第10話 七割
七割を五十五%に減らした最初の改定理由は、電力だった。
残り十八日。
俺は地下資料室の旧端末で、八年前からの行政通知を年代順に並べた。
二〇八六年、国家生活保障計画発足。
対象人口七〇・一%。
二〇八七年冬、区域外発電所の保守人員不足。
送電網維持費の再計算。
二〇八八年、保障基準改定。
対象人口五五・三%。
改定時の首相は杉岡ではない。政党も違った。
通知には、対象を減らさなければ二年以内に全国一斉停電の危険があると書かれている。
当時のニュース映像を開いた。
『今回の見直しにより、保障制度は持続可能になります』
担当大臣が記者会見で説明していた。
背後の画面には《五千万人以上の生活を恒久保障》と大きく表示され、失われた十五%には触れていない。
反対デモもあった。
だが、映像の説明欄には《一部地域住民が混乱》とだけ記録されている。
五十五%への改定後、保障区域の電力供給は安定した。
成功していた。
次は医療だった。
地方病院から医師と看護師が保障区域へ移る。
残った病院の勤務環境が悪化する。
退職者が増える。
救急拠点を維持できなくなり、さらに医療従事者が保障区域へ移る。
政府は医療資源を守るため、保障対象を四一・二%へ変更した。
その年、母の市立病院が統廃合された。
俺は当時の母とのやり取りを端末から探した。
《病院なくなるって》
《大変だな》
《あんた、ニュース見てないでしょ》
《仕事中》
それだけだった。
俺は配送倉庫で夜勤をしていた。
時給が上がるという理由で、昼夜を入れ替えたばかりだった。
母が長年勤めた病院がなくなることより、翌月の給料の方が具体的だった。
病院閉鎖後、母は住民共同診療所へ移った。
給料は半分になったが、町を離れなかった。
その二年後、公共交通の運転手不足と道路補修費の増大で、保障対象は二八・四%へ縮小した。
俺たちの市から鉄道が消えた年だ。
最後の電車を見に行こうと晴登に誘われ、俺は断った。
混むし、動画で見れば十分だと思った。
動画は旧端末にも残っていた。
ホームに集まった人々が、出ていく列車へ手を振っている。
翌日から代替バスが走り、一年後にはそのバスも契約制になった。
どの改定にも理由があった。
電力不足。
医療人材不足。
交通維持費。
税収減。
災害復旧。
燃料輸入価格。
行政職員不足。
どれか一つが嘘なら、そこを崩せた。
だが、数字は互いにつながっていた。
保障区域へ若い労働者を集める。
区域内の税収が安定する。
外の税収が減る。
公共サービスが悪化する。
資産のある者が区域へ移る。
外に残るのは、高齢者、低所得者、維持費の高い土地。
外を維持できなくなり、次の基準改定が必要になる。
人を救うために作った場所が、人を吸い上げるほど、その外側を生存不能にしていた。
「陰謀は見つかったか」
荒谷が資料室の入口に立っていた。
「ありません」
「そうだろうな」
「誰か止めようとしなかったんですか」
「毎回止めようとした。
裁判も、選挙も、デモもあった」
「じゃあ、なぜ止まらなかった」
「改定するたび、保障区域の数字が良くなったからだ」
荒谷は俺の作った一覧を見た。
「五十五%へ減らしたら停電が減った。
四十一%で手術待ちが短くなった。
二十八%で物流が戻った。
対象になった人間から見れば、政府は約束を守った」
「外を切って」
「全体を守れないと認めた上でな」
俺は最終行へ、現在の数字を入力した。
二〇九三年。
対象人口一六・八%。
千百四十万人。
「十七%になれば、今度こそ維持できるんですか」
荒谷は答えなかった。
旧端末の検索結果には、次の改定予定はない。
日本国そのものが終わるからだ。
俺は制度の矛盾を探していた。
見つかったのは、制度が目的どおり動いてきた記録だった。




