39.神崎夜愛
宮西生徒会の夏合宿を終えた翌週、優斗は再び電車に揺られていた。今回はひとり。早朝の日課を終えすぐに出て来たので、何度もあくびをしながら窓に流れる景色を見つめる。
(半年ぶりぐらいかな。まだ懐かしいって感じはしないな)
優斗は宮西に引っ越す前に住んでいた街へと向かっていた。
夏休みにその頃の友人に誘われ会いに行くためだ。遠所の為友人宅で一泊する予定。膝に置いた大き目のボストンバッグに頭を乗せうとうととしていると、いつの間にか目的地へと辿り着いた。
「よお、優斗!」
「お、タカ!! 久しぶり!!」
駅で迎えに来てくれていた友人の高田に笑顔で挨拶をする。がっちり交わした握手の後高田が言う。
「変わらないな!」
「当たり前だろ。まだ半年だぞ」
「そうだよな!」
ふたりは肩を叩き合って久しぶりの再会を喜ぶ。
彼は優斗がこちらの学校にいた頃の親友で、軽音楽部に一緒に所属していた仲間。『タカ』と呼ぶほど仲が良く、今日も彼の家に宿泊する予定。優斗が尋ねる。
「それでこれからどうする?」
「とりあえず軽音のみんながファミレスで待ってるんで、そこに行こうか」
「おお、いいねえ! 了解!!」
優斗が親指を立ててそれに答える。軽音部の仲間とももちろん半年ぶり。懐かしい話もたくさんしたい。蝉がミンミンと鳴く中、ふたりは並んで歩き出す。高田が尋ねる。
「新しい生活はどうよ?」
「まずまずかな。楽しんでるよ」
「音楽やってるの? それとも野球とか?」
こちらにいた頃の優斗の活躍を知っている高田が聞く。
「いいや、やってない。生徒会に入ってる」
「生徒会? そりゃまた地味だな。何でまた?」
「地味か。まあこっちでは確かにそうだけど、向こうでは生徒会って結構派手にやってるんだぜ」
「そうなんだ。で、優斗が生徒会長?」
優斗が首を振って答える。
「まさか! 生徒会長はもういるよ。凄く頑張り屋さんで頭のいい子」
「頭のいい子? それってまさか女なの?」
ちょっと驚いた顔の高田が尋ね返す。
「そうだよ。彼女に誘われて生徒会に入ったんだ。俺の今の目標は彼女を全力で支えること。姉妹校との対決が色々あってな。それに勝てるようみんなで頑張ってる」
「へえ~」
意外な反応に優斗が聞き返す。
「どうしたん?」
「いや、お前ほどの男が野球も水泳も音楽もやらずにまさか生徒会を手伝ってるとは」
優斗ならあらゆる部活で頂点を極められると思っていた高田は意外な話に驚く。優斗が言う。
「別に生徒会が下って訳じゃないし。やって見るといろいろ経験できて楽しいぞ」
「なあ、優斗」
歩きながら高田がちょっと真面目な声で尋ねる。
「なに?」
「お前その生徒会長って子のこと、好きなのか?」
「え?」
思わず立ち止まる優斗。すぐにまた歩き出して尋ね返す。
「なんで??」
「なんでって、まずお前があまり特定の女の子の話することなんて今までなかったし、それに変わってないなとさっきは思ったけど、その子の話をするお前ってさ……」
優斗が高田の顔を見る。
「まるで別人みたいだぞ」
「別人……」
小さくその言葉を繰り返す優斗。高田が言う。
「上手く言えないけどこんな優斗と見たことないし、なんかずっげえ楽しそう」
「そうなのか……」
「そうだよ」
確かに生徒会は楽しい。
ただそれはこれまでやって来た部活と同じ楽しさだと思っていた。みんなと協力をして何か目標に向かって進む。壁が幾つもあるけどそれを皆と一緒に乗り越えていく。そこに生徒会も他の部活も違いはなかった。ただ違いがあるとすれば、
――優愛がいること
色々と考え始めた優斗に高田が言う。
「あ、着いたぞ。あそこだ」
彼が指さす先にひとつのファミレスが見える。そろそろじわっと滲み出る汗が不快に感じ始めていたふたりがその涼し気なドアを開ける。
「あ、優斗っ!!」
「来た来た!!」
首を長くして優斗を待っていた軽音部の仲間が入って来たふたりに気付き手を上げて呼ぶ。
「おっ! みんな、元気だった??」
優斗もそれに手を上げて応える。
ファミレスの大きなテーブルに軽音楽部の仲間が数名、その他にも野球部や水泳部の顔も見える。
「あ、お前らも来てたのか?」
「当たり前だろ。『一本足の疾風』様のお顔を拝見に来たぜ」
野球部の冗談に優斗が困った顔をして答える。
「やめてくれよ、その名前……」
優斗が再び高校野球に出たのはみな知っている。こちらにもその名声は届いていた。
ちなみに宮西野球部は初の三回戦を突破するも、次の試合で敗北。優斗ひとりが奮闘していたがやはり味方のエラーなど絶対的自力で勝る相手に接戦の末敗れた。
懐かしい顔ぶれに昔の話、優斗はみなの真ん中の席に座らされ久しぶりの級友の顔ぶれを見つめる。
(ん?)
