↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
国家消滅  作者: Dar_3026
PR
12/30

第12話 旧憲法なら

 国家存続条項は、死者の数で成立した。


 残り十六日。

現行端末で八年前の審議資料を開くと、最初に《全国生活基盤連鎖危機・被害報告》が表示された。


 通称、八月停止。


 二〇八五年の夏、最高気温が四十度を超える日が続いた。

電力需要に対して発電設備の余力がなく、老朽化した変電所が停止した。


 停電で送水ポンプが止まる。

断水で発電所の冷却能力が落ちる。

行政認証網が途切れ、燃料を積んだ車両が決済できない。

医薬品の配送先が確認できず、病院の在庫が尽きる。


 一つなら復旧できる故障が、全国で同時につながった。


 政府は人員と燃料を拠点地域へ集中させた。

全域へ薄く配れば、どの地域も維持できないという判断だった。


 結果、人口の約七割がいる地域では、電力、水、医療、物流が十日以内に安定した。


 外れた三割の地域では、停止が一か月以上続いた。


 母の診療所にも、その夏の記録があった。

非常用電源が切れ、冷蔵薬が使えなくなり、透析患者を百キロ先へ運んだ。

死亡者の一覧に、俺が顔を知っている人もいた。


 政府の集中策は、人を見捨てた。


 同時に、それ以上の人を救った。


 翌年の憲法改正案は、その実績を根拠に提出された。


 当時の映像では、若い杉岡倫子が制度担当相として説明に立っていた。

今より髪が黒い。

声は変わらない。


『八月停止において、私たちはすべての地域を同時に救おうとしました。

その結果、救援は遅れ、救えたはずの命まで失いました』


 画面へ二つの予測が示される。


 全国均等復旧。

基盤回復まで百八十日。


 拠点集中復旧。

七割の生活基盤を三十日以内に回復。


『国家の責任とは、できない約束を続けることではありません。

限られた資源で、最も多くの国民を確実に守ることです』


 今の杉岡首相と同じ論理だった。

 反対派の討論映像も残っていた。


『七割という数字は、将来も保障されるのか』


 野党議員の質問に、政府参考人が答える。


『人口、財政、基盤設備の状況に応じ、保障可能範囲は定期的に見直されます』


『下がる可能性があるということか』


『上がる可能性も含め、持続可能性を基準に判断します』


 嘘は言っていなかった。


 国民向けの広告だけが、《七割を守る》と繰り返していた。


 国民投票の投票率は四三%。

賛成六一%。

全有権者の四分の一ほどが賛成し、憲法は変わった。


 俺は投票しなかった。

 母は賛成した。


 晴登も投票へ行かなかったと、あとで聞いた。

彼の父親は八月停止で手術を延期され、家族全員が日々を立て直すことで精いっぱいだった。


 無関心だった者。

疲れていた者。

七割に入れると思った者。

反対しても変わらないと諦めた者。


 誰か一種類の悪意で成立したのではない。


「現行制度では合法だ」


 荒谷が言った。


「最高裁の判断も出ている。

国家存続条項は、ほかの権利保障に優先する」

「憲法を変えれば、何をしても合法になる」

「何でもではない。

この条項に書かれた範囲だ」

「保障する人間を選べる」

「選ばなければ全員が失う、という前提でな」


 俺は審議資料の《長期保障人口推移》を開いた。


 表には、制度発足時から三十年分の予測が並んでいる。


 七〇%。


 五五%。


 四一%。


 二八%。


 そして最終段階、一七%。


 実際の改定と、ほとんど同じ数字だった。


「最初から分かってた」


 声が出た。


 十七%は極秘計画ではなかった。

数千ページある審議資料の、千八百四十二ページに載っていた。


 公開されていた。

質問もされていた。

政府は否定していなかった。


 ただ、誰もそこを見なかった。


 俺も、母も、七割という一番大きな文字だけを見た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。