38.牽制、さぐり、決意。
「きゃはははっ!!」
「やだー!! 危ないでしょ~!!」
「わあ、綺麗っ!!」
太陽の光が差し込む朝。こんな明るい場所での花火でも意外としっかり見ることができた。もちろん夜の方が細かな火花まではっきり見えるのだが、強い火花は太陽の日差しの下でも十分輝いている。
朝花火を楽しむ生徒会メンバー。琴音が優愛の隣に来て尋ねる。
「優愛ちゃん、もう体はいいの?」
「ええ、大丈夫よ。しっかり眠って良くなったわ。心配かけてごめんね」
花火を持ちながらそう答える優愛に琴音が言う。
「ううん、こっちこそ優愛ちゃんばかりに負担かけさせちゃってごめんね」
琴音が笑顔で優愛を見つめる。
バチバチバチ……
琴音の持っていた花火が燃え尽きる。新しい花火に火をつけ、勢い良く放たれる火花を見ながら琴音が尋ねる。
「ねえ、優愛ちゃん」
「ん、なに?」
優愛の花火も燃え尽き、新しいのを手にする。
「昨晩、優斗さんに告白したでしょ。どうだったの……?」
花火を手にしたままの優愛が一瞬固まる。
――嬉しかった
疲れと薬の副作用で記憶が曖昧な優愛だったが告白したことははっきり覚えているし、それに優斗から言われたその言葉も覚えている。
「な、何にもなかったよ。ゲームだし……」
事実ほとんど何もなかった。その後すぐに眠ってしまった訳だし。
「付き合ったり……、はしてないんだよね?」
四方に飛ぶ火花を見つめながら琴音が尋ねる。まるで心配していたかのような質問。
「ないないない!! ある訳ないでしょ!! どうして私が……」
大袈裟に首を左右に振って否定する優愛。再び燃え尽きた花火を手に琴音が聞く。
「優愛ちゃんは、優斗さんのこと好きじゃないんだ……」
黙り込む優愛。対照的に嬉しそうな顔の琴音。優愛が言う。
「いや、別に好きとか嫌いとかじゃなくて、あいつは備品でうちには必要だし……」
「良かった。もし優愛ちゃんがそうならすごい強敵だったし」
「琴音……」
優愛は新しい花火に火をつける琴音を黙って見つめた。
「じゃあ、これで宮西生徒会の夏合宿を終わります! みんな、お疲れ様っ!!」
「いえーい!!!」
「お疲れ様ーーーっ!!」
朝花火も終わり、別荘の中で片づけを終えた皆の前で優愛が言った。一泊二日の夏合宿。初の試みだったが予想以上に皆も楽しめたようだ。
「ルリさん、とても楽しかったです。ありがとうございました」
別荘の持ち主であるルリの前にやって来た計子が頭を下げてお礼を言う。陰キャであまり人との交流がなかった計子にとって、友達と泊りがけの今回のようなイベントは新鮮で想像よりもずっと楽しかった。
「いいって~! みんな楽しかったならルリも嬉しいよ~!!」
「ルリちゃん、ありがとうね」
琴音も計子の隣にやって来てお礼を言う。
「ルリ、ありがとな」
荷物を持った優斗もルリに感謝する。
「じゃあ、みんな帰るわよ。忘れ物ないように!」
「はーい!」
優愛の声に皆が元気に返事をする。
「みんな寝ちゃったね」
「ええ、そうね」
帰りの電車。昨晩女子会やらトークやらで夜遅くまで騒いでいた生徒会女子メンバー。帰りの電車に乗ると皆すぐにすーすーと寝息を立て始めた。隣に座った優愛に優斗が尋ねる。
「優愛は眠くないの?」
「わ、私はどうやら一番最初に寝ちゃったらしいから……」
優斗のベッドで朝までぐっすり眠った優愛がちょっと拗ねたような顔で言う。
「あなたは眠くないの?」
優愛は優斗が自分のせいでソファーで寝なければならなかったことを少し気にしている。優斗が首を振って答える。
「ううん、俺はみんなを見てるから」
「みんなを見てる?」
「ああ、変態とか来たら大変だろ?」
電車で無防備に眠る女子高生達。どんな怪しい輩が現れるか分からない。優愛が言う。
「変態って、あなたのこと?」
「おい!」
「きゃ! 冗談よ!!」
ちょっと大きな声を出した優斗に驚く優愛。みんなが眠る中、優愛は優斗とふたりきりになっていることに気付く。
(いつからこんな冗談が言える関係になったんだろう……)
最初は『男』と言うだけで酷い扱いをしていた優愛。それがいつの間にか本人も気付かぬうちに欠かすことのできない存在となっている。優愛が言う。
「ねえ」
「なに?」
「ありがとう」
「ん? 何が??」
優愛が手にしていた鞄を抱きかかえるようにして答える。
「色々よ。あなたが生徒会に来てくれて、本当に良かった」
「そうか? 生徒会長さんにそう言って貰えると嬉しいぜ!」
冗談っぽく返す優斗に優愛が言う。
「そういう意味じゃなくて、私としても本当に感謝している。宮北にも全部勝っちゃってるし」
「あ、ああ。そうだな! 残りの対決も全勝狙うぜ!!」
優斗が手をグーにして優愛に誓う。
「変な人よね、あなた」
「そうか?」
「そうよ」
しばらくの沈黙。優愛が小声で尋ねる。
「ねえ、ひとつ聞いていい?」
「なに?」
「私って可愛げのない女なのかな?」
「は? なんで??」
意外な質問に優斗が優愛を見つめて尋ね返す。
「だって、学校の男子はみんな私を怖がってるし、見ると逃げて行くし」
「ああ、そう言う意味か。確かにそっちの意味なら可愛げがないかもしれないな」
優愛も優斗を見つめて言い返す。
「な、なによ! やっぱり私は可愛げがないの!?」
優斗が首を振って答える。
「可愛いと思うよ」
(え?)