そんな優斗の目の前に座ったひとりの女の子。金色の長髪が美しい少女。じっとこちらを見つめているが全く思い出せない。皆の話に相槌を打ちながら頷く優斗だが、頭の中では必死に彼女の記憶を探していた。高田が言う。
「あ、そうそう、優斗。軽音部にさ、今年入った新しい子、紹介するよ」
そう言って優斗の前に座っている女の子を紹介する。
「夜愛ちゃん、お前がいなくなった後のボーカルをやってくれている期待の新人だよ」
夜愛と呼ばれた金色の髪の女の子が軽く頭を下げて優斗に言う。
「夜愛なの。優斗先輩にずっと会いたくて嬉しいの。よろしくお願いしますなの!」
「え? あ、でも俺、初めてだよね??」
戸惑う夜愛に優斗が尋ねる。それを高田が答える。
「ああ、優斗は初めてだな。夜愛ちゃんは昨年の俺達の文化祭のライブを見に来てくれてなんか感動しちゃったみたいで。特にボーカルやっていたお前にひと目惚れしちゃったんだってさ」
「ええ!? 何それ??」
驚く優斗。夜愛が言う。
「そうなの。だから夜愛は一生懸命勉強して優斗先輩と一緒の高校に入ったんだけど、優斗先輩いなかったの」
今年の新入生の夜愛。その頃には既に優斗は宮西に引っ越している。高田が言う。
「まあ、それでも夜愛ちゃんは軽音に入りたいって言うから来て貰ったんだけど、めっちゃ歌上手くて。経験なかったんだけど、この半年で訓練したらすっごい上達して」
「それでボーカルやって貰ってるわけか」
優斗の言葉に高田が頷いて答える。
「その通り。なにせお前の代わりだから中々人が見つからなくてさ。随分困ったんだぜ」
夜愛が身を乗り出して優斗に言う。
「神崎夜愛なの。ずっと先輩に会いたかったの。宜しくですなの」
(え?)
夜愛の名前を聞いた優斗が一瞬固まる。
(神崎夜愛って、それってまるで優愛みたいじゃん……)
宮西の生徒会長は神崎優愛。同じ苗字。名前も似ている。ただ可愛いという点では同じだが顔は似ていない。優斗が尋ねる。
「夜愛ちゃん、ちょっと聞いてもいいかな?」
「いいの。何でも聞いていいの。ちなみに夜愛はまだ彼氏はいないの」
聞いてもいないことを話しだす夜愛に苦笑しつつ優斗が尋ねる。
「夜愛ちゃんはさ、お姉さんとかいる?」
「いるの。でも、ずっと話していないの……」
姉のことを聞かれ少し寂しげな顔になる夜愛。下を向きはらりと垂れる金色の髪が寂しさを表す。
「一緒に暮らしてる?」
「ううん。一緒じゃないの。お姉ちゃん、どこか遠くで暮らしてるの」
「どこ?」
「知らないの。教えてくれないから」
「高校生?」
「そうなの。高校三年生なの」
「……ありがとう」
質問をし終えた優斗は確信していた。
(間違いない。彼女は優愛の妹だ……)
確か妹は新しい母親の連れ子だと言っていたので、顔が似ていなくてもおかしくない。妹ばかり可愛がる母親に対して、優愛が嫉妬して家を出たと言っていた。年齢も合う。あえて名前を出さなくても間違いないだろう。高田が言う。
「えー、なに? 優斗ってまさか夜愛ちゃんのこと気に入っちゃったとか??」
『彼女は作らない』と言う信念から、周りにはあまり女に興味がないと思われていた優斗。夜愛について色々尋ねる姿を見て高田が面白がって言う。
「えー、優斗君。夜愛ちゃんみたいな子がタイプなの??」
「意外~!! 同年代に興味がないからお姉様タイプが好みだと思っていたけど、ロリコンだったとは!!」
気の知れた仲間。どんどん優斗にツッコミを入れて来る。
「いや、違うって!! ほら、俺、全然彼女のこと知らないし……」
焦る優斗。夜愛が言う。
「夜愛はいいの。優斗先輩とお付き合いするの」
「ちょ、ちょっと、夜愛ちゃん!?」
マイペースな夜愛。周りはそれを知っているのでそんな彼女の発言に皆が微笑む。ただ彼女が今の高校に頑張って入ったのも優斗が目的であり、軽音部に入ったのも、そして今日無理やり一緒に連れて来て貰ったものすべて優斗の為である。高田が夜愛に言う。
「夜愛ちゃん、こいつはさあ、ダメなの。彼女は作らないの」
「どうして? 男が好きなの?」
苦笑する一同。高田が首を振って説明する。
「いいや。優斗は親の仕事の関係ですぐに引っ越しするから、彼女作っても別れなきゃならないだろ? だからあえてそう言うのは作らないんだよ」
説明を聞いた夜愛が頷いて言う。
「分かったの。じゃあ、夜愛と結婚すればいいの。それなら別れなくても済む」
まだどこか幼さが残る夜愛。だが金色の髪の間から覗く頬が赤く染まっている彼女は真剣である。
「相変わらず優斗はモテモテだな~!!」
「夜愛ちゃん、でもライバルいっぱいだよ~!!」
周りが冷やかしの言葉を投げかける。優斗が苦笑いして答える。
「ごめんね、夜愛ちゃん。俺は……」
そこまで言った優斗が黙り込む。周りは優斗が何を話すのか興味津々で見つめる。
(あれ、俺今何を言おうとしたんだ……)
優斗が飲み込んだ言葉。
その意味を思い優斗自身固まってしまった。




