自由のための取引
翌朝。
朝食を終えた後、リヒトはエレナに声をかけた。
「エレナさん。少しお話があります」
「何?」
「奴隷から解放していただきたいのです」
エレナの手が止まった。
「……突然ね」
「前から考えていました」
「今の生活に不満があるの?」
「いいえ。食事も寝床も用意していただいていますし、魔法まで教えてもらっています。不満があるわけではありません」
「それなら、なぜ?」
リヒトは一度息を吸った。
「自分の人生を、自分で決めたいからです」
エレナは黙ってリヒトを見た。
「私は奴隷です。今の生活がどれだけ恵まれていても、エレナさんの所有物であることに変わりはありません。この先、何をするにもエレナさんの許可が必要になります」
「それが嫌なのね」
「はい」
エレナは腕を組んだ。
「あなたを解放すれば、私は荷物持ちを失うことになるわ。新しい人間を雇うにも時間とお金が必要になる」
「それは理解しています」
「それに、あなたを買うために支払ったお金もある」
「その点についても、話し合いたいと思っています」
リヒトは落ち着いた声で続けた。
「三年間、私は荷物持ちとして働いてきました。冒険の知識も身につけ、魔法についても学ばせていただきました。また、私が提供した情報の中には、エレナさんの役に立ったものもあったはずです」
「そうね。実際に役立ったものもあるわ」
「それらを考慮して、解放していただけないでしょうか」
エレナはすぐには答えなかった。
リヒトの言い分は理解できる。
彼は三年間、指示された仕事をこなし、提供した情報にも価値があった。魔法を教えるという取引も成立している。
しかし、解放するかどうかは別の問題だった。
「あなたが自由になった後、どうするつもり?」
「冒険者として活動するつもりです」
「一人で?」
「今のところは」
「この世界で生きていくのは簡単ではないわよ」
「分かっています。それでも、自分で選んだ道を進みたいのです」
エレナは窓の外へ視線を向けた。
彼女自身、かつては自分の人生を他人に決められることに反発し、家を飛び出した。
だからといって、リヒトの要求を感情だけで受け入れるつもりはない。
彼を解放することが、自分にとってどのような意味を持つのか。
それを考える必要があった。
「少し時間をちょうだい」
「分かりました」
「明日、返事をするわ」
リヒトは静かに頭を下げた。
「ありがとうございます」
その日の夜、二人の間にいつもと違う沈黙が流れた。
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