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国家消滅  作者: Dar_3026
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24/30

第24話 門限

 基幹生活保障区域の最終入域は、残り三十時間で締め切られる。


 門前の映像には、車と人の列が映っていた。

資格を持つ者、再確認を求める者、家族だけが内側にいる者。


 警備員は一人ずつ番号を確認し、通すか返すかを決めていた。


 列の横では、家族が最後の荷物を渡していた。

区域内へ持ち込める重量は一人二十キロ。

服を捨て、写真を入れる者。

写真を捨て、薬を入れる者。

持ち込めない飼い犬を柵へつなぎ、その場から動けない者。


 警備員は急かさなかった。

ただ、手続きが長引いた時間も門限から差し引かれた。


 晴登から通話が来た。


『もうすぐ門へ着く』


 車内には両親がいる。

父親の胸元には携帯医療機器が見えた。


「間に合いそうか」

『契約車両だからな。お前、今どこだ』

「市役所」

『最後まで働くのか』

「記録閉鎖がある」


 外へ持ち出す計画は言わなかった。

晴登を巻き込めば、家族全員の資格が危うくなる。


「頼みがある。

内側の記録を残してくれ」

『何を』

「国家が終わったあと、首相が何を言ったか。

共同体が何をしたか。

ニュースでも、通知でもいい」

『外へ送れるか分からないぞ』

「送らなくていい。

持っていてくれ」


 晴登はしばらく黙った。


『お前は外で何を残すんだ』

「まだ分からない」

『嘘だな』

「晴登」

『聞かない。聞けば、止めるか手伝うか選ばされる』


 車内に入域案内が流れた。


『こっちは俺が残す。

外へは送れなくなる。それでも残す』

「頼む」

『死ぬなよ』

「そっちも」


 門の認証音が鳴り、通話が切れた。


 数分後、《入域完了》とだけ届いた。

晴登の名前の横にあった日本国の住民番号は消え、JCC市民番号へ置き換わっていた。


 同じ人間が、門を一本越えただけで別の公共に所属した。


《親父、病院へ向かう。全員無事》


 俺は《よかった》と返した。

ほんとうによかった。

胸の奥で、それとは反対の感情も動いた。

名前を付ければ、晴登を憎むことになる気がして、見なかった。


 診療所には、最後の公的配給が届いた。

薬、酸素、消毒品。

どれも三日分ほどしかない。


「国家終了後の発注先は?」


 母が配送員へ聞いた。


「契約外なので、私からは案内できません」


 配送員は頭を下げた。彼自身も非継承だった。

車両を返却したあと、自宅へ戻るという。


「何をするんですか、そのあと」

「兄が古い軽油トラックを持ってます。

動けば、近所の荷物を運ぶ」

「料金は」

「決めてません。

金が使えるかも分からないし」


 制服の胸には、共同体へ承継される物流会社の印があった。

明日から、その制服を着る資格だけがなくなる。


 診療所の住民たちは、薬を一か所へ集め始めていた。

自宅に余っている包帯、発電機の燃料、保存食。


 母は薬袋を勝手に開けないよう一人ずつ確認し、使用期限と対象疾患を紙へ書いた。

血圧薬は同じ成分ごとに分け、抗菌薬は用量の分かるものだけ残す。


「先生がいなくなったら、朋江さんが診てくれるんだろ」


 住民の一人が言った。


「私は看護師。診断はできません」

「国も病院もなくなるんだ。資格なんて」

「資格がなくても、分からないことは分からない」


 母は断ったうえで、できる処置だけを一覧にした。

国が消えれば万能になるわけではない。

残る人間の能力も、薬も、時間も限られている。


 母は俺の顔を見るなり言った。


「晴登くん、入れた?」

「今、門を通った」

「よかった」


 俺が残ったことより、晴登が家族を守れたことを喜んだ。


 診療所の時計が、残り二十九時間を示した。


 市役所地下の予備媒体へ触れられるのは、明日の削除作業だけだった。

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