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後編。こんな俺らのホワイトデー。

「買ってきたぞ」

 なにやら袋を持っている寿瑠みると、困った顔でその袋を見つめている夢美ゆめみに、はやては怪訝さを隠しもせず声をかけた。

 

「おかえり疾」

 ギュルっと効果音をつけそうなほどの勢いで、左を向く寿瑠。

 

「あ、ああ おかえり武内。見てよこれ」

 一方の夢美。寿瑠が持っている袋を指さして、愚痴でも始めそうな調子で言葉を返した。

 

「なんだ、この袋?」

 覗き込んで、疾も夢美と同じような顔になった。

 

「お前。うめえ棒五つとプックルチョコの期間限定ミルクチョコ五つって買いすぎだろう味かぶっちまったし……」

 ズッシリした溜息を吐く疾に、

「味がかぶったってどうゆうこと?」

 と目をパチクリしながら寿瑠は問いかける

 

「これだよ」

 夢美へのお返しとは別に袋に詰めてもらった、ダークイナズマー四本入りのビニール袋をガサガサ取り出す。

 

「ったく、そんなに買いやがって。俺の心遣いをなんだと思ってんだ、この食いしん坊は」

 うんざりした表情で、わざと恩着せがましく言った疾である。

 

「ほえ?」

 言われてぽかんとした後、疾の方の袋を開いて見た寿瑠は、おおと感嘆の声を揚げた。

 

「こんなにいっぱいくれたの? ありがとはやてっ!」

 寿瑠、なにを思ったかお菓子の入った袋二つを地面に落とした。その動きを見て、なにをされるか予測がついたのか、疾は無言で夢美に残りの袋を投げ渡した。

 

「キラバンは俺のだからな」

 それを言い終えたところで、思いっきり息を吸う寿瑠。そのブレスに合わせて両腕を反らせた。

 

「ぎゅううう!」

 一瞬その、強調された寿瑠の胸部に目と意識をやってしまった疾。まるでその隙を突いたかのように、寿瑠が全力で抱き着いて来た。

 

 

「かはっっ!」

 教室の一撃のとおり、寿瑠は身体能力が常軌を逸している。こと疾に対しては、加減を忘れることがしばしばあるため、疾は毎日のようにひどいめにあっている。

 

 そんな少女が口SEの通り、ぎゅううっと抱きしめて来た。疾の顔が苦痛に歪んでいるのは当然と言えた。

 

「はぁ、強調してる認識すらないんだよね、みるちゃん。強調するとこあっていいなぁ」

 またも起伏の無い自分の体形に溜息を吐く夢美である。

 

「その背丈で女性的な体付きでは、野獣おとこどもの毒牙にかかるぞ硬き夢追いし小妖精こようせい

「なに中神。それじゃああたしに、このままぺったんこでいろってゆうの?」

 

「いかな身体に憧れるかは貴様の自由だ。ただ俺は、そのままの方が女子おなごとして選ぶ権利は守れるのではないか、と言っているにすぎん」

「ふぅん。お気遣いどうも」

 

 学二との付き合いが夢美もそろそろ一年になる。この特徴的な口調の内容を理解するのに、タイムラグがなくなっているのは自然なことだろう。

 

「なにを不満がある、礼を言いながらその表情。理解に苦しむぞ」

「中神に乙女心は、きっと永久にわかんないだろうな、って思っただけ」

 

 夢美に言われたことを、学二はあっさりそうだろうなと肯定し、また呆れかえられた。

 

「普通ショック受けるでしょ、そんなこと言われたら?」

「そうか? 俺にはその手の機微は、今もって理解しがたいことなのだが」

 

「そう……まあ、そんな態度じゃ無理もないわよね。そもそも男女問わず付き合いがあるの、あたしたちぐらいだし、浮いた話なんて出ようがないもん」

 

 

「お ま えら。だべ って ねえ で たす けろ。お おち る……っ!」

 

 バシバシと寿瑠の背中を叩いている疾だが、

「えぇ? これ以上強くなんか抱きしめられないよぅ。だって、これ以上強くしたらはやて折れちゃうもん」

 なぜか犯人は顔を真っ赤にしてニッコニコしている。

 

「っ! 違うからっ! 武内死にそうになってるから離してあげてみるちゃんっ!」

 状況を見てようやくその緊急性に気付き、夢美が大慌てで声をかけた。

 

「この愚か者が! 疾風の申し子は離せと言っているのだぞっ!」

 寿瑠の腕と疾の体の間に手を差し入れて、学二はどうにかして力を緩めさせようとしている。差し込んだ手が、おもいっきり寿瑠の左胸をむんにゅりと変形させているが、学二にその感触を楽しむ余裕はない。

 

「ぁぅっ、なかがみ どこさわって……」

 寿瑠が恥じらった声を小さく出したことに、一瞬学二と夢美 そして疾の時が止まる。

 

「小妖精っ、書物より力をこいねがう者の手をなんとかしろっ」

 すぐに驚いている場合ではないと思考回路が復旧、学二が夢美に指示を飛ばした。

 

