第13話 正しい計算
政府の計算は、人間を人数として扱う限り、正しかった。
残り十四日。
長期保障人口推移の添付資料には、四つの政策案が比較されていた。
全域保障継続。
三年以内に電力網の四割が停止。
五年以内に基礎医薬品の国内供給が途絶。
大規模な人口流出と治安悪化により、十年後の安定生活人口は推定三百万人以下。
地域均等縮小。
公共サービスを全国一律に三割へ削減。
設備故障と人員離脱の連鎖を止められず、十年後の安定生活人口は六百万人。
年齢順保障。
若年層を優先するが、技能と居住地が分散したままになり、物流網を維持できない。
安定生活人口九百万人。
拠点集中・契約保障。
人口と設備を区域へ集め、供給量に応じて対象を縮小。
十年後も千百万人以上を維持。
どの表でも、最後の案が最も多く生き残った。
政府は金持ちを救うために計算したのではない。
電気を作れる者、設備を直せる者、医療を行える者、その費用を負担できる者を一か所へ集めた結果、資産のある者ほど入りやすくなった。
貧しい者を憎んでもいない。
維持費として計上しただけだ。
俺は計算式を変えようとした。
外の診療所を残す。
区域間の余剰を分ける。
所得の低い者にも最低保障を付ける。
一つ追加するたび、電力、人員、輸送、更新費のどこかが不足した。
俺に政策を設計する能力がないからではない。
資料には、専門家が検討した何百通りもの案が残されていた。
似た提案はすべて試算され、全域崩壊の時期を数年遅らせるだけだと結論づけられている。
首相の論理を、数字では否定できなかった。
だから、数字の横へ人間を置いた。
公開されている市内施設の閉鎖予定と、職場で扱う匿名化済みの住民構成を重ねる。
《七十歳以上・単身・非継承 二千八百十四人》
《継続治療中・医薬品供給終了対象 六百二十二人》
《未成年・非継承 四千百九人》
《閉鎖予定給水区域 二万七千人》
政府資料の《維持対象外人口》が、母の診療所の患者になった。
窓口で救急車が来るのかと尋ねた男になった。
四十二万円を払えず、母親の財布を数えた娘になった。
数字が間違っていないことと、その数字だけで決めていいことは同じではない。
俺は資料を一つの表へまとめ始めた。
制度を論破するためではない。
十七%の外に誰がいるのか、見えるようにするためだった。
作業中、別の文書が検索結果へ引っかかった。
《国家終了時・住民情報取扱実施要領》
日本国の住民記録は、継承資格者分だけが日本継承共同体へ移管される。
非継承人口の記録は、自治体業務終了と同時に閉鎖する。
閉鎖。
最初は閲覧できなくなるだけだと思った。
添付された処理手順には、《非承継データ消去》《復元鍵破棄》《災害保存媒体処分》とある。
氏名、住所、家族関係、医療記録、出生、死亡。
国が守らない者について、国が持っていた記録も消す。
理由欄には《日本継承共同体に帰属しない扶養・補償義務の発生を防止するため》と書かれていた。
人間を消す仕事だと思っていた。
本当に、記録から消すつもりだった。
俺は文書を自分の作業領域へ保存した。
画面上部に小さな通知が出る。
《制限資料の閲覧履歴を中央監査へ送信しました》
閉じても、もう遅かった。
俺が見たことを、中央は知った。




