちもだ。もしツチノコがいるのなら少しでも早く見つけたいし、服が多少汚れたとしてもツチノコを捕まえられたら安いものだ」
「そう。委員長が良いと言うのなら、僕はこれ以上何も言わないよ。
そっちの方が委員長と楽しめると思うからね。何時に帰ることになっても僕は最後まで付き合うよ」
晴れやかな笑みを浮かべるフューレから、それ以上に追及の言葉は無かった。
ここ1か月で分かったのは、フューレはとても勘が良くて気が回る。もしかすると俺のもう1つの本心に気が付いて黙っているのかもしれない。
そうであるのなら、少し悪い気がしてしまう。
俺のもう1つの本心。
それは目的を根本から崩してしまう禁忌の言葉である。ツチノコなんて生物は存在しない。
存在しないのなら、捕獲の為に泥にまみれながら公園内を駆け回ることは無い。ただのハイキングであるのなら、服は綺麗な状態で家に帰れる。
そんな本心を口にしたとしても、フューレならばハイキングを楽しもうと返すのかもしれない。
それでも言えないのは、ロマンを追いかけたいという思いもまた本心であるからだ。
口にすることでロマンを捨ててしまうような気がするから、ロマンと現実の両方を溜め込んで口をつぐむ。
そんな永遠に交わることのない2重螺旋を抱きながら、スーパーマーケットに向かった。




