第23話 消去命令
住民記録を消す理由は、容量不足ではなかった。
残り四十七時間。
荒谷は閉鎖要領を読み上げた。
継承資格者の記録は、日本継承共同体へ移す。
氏名、家族関係、資産、医療、納税、資格。
移行後も生活を続けるために必要な情報だ。
非継承人口の記録は移さない。
「保存だけでもできないんですか」
「保存すれば、責任が残る」
荒谷は要領の法務欄を示した。
記録が存在すれば、非継承者は過去の納税、年金、保険、土地所有、家族関係を根拠に、日本継承共同体へ給付や扶養を請求できる。
共同体は日本国の資産と債務を引き継ぐ。
ただし、契約資格者以外への社会保障債務は引き継がない。
年金を三十年払った者も、国へ土地を貸した者も、公務中に負傷した者も、証明が残れば共同体への請求理由を持つ。
請求が認められなくても、裁判を起こす根拠にはなる。
共同体が十年間生き残る計算には、その費用が入っていない。
だから債務だけでなく、債務を証明する側を消す。
その境界を確定するため、外の人間に関する行政記録を閉じる。
「戸籍まで?」
「共同体へ継承されない。
区域外で新しく作るなら、地域の責任だ」
「誰が誰の家族だったか、証明できなくなる」
「本人たちが持っている書類は残る」
「持ってない人は」
「だから事前取得を告知した」
「外国にいる家族は」
「日本国へ照会できなくなる」
「区域内の人間と、区域外の人間が家族だった記録は」
「資格者側の記録から、非継承者への参照を切る」
晴登の住民記録から、俺との関係は消えない。
友人は行政項目ではない。
だが、区域内の娘と区域外の母、資格者の夫と非継承の妻は、共同体の記録上で結びつかなくなる。
人を門で分けるだけでは足りない。
家族の線も、門に合わせて切る。
正しい手順だった。
読めず、動けず、間に合わなかった人間だけが消える。
閉鎖作業には三段階ある。
現行記録の停止。
復号鍵の破棄。
災害保存媒体の物理処分。
災害保存媒体。
八月停止以降、各自治体は通信が切れても住民記録を復元できるよう、オフラインの保存庫を持っている。
俺たちの庁舎では地下二階。
週に一度、全住民の記録を専用媒体へ書き出していた。
最新の媒体には、まだ全員分がある。
銀色の板状媒体で、手のひらより少し大きい。
高熱にも浸水にも耐え、電力がなくても専用読取機で復元できる。
八月停止で住民記録を失った町が出たため、国が全自治体へ配ったものだった。
国民を失わないために作られた媒体が、国民を消す最後の対象になっている。
「処分担当は」
「俺とお前だ」
荒谷が作業表を見た。
「委託職員にもやらせるんですか」
「復号操作はお前たちの仕事だ。
保管庫は俺が開ける。
二人承認で書き出し停止を確認して、媒体を破砕機へ入れる」
管理者の物理鍵と、作業者の認証。
両方がなければ媒体へ触れない。
俺は閉鎖要領を最後まで読んだ。
予備媒体の欄には、《未使用品は在庫確認後、同時処分》とある。
未使用の媒体へ、必要な記録を書き出すことはできる。
通信を使わないから、送信監査には残らない。
ただし、媒体自体には書き出し時刻と承認番号が焼き付く。
見つかれば、誰が作ったかは分かる。
複製ではなく破壊対象の横領として追跡される。
ただし、保管庫を開ける鍵は荒谷が持っている。
国家を止める方法は、もう考えなかった。
五千六百六十万人すべてを救う方法もない。
それでも、最初から存在しなかったことにはさせない。
俺は予備媒体の製造番号を記憶した。




