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国家消滅  作者: Dar_3026
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第22話 閉庁

 市役所最後の窓口は、残り四十八時間で閉じた。


 閉庁時刻を知らせても、住民の列はなくならなかった。

異議申立ては打ち切られ、資格変更もできない。

それでも人々は書類を持ってきた。


「娘が区域にいる。扶養へ入れてほしい」

「家が青い街区の中にある」

「昨日まで市の仕事をしていた」

「この子の出生届だけは受け取って」


 俺たちは、もう審査されない書類を受け取った。

受付印を押し、控えを返した。


 意味がないとは言わなかった。


 出生届を出した女は、胸元の乳児を揺らしながら聞いた。


「この子は、日本人になったんですか」


 出生時点では日本国籍を得る。

四十八時間後には、その国籍を証明する国が消える。

共同体の資格はない。


「今日付で、記録されました」


 俺は答えた。


「今日だけ?」


 女は笑った。

泣くより先に笑い、そのあと控えの受付印を指で何度もなぞった。


「じゃあ、この紙は捨てられませんね」


 電子記録を完全に信じるよう教えられてきた世代が、最後に紙切れを戸籍として持ち帰った。


 最後に来たのは、窓口初日に救急車のことを聞いた老人だった。


「異議は駄目だったよ」

「そうですか」

「畑は残る。水も井戸がある。

あとは、誰に売ればいい」


 老人は笑った。


「買う人も非継承ですから」

「じゃあ金はいらんな」


「種は残っていますか」

「売るほどある」

「なら、診療所へ持っていってください。

人が集まってます」

「役所の案内か」

「もう、役所として案内していいか分かりません」


 老人は初めて真顔になった。


「分からんことを、そのまま言えるようになったか」


 通知書ではなく、野菜の入った袋を机へ置いた。


「あんたも外なんだろ」


 俺が答える前に、老人は帰っていった。


 午後六時、荒谷が窓口終了を宣言した。


 入口の職員が扉を閉める。

外に残った人々は叩かなかった。

ガラス越しに、職員が受付印を片づけるのを見ていた。


 最終時刻を三分過ぎて、一人の男が走ってきた。

扉を開けろと身振りをしたが、警備員は首を横に振った。

男はガラスへ書類を押しつけた。

死亡届だった。


 今朝、母親が亡くなった。

今日中に出さなければ、死亡記録が作れない。


 警備員が荒谷を見た。

荒谷は壁の時計を見てから、扉を一度だけ開けた。


「閉庁時刻は過ぎています」

「分かってます。これだけ」

「受領しても、継承されません」

「生きてたんです。昨日まで」


 荒谷は書類を受け取り、自分で受付印を押した。

時刻欄には、閉庁の三分後が刻まれた。


 規則違反だった。

それを指摘する中央監査も、あと二日でなくなる。


 証明書発行端末が停止した。

住民票、戸籍、印鑑登録。

必要な者は移行前に取得するよう何度も告知されていたが、最後の日にも間に合わない人がいた。


 壁から市章が外された。


 国旗は畳まれ、箱へ入れられた。

日本継承共同体へ引き渡す国有物一覧には含まれない。


 庁舎前の旗竿には、何もなくなった。

いつも見上げもしなかった空白が、外からよく見えた。


「旗はどうするんですか」

「地域移管物だ」

 荒谷は答えた。

「欲しい人がいたら?」

「移管後に決めろ」


 俺たちは住民移行室へ戻った。

窓口業務は終わっても、記録閉鎖が残っている。


 閉鎖手順を読み進めるうち、見慣れない項目を見つけた。


《非承継データは復元不能な方法で消去すること》


 対象は申請書だけではない。

 市民だった証明のすべてだった。

 さっき受け取った出生届も、三分遅れの死亡届も、同じ削除対象一覧に載っていた。


 生まれた記録と死んだ記録が、同じ夜に閉じられる。

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