第6話 救われた街
基幹生活保障区域の門は、壁より先に料金所に見えた。
残り二十三日。
晴登の会社が出した移住下見用の車両は、旧高速道路を南へ走った。
荒れた路面は途中から補修済みの黒い舗装へ変わり、両側に自動柵が現れた。
柵の向こうには、閉鎖された住宅地が続いている。
窓を板で塞いだ家の前で、住民が水の容器を台車へ積んでいた。
「まだ人いるんだな」
「移住期限までは住める」
晴登は前を向いたまま答えた。
運転は自動だが、ハンドルから手を離していない。
門の手前で車列が二つに分かれた。
左は契約車両、右は来訪審査。
左側はほとんど止まらず、青い灯りの下を通過していく。
俺たちの車は右へ入り、透明な検査区画で停止した。
《契約者 瀬川晴登》
《来訪者 片山直路》
車内画面に二人の顔が表示された。
俺の名前の横には、黄色い数字で《滞在許可 六時間》とある。
非継承という文字は表示されなかった。
来訪者という言葉へ置き換えられていた。
「荷物は?」
制服姿の検査員が聞いた。
「下見だけです」
「医薬品、生鮮食品、記録媒体はありますか」
「ありません」
検査員は車内を一度見渡し、通行を許可した。
威圧する態度も、見下す目もなかった。
「滞在終了一時間前に通知が届きます。
遅れないようお戻りください」
門が開いた。
最初に驚いたのは、音だった。
道路を走る車の音。
店から流れる案内。
交差点で鳴る誘導信号。
遠くで工事機械が動いている。
俺たちの町では一つずつ消えていった音が、ここでは全部残っていた。
歩道にごみは落ちていない。
空き店舗も、放置された車もない。
バスの到着表示は二分後を示し、本当に二分後に来た。
「普通だろ」
晴登が言った。
「普通すぎる」
「みんな、これが欲しくて契約したんだよ」
高層建築や空飛ぶ車があるわけではない。
水が出て、電気がつき、店に商品があり、決められた時間に交通が来る。
西暦二〇九三年には、それがぜいたくだった。
晴登が暮らす予定の住居棟を見た。
二間の小さな部屋。
窓は狭く、家具も備え付け。
それでも水道と電力は二十四時間保証され、警備員が常駐し、建物内に診療端末がある。
「家族三人でここ?」
「親父が退院するまではな。
空きが出たら広い部屋へ移れる」
「空きが出るのか」
「資格を失う人もいる」
晴登は壁の規約を指した。
失業、契約料滞納、重大な規則違反。
資格の再審査は毎年行われる。
「入ったら終わりじゃないんだな」
「だから会社を辞められないって言っただろ」
住居棟の食堂では、安い定食が提供されていた。
無料ではない。
だが俺たちの町の店より安く、野菜も肉も揃っている。
契約者証をかざせば、所得に応じた額が自動で引かれた。
隣の席では、高齢の夫婦が孫らしい子供と食事をしていた。
富裕層には見えない。
作業服の男、保育施設の職員、清掃員もいる。
「金持ちだけじゃないんだな」
「金を持ってるか、必要な仕事を持ってるか、その家族か」
「それ以外は?」
「入れない」
晴登は箸を止めなかった。
食堂の壁面画面で、ニュースが流れた。
最終名簿確定後の世論調査。
杉岡内閣支持、六十八%。
基幹生活保障区域内に限れば、八十四%。
《国家機能継承計画について、計画どおり実施すべきとの回答が増加》
「外では逆だろ」
「外の調査、もうまともにできないらしい」
晴登の声に皮肉はなかった。
通信契約を失った地域では、調査そのものが成立しない。
食後、区域の運営案内所へ寄った。
来訪者用の映像には、電力供給率、医療稼働率、犯罪件数、物流在庫がリアルタイムで表示されている。
どれも荒谷に見せられた数字と一致していた。
隠していない。
職員が俺たちへ声をかけた。
「何かご質問はありますか」
「この水準は、国家移行後も続くんですか」
「十年間の維持契約が成立しています。
人口上限と供給量を連動させていますので、従来の自治体より予測誤差は小さくなります」
「外の地域から人が来たら?」
「契約資格のない方は定住できません」
「事故や病気なら」
「緊急時は空き能力の範囲で対応します。
ただし、契約者の提供水準を下げないことが条件です」
正直な説明だった。
町を歩けば歩くほど、制度の欠陥ではなく、成功した部分ばかりが見えた。
水を全員へ分けて全員が不足するより、人数を決めて蛇口を守る。
医師を薄く配置してどの病院も機能しなくなるより、一か所へ集める。
残酷だが、壊れてはいない。
「次、病院に行くぞ」
晴登が時刻を確認した。
「下見に病院まで入ってるのか」
「親父がいる」
晴登の父親は、移住前なのにすでに区域内の病院へ移されていた。
「今日、手術なんだ」




