第20話 あと三日
国家が消える日は、国会の採決で四日早まった。
残り四日だったはずの朝、政府通知が全国の端末へ届いた。
《国家機能移行まで、七十二時間》
理由は、国民救済会議による行政占拠、物流混乱、保障区域への流入増加。
国家存続条項に基づき、保障機能を守るため緊急移行を行う。
俺の資料公開も、混乱拡大の一因として付記されていた。
市役所の壁に表示された残日数が、《四》から《三》へ変わった。
「俺が早めた」
荒谷の隣で呟いた。
「国会が決めた」
「原因を作ったのは俺です」
「お前が出さなくても、いずれ誰かが出した」
「その誰かが黙っていれば、四日あった」
「四日で何を救えた」
答えはなかった。
窓口には、異議申立ての打ち切り通知が届いた。
審査中の六百万人分は、確定済み判定を維持する。
通知が出て十分で、市役所前の列が動かなくなった。
窓口へ着けば何か変わると信じていた人々が、立つ理由を失ったからだ。
「申請は昨日出した」
「審査中のものも打ち切りです」
「書類が足りないと言われて、病院から取ってきたんだぞ」
「受領はできます。ただ、判定には反映されません」
「何のために受け取る」
決められた応答文には、《住民の心情に配慮し、記録として受領する》とあった。
国民ではなくなる人々の最後の申請を、効力のない記録として受け取る。
男は診断書を破ろうとして、できなかった。
封筒へ戻し、俺の前へ置いた。
「息子が揃えたんだ。捨てられない」
受付印を押した。
審査されない書類へ、今日の日付だけが残った。
住民記録の閉鎖手順も前倒しされた。
《七十二時間後、非継承住民記録を一括閉鎖》
職員たちは、予定していた一週間分の作業を三日へ詰め直した。
誰も俺を責めなかった。
話しかける者も減った。
閉鎖対象は、住民記録だけではない。
図書館の貸出履歴、学校の在籍証明、介護認定、予防接種、墓地使用権。
人が人として暮らした痕跡が、継承するか閉じるかの二列へ振り分けられた。
継承列へ入るのは資格者の記録だけ。
建物や土地は共同体へ移るのに、その場所で暮らしてきた者の記録は移らない。
「市営墓地まで閉じるんですか」
隣席の職員が荒谷へ聞いた。
「土地は承継。使用契約は非承継だ」
「墓を撤去するんですか」
「共同体が後日判断する」
死んだあとまで、資格が要る。
中央監査員が来ると思っていた。
来なかった。
警察も来なかった。
俺の職員証は有効なまま、業務端末にも入れた。
「なぜ働かせるんですか」
「人が足りないからだ」
荒谷は閉鎖作業表を俺へ渡した。
「告発者を最後まで使うのか」
「逮捕して飯を出すより、働かせた方が合理的だろ」
政府にとって、俺は敵ですらなかった。
資料を出して、反乱のきっかけを作り、日程を早めた。
それでも、残り三日だけ使える入力要員として処理されている。
怒りより、役に立つことへの安堵が先に来た。
端末へ入れる。
閉鎖される記録を読める。
何かできるかもしれない。
その考えが浮かんだ瞬間、中央が俺を残した理由も同じだと気づいた。
人は、自分がまだ必要とされている間、制度の歯車から降りにくい。
昼、晴登から連絡が来た。
《追加保証枠、今日の日没で締切》
申請画面の写しが添付されていた。
俺の氏名と住民番号は入力済み。
承認欄だけが空いている。
《急がせたくない。でも、もう待てない》
晴登の家族は、翌朝の移住車両へ乗る。
父親は退院したばかりで、定刻を逃せば医療保証が失効する。
俺は母へ電話した。
「あと三日になった」
『見たよ』
「晴登の枠も今日まで」
『行きなさい』
「それしか言わないな」
『あんたが私に残れって言わないのと同じ』
診療所の向こうで、人の声と物を運ぶ音がしていた。
『直路。助かる方を選ぶのは、悪いことじゃない』
「じゃあ、政府も正しいのか」
『正しいかどうかで決めるのを、もうやめたら』
通話が切れたあと、晴登へ返信した。
《日没までに答える》
窓の外では、市役所の看板を外す作業が始まっていた。
国家機能移行まで、七十一時間四十六分。
三十日の猶予は、もうなかった。