静寂。電車の音が一瞬聞こえなくなるほど周りが静かに感じた。優愛が顔を赤くして言う。
「な、なに、それ。どういう意味で……」
「最初、優愛に会ったあの雨の日から、ずっとそう思ってる」
「え? じゃあ、やっぱりあれは……」
優愛が二年の冬の朝、雨の登校中に車に轢かれそうになったことを思い出す。優斗が答える。
「そう、俺」
「そっか……」
不思議と優斗はもう隠す必要はないんじゃないかと思えた。どう説明していいのか分からない不思議な感覚。隣に座る優愛を優斗は信頼し始めていた。
「……ありがと」
「うん」
小さくそう言う優愛に優斗も頷いて答える。
「やっとお礼が言えた。良かったわ」
「もう半年以上も前のことなんだよな」
「そうね……」
優愛が改めて優斗に尋ねる。
「半年後はどこで何してるのかな……」
『アメリカ』と言いかけて優斗がその言葉を飲み込む。
「ふわ~あ……、あれ、眠っちゃったみたい? あ、もうすぐ駅に着くじゃん!」
それまで眠っていた琴音が目を覚ましルリを起こす。
「ルリちゃん、起きて! もうすぐ駅だよ!」
「え? う~ん、寝ちゃったみたい。ふわ~」
ルリに続き計子も目を覚ます。
「おはよ、よく寝ていたわね」
そんなメンバーに優愛が声を掛ける。琴音が答える。
「ああ、優愛ちゃん。もうすぐ降りなきゃ」
「そうね。準備しましょうか」
優愛と琴音、そしてルリが下車の準備を始める。間もなく降りるはずの優斗が何もしないのを見て優愛が尋ねる。
「あなた、下りないの?」
「ああ、ちょっと用事があって」
優愛の頭に『行くところがある』と言っていた優斗の言葉が蘇る。
「なに? 用事って?」
そう尋ねた優愛に優斗が答える。
「別に大したことないよ」
「女にでも会うの?」
その言葉に皆の耳がピンと立つ。優斗が首を振って答える。
「違うって! 誰にも会わない、野暮用だよ野暮用」
「……まあいいわ。悪いことをしたらバチが当たるんだから」
「はあ?」
悪いことなどするはずがないのになぜか不機嫌な優愛を見て優斗がため息をつく。
「じゃあ、またねー!!」
「バイバーイ!!」
次々と駅で降りて行く生徒会の面々。
最後に残ったのは優斗と計子。家が少し離れた場所にある計子だが、優斗もずっと計子の隣に座ったままだ。計子が尋ねる。
「あそこに行くんですよね、優斗さん」
「ああ、計子と同じ駅になるのかな」
「はい」
そう返事した計子。しばらく黙って電車に揺られていたふたりだが、やはり計子が先に口を開いた。
「優斗さん」
「ん、なに?」
おさげの黒髪。真っ赤な眼鏡。太陽のように眩しい優斗の隣に居ては決していけない自分だが、ほんの少しの可能性に想いを寄せ尋ねる。
「それは、私に関係のあることなんですか……?」
こんな事を聞くだけでも図々しい。だけど1%でも可能性があるならばやはりいつかは聞いておかなければならなかった。優斗が答える。
「計子には……、直接関係はないかな……」
「そう、ですよね……」
分かっていた。それに自分が関係のないことなど、計算しなくても分かっていた。
彼がそこに行く理由は分からないし、それが自分のことでなくてもそれは仕方ないと思っていた。ただ毎朝のそれに、サッカー部の顧問の件など優斗と秘密を共有できている優越感からちょっとだけそう思ってしまっていた。
「今更だけどこの件は内緒にしておいてね」
「はい、もちろんです」
そう笑顔で答える計子だったが、心の中は涙で一杯になっていた。それが目から出ないよう必死に堪える。そして思った。
(彼を手に入れるにはもうあれしかないのかな……)
計子は笑顔で生徒会のことを話す優斗を見つめながら、とある決心をしていた。




