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短くて小さな物語  作者: MMPP.K


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006 乾杯xありがとう

 ことし二十歳になる息子がいる。

 この春休み、少し遅れて帰省してきた。

 一年に一度あるかどうかの帰省でした。


「一緒に飲もうや」


 そう言われて、知り合いのダイニングバーに入った。

 カウンターの奥、少し暗めの席。

 照明は低くて、テーブルの木目だけがやわらかく浮いている。


 店主がこちらに気づいて、軽く顎を引いた。

 いいの連れてるね。そんな顔してた。


 最初の一杯はビールにした。

 ずっと前から、そうなる気がしていた。


 グラスが置かれる。

 水滴が、指に触れる前にゆっくり落ちていく。


「乾杯」


 軽く当てただけの音が、思ったよりも響いた。


 隣に座る息子は、もうその仕草に迷いがなかった。

 グラスの持ち方も、口に運ぶ間も、自然やった。


 何から話すでもなく、ぽつぽつと言葉が続いた。


 大学のこと。

 授業のこと。

 まわりのやつらのこと。


 単科大学やからか、似たようなやつばっかりらしい。


 ロボットの話を振ったら、ちゃんと返ってくる。

 話が途中で途切れへんのが、おもろいんやと。


 手振りを交えながら、少し前のめりに話す。

 その指先が、テーブルの上で小さく、何かを組み立ててるみたいに動いていた。


「ここがな、こうなって――」


 言いかけて、指を止めて、笑った。


 二杯目を頼んだあたりで、ふと、会話が途切れた。


 グラスの中の泡が、静かに上がっていく。

 その様子を見ながら、思い出していた。


 一浪が決まった日のこと。


 リビングのテーブルに、結果の紙が置いてあった。

 開いたまま、動かされていなかった。


「なぁ」


 声をかけると、少し遅れて顔を上げた。


「今回は残念やったけど。ほんまにやりたいことあって、この大学受けたんか?」


 すぐには返事がなかった。

 指先で、紙の端をなぞっていた。


 少しして、うなずいた。


「もう一年、受けたいんやったらな。予備校も含めて、家で面倒みる」


 さっきと同じように、もう一度うなずいた。


 小さいころから、機械が好きやった。

 家の中のリモコン……やったかな、CDデッキだったかも、分解して戻せなくなって、机の上に並べたまま、しばらく固まっていたことがある。

 怒ったあと、部品を一つずつ拾い上げて、順番を確かめるみたいに並べ直していた。


 ロボットの話になると、やけに具体的やった。


「これがこう動いてな」

「ここを持たせたら、かわりにやってくれるやろ」

「そんでな……」


 空中に図を描くみたいに、手を動かしていた。


 それからの一年、詳しいことは知らない。


 机に向かう時間が長くなったことと、部屋の明かりが遅くまでついていたことくらいしか、覚えていない。


 気がつけば、また春が来ていた。


 そして今、向かいに座っている。


 グラスの水滴を、親指で拭っている。

 そのまま少しだけ指先を見て、また顔を上げた。


「いま、毎日めっちゃ忙しいねん」


 少しだけ肩をすくめる。


「やらなあかんことも多いし」


 言葉のあとに、ほんの少し間があった。


 グラスの縁に口をつけて、ひと口飲む。


「でも、めっちゃ楽しい」


 今度は、はっきりと笑った。


 店の奥で、氷を崩す音がした。

 その音が収まったあと、息子がグラスを持ち上げた。


 軽く、こちらに向ける。


「生まれてきて良かった。ありがとうございます」


 言い終わってから、すぐには飲まなかった。

 グラスを持ったまま、少しだけ止まっていた。


「……そうか」


 それだけ言って、グラスに口をつけた。

 泡はもう、ほとんど残っていなかった。


 お互いに顔が赤いのは、ビールのせいやったんやと思う。


 そのあと、しばらくは普通の話に戻った。

 さっきと同じような調子で、授業の話や、友達の話をしていた。


 帰り際、店主が軽く手を上げた。

 息子も小さく会釈をした。


 外に出ると、少し風があった。

 駅までの道を、並んで歩いた。


 途中で、ポケットに手を入れて、何か言いかけて、やめた。


(生まれてきてくれて、ありがうとうな)


「やねんけどな……」

 


作品、読んでくれてありがとうございます。


「短い文章が好き。」


MMPP Publishing では、気軽に読める、短くて小さな物語を集めています。


クスっと笑えたり、少し考えたり、なんとなく心に残ったりする話があります。

だいたい1分くらいで読めちゃいます。


これからも、作品を公開していきますので、どうぞよろしくお願いいたします。by MMPP.K


no+e:https://note.com/mmpp_publishing/

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