「了解っ!」

 抱きしめている寿瑠の手を緩めようと、夢美は寿瑠の手と手の間に自分の手を滑り込ませようとした。が、ガッチリと組みあっていて入りそうにない。

 

「ううん、どうしたら……あ、そうだっ」

 脇ががら空きになっていることに気付いて、夢美は左脇から手を滑り込ませた。

 

 

「いい加減離しなさいみるちゃん」

 そう言って、

「こちょこちょこちょこちょ~」

 左脇をくすぐり始めた。

 

「ん、う。はっ、うぁっ」

 悩ましい声を揚げながら逃れようとして身をよじった寿瑠は、

「にゃははっやめてぇっ!」

 くすぐったさに耐え切れずに暴れ、

 

「ぐふあっっ!」

 腕を手加減なしに振り回したため、学二を弾き飛ばしてしまった。

 

「はぁ……はぁ……もぅ、ゆめみちゃんってばいきなりどうしたの?」

 

「ぜぇ、ぜぇ。はっ! 大丈夫か学二っ!」

 ようやく骨が悲鳴を揚げるようなホールドから解放された疾は、慌てて店の外に走った。なにかベキリと踏んだ気がしたが、それどころではない。

 

 幸い店の入り口が開いたっぱなしになっていたため、店外まで吹っ飛ばされた学二だったが、器物損壊にはならずに済んだ。

 

「大丈夫か? 生きてるか?」

 後ろで「あああああっ!!」と寿瑠の大絶叫が聞こえたが、そんなことを気にしている場合ではない。

 

「ああ。俺の耐久力をあまくみるなよ」

 そうは言うが、半笑いの表情だ。相当痛いらしい。

 

「はやてのばかーっ!」

 

 そんな声が高速で接近して来る、それを理解した直後。

「ぐおあーっ?!」

 疾は背中に強い衝撃を受けたと思いきや、弾き飛ばされ錐揉み回転していた。

 

「ぐはっっ」

 したたかに腹を地面に打ち付けて、数秒の間呼吸ができなく、ジタバタすることに。

 

「今度は貴様がピンチだな」

「なんで、ニヤニヤしてやがる てめえは」

 

「大丈夫武内っ!」

 駆け寄って来た夢美に背中を軽く叩かれる疾。何度も小さく首を縦に振る。

 

「よかったぁ。まったくみるちゃんは」

 呆れかえって溜息交じり。

 

「わたしのお菓子、踏んづけた疾が悪いんだもん」

 犯人は反省の色などまったくない。

 

「お前が全ての現況だぞ、わかってねえだろ」

 むくりと起き上がりながら言い、立ち上がって寿瑠に向き直るのと同時に睨み付ける。

 

「むぅ……」

「反省しながら駄菓子をモソモソ一人で食っとけ」

 言って背を向けると、じゃあなのひとことを添えて歩き始めてしまった。

 

「おいまて?」

「武内?」

 

「べーっだ!」

「反省はしろ」「反省しなさい」

「えぇ? なんで二人にも怒られるの?」

 そんなやりとりを背中に聞きながら、武内疾は呟いた。

 

「……謝罪メール、入れとくか」

「まってって武内ー」

 トテトテと自分を追いかけて来る存在に、どうしたんだろうかと立ち止まる。

 

「はい。忘れ物」

 そう言って右隣に来た夢美が、綺羅綺羅万象きらきらばんしょうチョコを差し出す。

 

「あ、いけね。忘れてたわ」

 受け取ってカバンに放り込んだ。その様子を眺める夢美は、まったくと微笑。

 

「後、クッキーありがとね」

「おう。なんかミニマムちゃんが食ってるの思い浮かべたらリスみてえで、イナズマー食ってるよりかわいい絵になるなって思ってな」

「kっ、か かわいいって……そっそういうのはみるちゃんにいってあげてよっ」

 

「なんでカクカク喋ってんだよ? 顔赤いし」

「お おんなのこは、かわいいっていわれるのによわいのっ。とくにいまの年頃ころはっ!」

 左手の平で、疾の右二の腕をパシパシ叩きながら鼻息荒く夢美は言っている。

 

「他人事な言い方だなぁ」

 そこで夢美の左手を、疾は自身の左手を重ねて止める。

 

「ま、喜んでくれたんならよかったぜ。後、キラバンサンキューな」

 また歩き出す。

 

「あっちょっと武内」

 なんだよ、と顔だけ向けると、

「みるちゃんに 謝ってよ。お菓子踏みつぶしたんだから」

 と注意が飛んで来た。

 ので、わかってると左手でカバンからスマートフォンを取り出して答えのかわりにする。

 

「わかってればよろしい。じゃ、また明日ね」

「おう」

 右手をヒラヒラ振って挨拶代わりにし、疾はスマホを操作し始める、

 

 

「歩きスマホはやめなさ~い!」

 と言う聞くからに手メガホンな夢美の声を背中に受けながら。

 

 

 

 

 

                         おわり。

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