第11話 五十五、四十一、二十八
数字を町の出来事へ置き換えると、俺の記憶にも残っていた。
残り十七日。
五十五%になった年、市立病院が統合された。
四十一%になった年、母校の中学校が閉じた。
二十八%になった年、鉄道と代替バスが契約制になった。
どれも突然ではなかった。
《制度を将来へ残すための見直し》
《今回限りの緊急措置》
《より安定したサービスへの再編》
古い広報には、似た言葉が並んでいた。
俺は年表へ、自分がそのとき何をしていたかを書き足した。
二〇八八年、五十五%。
二十二歳。
配送倉庫の契約更新。
投票には行かなかった。
二〇九〇年、四十一%。
二十四歳。
市役所の委託会社へ転職。
ニュース通知を切った。
二〇九二年、二十八%。
二十六歳。
家賃値上げ。
晴登に誘われた最後の列車を見に行かなかった。
俺は知らなかったのではない。
知るたび、自分には関係ない棚へ置いた。
最初の国家存続条項の国民投票も同じだ。
二十歳だった。
母から投票へ行けと連絡が来たが、休日出勤のあとで眠かった。
《俺一人行っても変わらない》
送信履歴に、そのまま残っていた。
母からの返事は《そういう一人が集まって決まるんだよ》だった。
俺は既読にしただけで寝た。
その一票で今日の制度が決まったわけではない。
俺が行っても結果は変わらなかったかもしれない。
それでも、関係ないと言った自分が、今は制度を止めた人間がいなかったのかと探している。
旧端末で、各改定の根拠法を開いた。
すべて同じ条文へつながっていた。
《日本国憲法・国家存続条項》
国家の存立および国民生活の全体的崩壊を回避するため、国は提供可能な資源に応じ、保障する人口、地域および公共サービスの範囲を限定できる。
八年前の国民投票で追加された条文だ。
七割から五十五%へ減らしたのも、病院を統合したのも、公共交通を契約制にしたのも、同じ条文を根拠にしている。
条文に「一時的」という言葉はなかった。
俺は一般公開されていた当時の解説記事を探した。
賛成論は大量に残っている。
八月停止の再発を防ぐ。
全域崩壊より七割の維持を。
危機に強い国へ。
反対論は検索順位の下に埋もれていた。
古い法律雑誌の記事を一つ開いた。
《保障対象を経済価値によって区別する制度は、旧憲法下では違憲となる可能性が極めて高い》
旧憲法。
その言葉に手が止まった。
俺が学校で習った日本国憲法は、もう旧憲法と呼ばれていた。
法の下の平等。
健康で文化的な最低限度の生活。
国の責任。
条文は削除されていない。
ただし、国家存続条項が優先されると追記されている。
「法がおかしいなら、裁判で止められると思ってた」
背後にいた荒谷へ言った。
「止めようとした訴訟はある」
「結果は」
「国家存続条項に基づく合理的区別。
合憲」
「国民を守らない法律が?」
「国民の一部を守るための法律だ」
荒谷は画面の記事を読んだ。
「この記事の日付を見ろ。
国民投票の前だ」
警告は出ていた。
小さな文字ではない。
公開討論も、反対意見も、将来の危険もあった。
その横で《七割を救う》という見出しの方が大きかった。
「国民は、分からずに賛成したんですか」
「分かりたい範囲だけ分かったんだろう」
俺も同じだった。
検索結果の末尾に、国家存続条項の審議資料があった。
数千ページの添付資料。
その目次に《長期保障人口推移》という項目がある。
開こうとすると、旧端末では容量不足と表示された。
現行公開資料の番号が併記されている。
俺はその番号を控えた。
国民投票の時点で、政府は何人まで減ると予測していたのか。
答えは、最初から公開されていた。




