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国家消滅  作者: Dar_3026
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第4話 門の向こう側

 瀬川晴登が市役所へ来たのは、残り二十六日の朝だった。


 窓口の列で見つけたとき、最初は他人のふりをしようと思った。

晴登の首には、青い線の入った資格証が下がっていた。

基幹生活保障区域への入域を許された者だけが持つ色だった。


「やっぱりここにいた」


 晴登は列を抜け、俺の窓口まで来た。


「仕事中だぞ」

「見れば分かる。移住手続き、ここで合ってる?」

「青の三番。継承資格者用だ」

「お前じゃできないのか」

「俺は非継承窓口」


 言葉の後ろ半分だけが、自分のことを言ったように聞こえた。

だが晴登は気づかず、空いている青窓口を見た。


「向こう、誰も並んでないな」

「資格者は予約制だから」

「なるほど。じゃあ昼、時間ある?」


 断る理由を探したが、晴登はもう青窓口へ歩いていた。


 幼稚園から高校まで同じだった。

卒業後、晴登は広域電力会社へ入り、俺は職をいくつか変えた。

晴登は送電設備の保守資格を取り、俺は市役所業務の入力研修を受けた。


 飲みに行けば昔と同じだった。

制度は俺たちを同い年として見なかった。


 昼休み、庁舎裏のベンチで晴登と並んだ。

晴登の手には、移住日と集合場所が印刷された案内票がある。


「来週、下見に行くことになった」

「もう?」

「会社ごと移るからな。

区域内の変電設備を引き継ぐ。

研修もある」


 晴登は嬉しそうではなかった。

それでも案内票を何度も確かめている。


「おじさんたちも一緒か」

「親父と母さんは扶養契約に入った。

親父の治療が間に合いそうなんだ」


 晴登の父親は心臓の手術を待っていた。

地域病院が統合されてから、検査のたびに予約が延びていると聞いていた。


「保障区域の病院なら、移住後すぐ手術できるって。

今朝、日程まで出た」

「よかったな」


 それは本心だった。


 晴登の父親には、何度も車で送ってもらった。

母親は、俺が家の鍵を忘れた夜に夕飯を食べさせてくれた。

あの二人が助かることを、制度が間違っている証拠にはできない。


「費用は会社持ち?」

「立て替え。

十年分、給料から引かれる」


 晴登は案内票の裏を見せた。

保障契約料、区域維持費、家族医療保証料。

三つを合わせると、手取りの四割近い。


「辞められないな」

「十年はな。

辞めたら家族全員の資格が失効する」

「会社が潰れたら?」

「同じ」


 晴登は笑ってみせたが、目は案内票から動かなかった。


「でも、払えば手術してもらえる。

今までだって保険料は払ってたのに、二年待ちだった。

親父に、あと二年待てとは言えない」

「誰も言ってない」

「外の連中は言うんだよ。

企業に国を売ったとか、資格を受け取る奴も共犯だとか」


 俺は何も返さなかった。

晴登の父親に治療を諦めさせれば、平等になる。

そんな平等を正しいとは言えない。


「直路。俺は行くよ」

「行けばいい」

「お前に許してもらいたいわけじゃない」

「分かってる」


 晴登はそこで初めて笑った。


「なら、お前も早く手続きしろ。

向こうでまた飲もうぜ」


「お前はどこになる?」


 晴登が聞いた。


「まだ決まってない」

「役所組は中央区画か?」

「俺、役所組じゃない。

委託だぞ」

「でも移行業務やってるんだろ。

最後まで必要なんだから、当然継承だろ」


 当然。


 昨日まで、俺もそう思っていた。


「会社から何も来てない」

「遅れてるだけじゃないか。

うちも現場班は昨日だったし」

「そうかもな」


 俺は自分が非継承だと言えなかった。

言えば、晴登は困る。

助ける方法を探すか、探せないことを謝る。

そのどちらも見たくなかった。


「下見、一緒に来ないか」

「資格ないと入れないだろ」

「来訪保証を一人付けられる。

お前もどうせ住むんだから、先に見といた方がいい」


 晴登は端末から申請を送り、俺の返事を待たずに来訪番号を表示させた。


「四日後。

休み取れる?」

「たぶん」

「じゃ、決まり」


 晴登は案内票を折り、上着の内側へしまった。

青い資格証だけが胸元に残った。


 午後、俺は非継承住民の質問に答え続けた。

晴登の手続きは二十分で終わった。

こちらの列は閉庁時刻を過ぎてもなくならなかった。


 帰宅前、母の診療所へ電話をかけた。


「今日、行っていい?」

『大根ならまだあるよ』

「大根の話じゃなくて」

『じゃあ何』


 言葉が出なかった。


『通知なら来たよ』


 母の方から言った。


「見た?」

『見た。あんたも?』

「なんで分かるんだよ」

『昨日来なかったから』


 母は笑った。

笑うところではなかったが、昔から俺の嘘を見つけるときは同じ声を出す。


「異議申立てをした。

市役所で働いてる情報が反映されてないかもしれない」

『そう』

「母さんのも調べる。

看護師なんだから、医療枠があるはずだ」

『うちは認定診療所じゃないよ』

「それでも必要な仕事だろ」

『必要と、保障されるは、もう別なんじゃない?』


 母は妙に落ち着いていた。


「明日、話そう」

『明日は早番。来るなら夜にして』

「通知を受け取った次の日も行くのか」

『患者さんも同じ通知を受け取ってるからね』


 通話の向こうで、誰かが母を呼んだ。


『ごめん。救急車が捕まらないみたい。切るよ』

「待って、何があった」

『呼吸の苦しい人。

搬送先は空いてるんだけど』


 そこで声が遠くなった。

母が別の誰かへ指示を出している。


『保障区域の搬送が優先だって。

こっちは順番待ち』


「もう先行運用してるのか」

『そうみたい。直路、明日でいいから』


 電話は切れた。


 俺は庁舎の壁に表示された日数を見た。

 行政保障の終了まで、あと二十六日。


 終わる前から、順番はもう変わっていた。

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